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これが、私の日常「……今はよくわからないかな……」

「でさ、でさ? あの中なら、透子ちゃん誰がいい? 誰が好きなの?」


「あの中ぁ……?」


 六花は興味津々に顔を近づけてくる。

 人見知りを発動させてさっきまでビビっていた小動物ぶりが嘘のようだ。その打ち解けっぷりはあのバカ3人が持つ魅力なのだろうが。


 しかし、と透子は黙り込む。

 あの中から「一番」を選べというか。あのバカの中から。


 透子がちらりと少し遠めの「チャレンジ席」に目を移す。

 一際目を引いて体が大きい九朗は既に二皿目を完食していた。他2人と比べ、群を抜いている。


 ――――九朗。草間九朗か。

 正直に言うと、彼には興味がある。


 まず目を引くには容姿だ。まさしく「番長」といった出で立ちなのだ。時代錯誤もいいところである。昭和の昔からメディアに隔絶された山奥ででも育ったのだろうか。


 なにより硬派な雰囲気に反してコーヒー好きというのが気になっていた。家では昆布茶とか好んでそうなのに。

 ……まぁ、蓋を開けたらあの通りだったわけで、少し幻滅なところもある。


 対して――透子は九朗の隣に目を移す――金田一希。幼馴染だ。

 彼が気になる……というのは本当だ。


 もっとも、残念ながら恋愛的なアレではなく、昔のアレな部分をバラされないか気になるというのが一番だが。

 ある意味一番近くに置いておきたい相手ではある。恋愛感情はどうとして。


 城崎真矢――透子は最後の一人に目を向けた――彼はまぁ、ぶっちゃけて言うと他の2人よりよくわからない。


 バカな逸話はいくつかきいたことがあるけれど、偏見というか先入観というか、そういうものは特にない。ただただ単純にエロい無遠慮なバカ以上の情報がない。


 もう少し彼のことを知ったら、もしかしたら「エロいバカ」以外の側面が見えてくるかもしれない。

 ともあれ、現段階では論外もいいところだ。


「……今はよくわからないかな……」


 正直に答えつつ、透子はぼんやりチャレンジ席の様子を観察する。


 消えていく餃子。運ばれる皿。熱量を放つお櫃。したたる汗。箸が走り、コップの冷水はじっと場を静観する。


 ――――案外、熱いデッドヒートが繰り広げられていた。












 * * * * *











「おががががあっががががが!!」


「ふぐぐぐぐぐうぎっぐぐうぎっ!!」


 痛いとも苦しいともわからない声が上がる。よもやこれが熱々の餃子を口に運んでいる音だとは誰も思うまい。


 制限時間も半分を切り、ノルマも順当に半分を切った。


 さすが真矢はこの決闘(?)をふっかけてきただけはある。

 ペースも緩めず、顔色も良い。一心不乱に餃子を口に運んでいた。


 しかし九朗は真矢よりも体格が格段にいい。溢れんばかりのフィジカルに任せた『豪食』は真矢よりも数割増しの速度で餃子を消化させていく。


 真矢でさえ大概な速度で食べているのだ。そのスピードはもはや人外の世界に入門しているといっていい。


 超人と化け物の間に比べれば、体格も食欲も並の一希はやはり速度が一枚も二枚も落ちる。

 (文字通り)食らいついているだけ立派というものだが、勝ち目は殆ど無いのは明白だった。


 しかしそれでも、箸を止める気配は無い。それでも必死に食らいついている。――――二度明記するだけの価値がここにはあった。


 決して勝てない戦いに文字通り匙を投げずに頑張っている。他の誰でもなく、私のために――――。


 …………そう考えると、透子はこんなことでもちょっとうるっと来てしまっていた。

 男の戦い。決闘。悪くないかもしれない。

 …………なんて、感じに。


 ちょろい思考を回転させる透子の元に、注文した餃子が一皿運ばれてきた。

 1皿6個。野郎どもが食べている皿に盛られている量の半分だが、店的にはこちらのほうがスタンダードのようだ。


 チャレンジ席から目を外し、餃子を1個箸でつまみ上げた。


 綺麗な焼目が生地に入っている。箸からは弾力が残る生地の感触もよく伝わってくる。加減のきいた火で程よく焼いたのだろう。店の手慣れた様子がわかる。


 はむっ――――。


 口に運びひと噛みしてみると、暖かな液体が噴き出してきた。肉汁。脂。封じ込められていた旨味が一斉に透子の中を満たしていく。


 濃厚な肉の味。その肉感を引き立てるのは甘い炒められたにんにくやニラ、キャベツなどの野菜たちだ。タレなしでも十分に味わえる。


 実に雄弁。ヒトの食欲を掻き立てる引力がある料理だ――――ッッッ!!


「ち、中華の腰巾着やー!」


「…………や。それ、どうなの?」


 騒ぎ立てる六花のおかげで、透子はツッコミを入れる程度に中華世界から脱出した。


 とはいえ透子自身、なんやかんやでノリとフィーリングでそれらしい食通っぽいモノローグ垂れ流していたことも事実だった。人を惑わせる蠱惑的な料理だ。満満亭餃子おそるべし。


 しかし焼き餃子の発祥は残り物で作った賄い料理だと聞いた記憶がある。中華代表の看板を掛けられても、焼き餃子サイドとしても困るだろう。


 透子は箸を置いた。落ち着いて、俯瞰して、餃子のジャッジを下した。


 ――――確かに、おいしい。

 おいしいのだが……濃ゆすぎる。


 正直透子には六花と一皿シェアしたくらいで十分だ。2個3個でご飯一杯いけてしまうくらいの濃ゆさ加減は、さすがにしんどい。美少女がばくばく食べていい料理ではない。


 透子が満足する3個の4倍が1ダースの1皿分。それを5皿。


 正気を疑うレベルである。透子はチャレンジ席に再び目を向けた。なんだあいつら。なぜ食える。


「それだけ透子ちゃんが大事なんだね……」


 しみじみと感じ入る声で六花が呟いた。透子も勢いで感動――――しなかった。今度は。


 じっくりとチャレンジ席を注視する。

 ――――よく見れば、水面下で姑息な小技が応酬していた。


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