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これが、私の日常「ただの舌バカだと……!?」

 ご飯。汁物。キャベツ。

 ありとあらゆるものの影を縫ってクドすぎる肉汁を捨て、肉を削り、1ミクロンでも胃を軽くしていた。


 神速の箸使い。真矢は無限かと錯覚するほどの餃子の山をヤスリで削るようにちびちびと、しかし確実に切り崩していた。


 なるほど、と透子は素直に感心した。真矢の自信の裏付けはコレだったのだ。


 同時に、その箸使い――この場合、カモフラージュ力とかいうのかもしれないが――が劣っているからこそ、体格は真矢と大差ない一希が差を付けられてしまっている。


 一希の劣勢は単純なキャパシティの差ではない。小手先の器用さだったのだ。


 ぐんぐん離されていく一希。――――だが、一希の追従を許さない真矢さえ、九朗とは背が届くかどうかの水準を保持するのがやっとのようだった。


 なぜだ。おそらく真矢本人もそう思っている。九朗もまた一希と同じく小手先の器用さでは真矢に劣っているはずなのに。


 ――――まぁ、九朗の体格の良さを見れば一目瞭然だ。何故と疑問に思うのもバカらしい話であるが。


「くっ……くさまぁぁぁぁ!!」


「どうしたエロ猿。随分と調子が悪いみてーじゃあねーか」


 口の周りが肉汁でべたべたになった真矢を涼しい顔で嘲笑する九朗。その箸の速度は会話しながらでも止まらない。


「謀った……? このオレ様を謀ったのか草間ぁ!?」


「何を言ってやがる。この勝負を持ちかけたのはてめーだろうが。……ところでお前、財布にちゃんと3000円は入ってるんだろうな、ええ?」


「こっ……この城崎真矢様を舐めんなやぁ!!」


 真矢が絶叫した。目つきが変わり、箸使いのギヤが一段上がった。

 大声を出して胃の中を一度圧迫したようだ。胃のスペースに余裕を生む。小手先の技術は箸使いだけではないのだ。


 これでペースは九朗と五分――――否。トップギヤに切り替えた真矢の方が餃子2個分はやい。


「やれやれ……そろそろラストだ。ケツに火がついたな」


「くっくっく、余裕も今のう――――あ」


 ぽろり。


 おそらく汚らしく食べていたせいだろう。餃子の油で手が滑り。


 真矢は餃子にケースごと、思いっきりラー油をぶちまけた。

 しかも九朗の皿に。


 ――――九朗の皿に。


「おんやー、悪いねー」


 とか言いつつ、黒い笑いが全く隠せていない真矢。この際、故意か事故かなどは瑣末なことだ。


 九朗はもう食べられない。それが唯一無二の真実だ。

 勝敗は決した。


「……ふん」


 と、思いきや。

 おもむろに九朗は箸で餃子をつまみ、口に運んだ。


 もぐもぐもぐもぐ……ごくん。


 観察してみるとよく噛んで食べているのがよくわかる――――じゃなくて。


「おまっ……ラー油だぞ!? 既にヤベーくらいアレなのに油ぶちまけたんだぞ!? つーか辛いだろ! 何故食える!? 胃がギトギトになるぞ! 止めなさい悪いこと言わないからお願い」


「エロ猿。てめーに教えるのは、たったひとつの真実だ」


「なにっ……!?」


「案外、塩コーヒーはイケる」


「なん……だと……!?」


 ――――ただの舌バカだと……!?


 真矢の動きが1秒ほど硬直した。口をぱくぱくさせないのは中から餃子が飛び出そうになるのを堪えているためか。


 正気に返った真矢はほぼ機械的に4皿目を開けた。5皿目が来る。それを受け取り、いよいよ感情も戻ってきたようだ。ぎろりと九朗を睨みつけた。


「ククク……よくぞここまでたどり着いたな草間九朗。しかしこのオレ様という壁は高くあっツゥ!?!?!?」


 よくわからない真矢の口上は自分の悲鳴にかき消された。餃子を口に入れた瞬間のたうち回りはじめた。

 目をひん剥いて配膳してきた店員のエプロンをぐわしと掴んだ。


 店員のお姉さんが小さく悲鳴をあげた。息も絶え絶えな鬼気迫る真矢にドン引きしている。


「なにを……なにを……」


「ひっ……ほ、本日の日替わり餃子の辛口餃子でございます……キムチや豆板醤で味付けしたもので、全4種の辛さのバリエーションが……あ、あり……ま……」


「なん…………だ……と…………」


 日替わり餃子。

 確かにメニューにはそんなのがあった気がする。透子もちらりと見た覚えがある。


 特別にサービスさせていただきました――――そんな店員の(やや悪意的な)弁明を聴き終えない内に。

 真矢は前のめりに倒れた。白目を剥き、そのままぴくりとも動かない。


 それを尻目に、最後の皿を九朗が完食する。

 箸を置き、一息ついて、九朗は呟いた。


「…………ごちそうさまでした」


 合掌。


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