3バカだけの日「ちっ、しゃーねーなー。お話ししまーす」
3人同時に席に着いた。
ほどなくウェイターがやってくる。注文を聞いてきた。
「オリジナルブレンドコーヒー」
「アイスティー」
「ミルクココア」
三様に頼み、ウェイターは去っていく。
幾許かの沈黙が流れ――――。
ウェイターが飲み物を持ってきた。
3人が三様に口へ運び、カップを一度テーブルに置いた。
「旨いな。なにより香りがいい」
「あー、草間ぁ。満足か? 帰ってもいいぞ」
「黙れエロ猿。俺はここに通うぞ」
「お気に入り登録!? な、なんだこの喫茶店、本物……!?」
苛立ちで歯をがちがち鳴らしながら真矢は九朗を睨みつける。
九朗はそれをどこ吹く風と歯牙にもかけずコーヒーの香りに夢中になっている。一希は肩をすくめた。
「……やましいことがあるならさっさと言っといた方がいいっすよ。逃げれば罪は重くなりますから」
「かぁーねぇーだぁー。あまーい。このミルクココアの3倍くらいは甘い」
「へー。どれどれ」
「あっ、てめっ、取んなよオレ様のココア! くっそオレ様もアイスティーいただき! くはっ、苦い!」
真矢と一希が飲み物を交換し、遠慮なしにぐびぐびと一気飲みする。空になったカップをテーブルに叩きつけたのは、ほぼ同時だった。
「満足したろ? じゃあ帰れ」
「ウェイターさん! 追加注文お願いしまーす。そっちのでかいのと同じオリジナルブレンドで」
「はっ!? じゃーオレ様はイチゴミルクでお願いします!」
ぐぬぬと視線を一希に突き刺す真矢。当の一希もまた九朗のように意を返す様子はない。そっぽを向いて携帯電話を片手でいじっている。
「……でさー、帰んないの? おまえら。なに? ヒマ人?」
「そんなところだ」
適当に返した九朗をじろりと睨む真矢。ちらちらと時計を気にしている。
――――やがて真矢が騒ぎ始めた。
ふたりの飲み物を掠め取ったり塩やタバスコを混ぜようとしたり、挙げ句の果てに食い逃げしようと店の外に出ようとした。
……さすがに最後のはドアに手を掛けたところで九朗から強かに殴り飛ばされた。
衝撃でふらふたしているところを元の席に座らせる。
「金は置いていけ」
「お、おう……かね……かねだな……かねだー」
「まぁまぁ。――――それより俺は、あんたがここに入ろうとしていた理由が知りたい」
「べべっべべべべべべべ別にぃ、なんでもいいんとちゃいまんがな」
「似非を通り過ぎでアホくさい言葉を使うんじゃあねーぜ。本物が聞いたらブチ切れるぞ」
「………………怒らない? 殴らない?」
「もう怒ってるし殴ってる。今更だ、てめーは」
「おう、せやった…………いやなんかおかしいぞ」
「おかしいのはあんたの態度だと思うが……」
とりあえず挙動が一通り落ち着いた真矢を見てか、ウェイターが一希にウインナーコーヒーと真矢にココナッツミルクを持ってくる。心なしか顔は引きつっていた。
「あー! それ生クリーム乗ってるのか!? いいなーいいなー」
「露骨に話を逸らすなエロ猿。なぁに、後でいくらでも飲ませてやる……」
「ん? 今いくらでもって言ったよね?」
「てめーが話したらだ」
「ちっ、しゃーねーなー。お話ししまーす」
* * * * *
九朗と一希がその場に通りすがったのは完全に偶然だった。
そもそも特別にこのふたりは仲が良いわけではない。
九朗に言わせれば「てめーみたいなのは嫌いじゃあねーぜ」であり、一希はそれに「俺は好きじゃねーっす」と答える。
それでも一緒に行動していたのは理由は単純だった。
九朗はコーヒーの話ついでに先日誕生日だった透子にプレゼントでもと思い、彼女をよく知っていると思われる一希に付き合うよう頼んだのだ。
――――ちなみに。
一希に依頼する前に、九朗は(プレゼント選びアドバイザーとしての)本命の六花に逃げられている。
さすがに慣れたとはいえ威圧感のある九朗とふたりきりになるのは嫌だったのかもしれないし、九朗の頼み方が威圧的すぎたのかもしれない。
そして、一希も放課後に本を買いたいと思っていた。
学校から少し離れた場所に、田舎町には場違いなほど大きく大概のものは揃えられるショッピングモールがある。
本から何からなんでも揃っている場所で、近隣の飲食店を除く個人経営店はそこにほとんど潰されていた。
要は行き先が同じだったのだ。
特に照らし合わせた訳でもなくふたりは遭遇し、九朗推薦のコーヒーを奢るという条件で一希はプレゼント選びに協力した次第である。
その帰り道。九朗の紹介する喫茶店に向かう――――はず、だったのだが。
来た道では何故だかダンプが事故を起こして通行止め、別の回り道に地下道を使おうとしたらドラマの撮影中、更に別ルートを探したが工事中……と。
なんの不運かわからないが、当初に予定のないルートをジグザグ通っていたところ。
見知った挙動不審のエロ猿を見つけ、そのまま適当な近場の喫茶店に連行したのだった。
「なんでそこで連行!?」というのは不審者こと真矢の言。
言い分はもっともだったが、ふたりとしては知人の中から犯罪者を出したくなかったのだ。
学校から逮捕者が出ようものなら外部の印象は悪くなる。決して多くない学区内の店で出禁が出来るのはなんとしても防ぎたかったのだ。
――――では、なぜ、不審者は不審であったのかのだろうか?