これが、私の日常「あいついい奴だったな」
西方が赤く燃えている。
茜色の空に真矢の笑顔が薄っすらと見えた――――気がした。
火を付けたら輝き叫んで爆発した城崎真矢。まるで夏の夜に咲く花火のような人だった。
ああ。そう思うと、「あいついい奴だったな」なんて言葉も心から呟ける。
「こ、ころすな…………」
九朗の背中で真矢が声をあげた。
「なに、起きてたの?」
「お、おま……おまっ……」
真矢は涙目で腫れた唇を上下させている。
呆れ加減に背負い直す九朗とは対照的に、六花はその表情を興味津々に覗き込んでいる。
「よっぽど辛いの、苦手なの?」
「…………」
返事がない。ただ肯定のようだ。
九朗の横顔は暗い。失神していた真矢を担がされている事を含め、色々と言いたいことがあるのだろうが。
「でさ、九朗くん」
「あぁぁ?」
「ひっ」
腹の奥に押し込んでいた不機嫌さが漏れ出てしまったらしい。
低音が響き、気安く声をかけた六花はびくりと体を震わせた。
「…………なんだ?」
「あ……その……」
「言え」
「……怒らない? 殴らない?」
「言うのはお前の勝手で、怒るのは俺の勝手だ」
やや苛立ちを見せつつ、九朗は言った。六花はまたびびって震え上がった。
透子は六花の肩を支えた。目にささやかな魔力を込めて、じろりと九朗に視線を飛ばす。
「…………」
魔力を込めた眼光で眉間を撃ち抜いたところで、今すぐなにがどうなるわけではない。
マッチをただ持っただけで火はつかないように。透子がどうしてやりたいか決めない限り。
だが、透子がその気になれば九朗の額に「バカでごめんなさい」と文章で火傷を作るくらいは造作もない。
しかしそれは九朗にはわからない。
銃口を額に押し当てるのとは違う。九朗は魔力がわからない。透子がただ目を向けたことしか認識できない。
だが「そうできる」という自信は、透子に強いプレッシャーを出させてくれる。
その気配を嗅ぎ取ったのか、九朗はやれやれとため息をついた。
張り詰めた不機嫌な雰囲気がゆるんでいく。
「…………まぁ、こうしてヒト背負ってるんだ。殴りはしねーよ」
「ほんと?」
「さっさといえ。怒るぞ」
「ひっ…………あの、あのね? その……」
「早くしろ……帰るぞ」
「とっ……透子ちゃんとお付き合いするですか!?」
「……………………は?」
その場の全員が異口同音に声をあげた。
九朗は真矢を背中から落とした。透子の肩掛け鞄も肩からずれ落ちる。
「……そういう話だったか?」
「えー…………と?」
透子は頑張って記憶の欠片を繋いでいく。せっせとせっせと脳内にとっちらかったパーツを見つけてたぐって組み立てて。
(――「――――よぉしッッッ! 決闘だ! 透子ちゃんと密室でいちゃいちゃする権利を賭けて勝負しろ!!」――)
……そこでぶっ倒れているバカ野郎の発言を思い出した。
そういや、六花は「あの中だと誰と付き合いたい?(意訳)」みたいな質問をしていた覚えがある。
六花の中で真矢のセリフははそういう風に捉えていたらしい。
「…………あー、その……」
「知るか」
透子が答えに迷っていると、九朗は無駄に潔く、未練もなく、後腐れなく、バッサリと切り捨てた。
あれれ、と透子は首をかしげる。
私、美少女だよ? 品行方正だよ? 容姿端麗だよ? 至高で完璧で究極的なんだよ?
なんでかな? なんで君から簡単にポイしちゃうかな? そこはねばっちくひっつく君を私が丁重にお断りするんじゃないかな? かな?
「…………そもそも、食べ切ったのは俺だけじゃねーだろうが」
九朗は後ろを気怠く指で差した。
少し離れて、一希が歩いている。見るからに苦しそうだ。顔も青い。
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。……てめー、結構クズだな」
いやいや、と透子は首を左右に振った。完食しても食い続けたお前が派手すぎたのが悪い。
なんかもう「たかが完食」的な感じに思わせるくらいに食べまくって逆に賞金を1500円くらいゲットしたお前が。
「ふん。……俺があのガタイのとき、アレの完食なんてできなかったろうぜ」
「……そうなの?」
「てめーは、もうちょっと人を思いやったり、ねぎらったりすることを覚えるべきだな。箱入りのお姫様じゃああるまいし、目に見える友だちばかりを気にしてるんじゃあねーぜ」
「なっ……!」
箱入り。お姫様。
不意打ちされたキーワード。透子は言葉を見失った。
怯んだ透子に適当に手を振って、九朗は一希に何か声をかけた。
そして真矢を背負い直してそそくさと夕日に去っていった。
……まぁ、向かったのは学生寮なのだから、同じ方向ではあるのだけれど。
「……クールに去ってったね」
「油断ならないやつね……」
九朗の背中を警戒の視線で見送って、透子は一希に振り向いた。
言われて一希を気にしたようでカッコ悪いことこの上ない。
けれどここで九朗を追って帰っては、それこそ非道い。本当にクズみたいだ。
「大丈夫?」
「……まーね」
青い顔で一希が答える。
「ごめん。凄かったね」
「……あいつ、最後に『投げて悪かったな』だってさ……」
「えっ」
そんなこと言ってたのか。
透子が呆然としていた間に言われたようだ。気が付けなかった。
「くっそ、勝ち誇って……別に負けてないのに」
一希は口を尖らせている――――負けていないというのには、少々無理があるけれど。
「……まぁ、いいか。しょうがない。今日は。でも次は勝つ。……だから、その時はよろしく」
宣言して、一希は親指を立てた。サムズアップ。
こういう純粋で前向きなところは、会った時からかわらない。透子は思わず笑顔になった。
「桧原は幼なじみだし……俺、好きだしさ。やっぱり、あいつらに良いようにはさせたくないよ」
シチュエーションがシチュエーションだけに、ちょっとアレだが。
なかなかクるものがある告白だった。
* * * * *
で。
翌日。
生徒会室を開けた透子は顔を引きつらせた。
「……なんでいんの?」
「コーヒーの話がまだだ。それにここはコーヒーメーカーも置ける」
「蛍光灯、替えてなかったんで」
「昨日のはなんか無効らしいし改めて再決闘をだな! さぁて、今日のゲー……決闘はなぁ!」
「き、喫茶店行くって約束がね、まだ……」
朝に生徒会室を開いた透子の前には、それぞれくつろいぐ九朗と真矢。すました顔で蛍光灯を替える一希。隅っこで縮こまっている六花。
――――なにより無駄にモノ(漫画やらゲーム機やら音楽CDやら、どう見ても私物)が置かれ、ゴミゴミと散らかった部屋。
キッチリと整理整頓清潔されていたはずの、透子の聖域が。
……さすがにイライラとして、透子は全力で、全員とその荷物を叩き出した。
悲しむべきか。こんな感じのアブノーマルなイベントの連続。
これが、私の日常。