これが、私の日常「ないわー」
小3からしばらく、人の記憶を消すことに躍起になっていた。
残念ながら、透子には人の心を操作する魔法は使えない。素養がないのだ。
そんな才能などあってはならない――――というのが、透子の元の世界で代々伝承されてきた王族のしきたりだった。
いわく、「使わない」と「使えない」は違う。拳銃の引き金に指を掛けていないこととそもそも拳銃を持たないことが違うように。
怒りを買えば銃口が向けられる。そんな王と一体誰が共に歩み続けようと思うだろうか。
――――そういう風に『はじめて生まれる前から』透子は父親に聞かされ続けていたらしい。
――――たとえ民草に銃口を向けられようと、ヒトの上に立つ者として毅然とせよ。堂々とせよ。誇りを持て。余裕を持て。権力に見合う器量を持て。
たとえ撃たれたとしても受け容れよ。感じるそれは民の痛みだ。それを知り、彼らの父になれ。やさしくなれ。そして強くなれ――――という風に。
だからこそ、長く信頼される王になるため王の血統からその適性は徹底的に排除される。
その甲斐あって、透子はその手の搦め手は全く使えない。
得意な魔法は属性魔法だ。「あるアルゴリズム」を通して魔力を属性に変換するというもの。魔力の使用方法としてはオーソドックスなものになる。
中でも風、火、水の3属性に関してはマスタークラスだ。平たく言うと免許皆伝である。
前の世界では「3属性マスター」というのはかなりのステータスだが、この世界では全て機械で代用できる。
素手でできるからなんだというのだ。コレといって旨味はない。サバイバルを強いられるのならまだしも。
――――とにかく。
おかげで透子は小3からこっち、「普通の美少女」として生活せざるを得なかったのである。
今までの「少し不思議ちゃん」的なアレを忘れ去らせようと必死に。
――――ここまで再三「美少女」を強調していることにも理由がある。
要は容姿のインパクトが強ければ、透子のカレントのチャーミングさにハートキャッチされてしまえば、カビが生えた古い昔の所業などさっさと風化する。そういう思惑だ。そう信じている。
人間なんてだいたいそんくらい単純なもんだと断言したい。透子自身のために。
転生前から王族の都合、立ち振る舞いの訓練はしてきた。この世界とのセンスのズレは否めなかったが、それでも年相応の『専門誌』でカバーできる。
たゆまぬ努力の結果、透子の掘り返して欲しくない過去はおそらく完璧に払拭した。
相手の心を覗き込む魔法を知らないために確信は持てないが、手応えはあった。
だが万全を期するため、透子は全寮制の学校に入り、街を出て行くことにした。
別の街。別の学校。透子を知る人間は誰もいない――――はず、だったのだけれど。
なぜだかどうして、透子の学年に昔知った幼馴染がいるのである。
やはり、人生、そううまくはいかない。
* * * * *
――――学校の近隣にある中華料理屋『満満亭』。
「お腹いっぱい夢いっぱい、どんぶりいっぱいもう一杯」というのがキャッチフレーズらしいが、それはともかく。
店長は夢や志を持つ若人が好きらしく、安く大盛りの料理を提供してくれることで有名だ。透子も何度か友人と来たことがある。
最も目を惹くメニューは「ガチンコ焼き餃子定食」。「挑戦権」と書かれた値段欄には「〜3000円」とある。
世に聞くフードファイトのメニューである。
餃子1ダースが1皿。それを制限時間内に5皿食べ切れたら無料。更に1皿完食ごとに500円賞金が加算されていくというものだ。
噂によると、昔これで逆に3000円を店長から掠め取っていった強者がいたそうだが、真相は定かではない。
店長も語ろうとはせず、ただ顔を青くするのみである。
で。
「くっくっく……用意はいいかい君達」
「おっす。とりあえず走ってきた」
「口が減らねー野郎だな……」
満満亭のテーブル席に真矢と一希と九朗が同時に腰掛け、同時に同じメニューを注文した。
くだりの「ガチンコ焼き餃子定食」が3人前オーダーされる。心なしか厨房から張り詰めた空気が押し寄せてきた。
「くっくっく……逃げずにこの席に座ったこと、まずは褒めてやろう」
真矢が不敵な笑いを浮かべた。さっきから芝居かかった口調でやたらノリノリである。
「だがここから生きて帰れるとは思うなよ。ここからのマジモン地獄から逃れる術はない……!」
「やれやれだ……とっととはじめようぜ、おちおちコーヒーの話もできねーってもんだぜ」
「しゃべりすぎだよ、あんた」
若干アレな真矢の煽りに、九朗は気怠く、一希は短く切り返した。
視線の間でばちばちと火花が散る。背から意志力がヴィジョンとなって現れ、血を血で洗うデスマッチをおっぱじめている。
「あっ……あのね? いいんですよー? 別に……決闘? なんかしなくても」
つーかフードファイトの決闘ってなんだ。聞いたこともない。
どうやら争いの種である透子の頼みだ。聞き入れてもいいはずである。いくらこんな3バカであっても。
「黙ってろくそあま!」
「男同士の間に入るな!」
「白黒つけるんだよ!」
……三様に突っぱねられた。
もしかしてこいつらただ単に餃子を腹一杯食べたいだけなんじゃないだろうかとさえ思う。
ほどなく店員が餃子とお櫃を運んできた。
ちなみにこのメニュー、ご飯とスープと千切りキャベツは無料らしい。そこまで箸を伸ばすような奴がいるとは思えないが。
透子はほどほどに応援の言葉を置いてふらふらと少し離れたテーブルに着いた。
向かいには六花が座っている。なにやら目を輝かせている。
「凄いね透子ちゃん。お姫様みたい!」
「はぁ?」――みたい、ではなくお姫様なのだが。それはともかくとして――「どこが?」
「だって男の子が3人も透子ちゃんを取り合ってるんだよ? 決闘だよ? 漫画でしか見ないよ」
六花はあろうことかあのバカどもの珍行動を建前そのままに受け止めているらしい。
見ていて心が痛くなるほど純真だ。
あのバカどもには、全部終わったら一度六花に詫びを入れさせよう――――取り急ぎ、透子はそれだけ心に決めた。
「……まぁ、決闘、ねぇ……」
六花のあげつらったキーワードだけを掻い摘んで透子はイメージした。
ひとりの女性――――そう、それも透子のような美少女、至高・完璧・究極的な王女様を取り合う男の戦い。男の決闘。
そんなシチュエーションは透子が「元の世界」にいた時でさえ巡り合わなかった。
――――『姫の騎士の座を奪い取る』。
主を持たない騎士は存在しない。それは騎士ではく剣術家と呼ばれる技術者だ。
そして、既に主を持った騎士がそれを裏切ることなどあり得ない。その『あり得ない』を実践した騎士を信頼し、そばに置く主がいないためだ。やはりそれも、騎士ではない。
主が本当にそばに置きたいのは、ただ無敵の剣術家などではない。互いに敬い、命を賭けて剣を取ることができる騎士である。
それが任せられるということ。信頼できるということだ。
決闘の勝者を無条件で自分の騎士に押し付けられるというなら、透子個人としては御免こうむりたい。
「……ないわー」
「あはは。だよねー。でも透子ちゃんすごいマジに考えてたよね。やっぱり満更でもない?」
言うだけ言って、六花は透子をいじりだした。
透子もあわせて口端を歪めて苦笑を作る。
――――これまで見たことがないほど楽しそうな六花に水を差すようなことは、言いたくなかった。