これが、私の日常「誰が尻軽だってぇ……!?」
――――この世界では、どうやら『魔法』という概念が既に廃れているらしい。
それに気づいたのは生まれてからいくらか年月が経ってからの話だった。
代わりに存在する機械技術だのIT技術だのなんだの科学力には目を見張るものがあった。
発展には長い時間の修験とその継承、そして適性が噛み合った『配合』――――つまり血統が重要なファクターだった前の世界の魔法技術より、公平にラクできる良い進歩だと思った。
透子だってスマホだの電車だのインターネットだのと便利に使わせてもらっている。
……あんまり「科学最高!」とか思いすぎると、透子まで魔法の発展を支えてきた先人達に悪い気がするけれど。
とにかく、重要なのは――――魔法がない。それに透子が気がつくのに時間がかかった、という点だ。
中身を知るまで、電話にしろテレビにしろ、なんか「そういう魔法なのかな?」と思っていた。テレビをヒトが入っているハコだと勘違いする小さい子特有のアレと思ってもらえればいい。
それで――――だ。
小学校3年生くらいの時に遠足で工場見学をするまで、機械というやつの中身を魔法だと思い込んでいたのだ。
そしてその思い込みが解決したあと――――正直、かなり恥ずかしかった。
肉体年齢的にはアレでも、精神年齢――単純に転生前の年齢分プラスアルファされた値、ということにだが――は、もういい大人だった。
例えるなら。
――――アラサーくらいでゴスロリツインテール眼帯で「貴様を妾の眷属に加えてやるぞ。さぁ妾にその魂を売り渡し永遠の忠誠を誓うがいい、くくく」的なコトを言っている感じ。
まぁ、とにかくアレな感じの物を長くこじらせすぎてアレ度がオーバーフロウした感じになったアレである。
……ああ、ほんと、モノローグでさえ明言は避けたい。おヨメに行けなくなってしまう。
遠足から帰ってきたあとなど、あまりの気恥ずかしさにベッドに倒れこんで枕に顔を埋めて両足をばたばたさせたりした。
なんかもう、ぶっちゃけ死んで元の世界に帰りたかった。いや、この転生魔術はそういう作りではないから戻れる訳はないのだけれど。それでも衝動的にそうしてしまいそうだった。
一瞬の痛みでこの気持ちをトラッシュしたかった。
――――前言撤回。「恥ずかしい」というよりもう「痛い」の領域だった。
…………回想終了。自傷するようにして記憶を掘り返す作業はとっととやめにする。
とにかく、だ。
それ以来、魔法が使えることは周りに一切秘密にしている。
努めて、それまでのイメージをきっちりと払拭するように周りからは品行方正・才色兼備な「普通の美少女」として見られるよう、恥ずかしくない行動をとるようにしている。
――――努力はしている。
………………してるんだけどなぁ。
* * * * *
以降、作業はつつがなく終了した。
予算云々の資料は透子が処理し、お手伝いにはひたすらファイル整理をやらせる。
指示をその都度飛ばすのは面倒だったが、作業自体はそれなりに早く終えられたのは朗報だった。
「ありがとうね、みんな」
「うん」
「どーも」
「ちっ」
「けっ」
六花は屈託無く頷いた。しかし野郎3人は実に不満そうだ。一希以外の2人に至っては答えにすらなっていない悪態を返す始末である。
野郎3人は三様にできたコブに顔をしかめている。最後の激突(比喩でなくマジで)でできたダメージだ。
「っていうかよー」元・腕組み野郎こと城崎真矢が口を尖らせた。「他の生徒会の連中は? なんで手伝いに来ないのさ」
「忙しいんだって」
「なんだそれ」
「知らないわよ」
呆れ調子に透子が答えた。
入学早々目をつけられ無理に引っ張られた生徒会だが、今ではそれなりに愛着もある。
しかしメンバーの集まりの悪さには未だに慣れきれずにいた。
透子はスマホを手にとってメールアプリを起動した。グループスレッドには全員発信で欠席の知らせを飛ばすのがルールになっている。
「お腹が痛い、二日目、道に迷った、乗り物酔いがひどい、道に迷った、隣の家のおばさんが危篤、補習、学習塾、決闘、ゲーセンで大会がある、道に迷った、彼女とデート」
「…………は?」
「今まで発信されてきた欠席メールの理由欄コメント」
一同が騒然とした。
無理もない。基本、理由がひどすぎる。そのくせマメすぎる。
「毎度毎度みんな送ってきてくれるくらいには律儀なのが幸いねー。イベント前になるとぞろぞろ集まるし」
「……で、雑務はおまえとこいつでこなしているというわけか」
九朗がじろりと一希に目を向けた。こいつ呼ばわりに不快感をあらわにする一希。頭髪が少し逆立っている。
「一希君は生徒会メンバーじゃないわ。……私が誘ったの」
「マジで!?」
真矢がガタッと勢いよく立ち上がった。後ろで椅子がガタンと倒れる。
「そんな……透子ちゃんは男を誘う尻軽なビッチだったなんて……」
「おい」
「この人は魔性の女だよ! 男を食い物にする魔女だったんだよッッッ!!」
「な、なんだってー!?」
真矢に乗っかって、六花も大きな音を立てて立ち上がった。
一緒に作業してからか、六花の男連中の警戒はかなり緩和したようだった。良いことだ。
――――が、それはともかく。
すぱんっ!
六花と真矢をハリセンで脳天をぶったたく。
「誰が尻軽だってぇ……!?」
ハリセンをちらつかせ透子はドスの利いた声で怒りの色を強調する。
――――魔性だの魔女だの、際どいワードは敢えて引用しない。
「……俺を誘ったのは幼馴染だからだよ」
一希は席を立ち、真矢の後ろで倒れた椅子を直した。一見それはなんともない風に言った言葉だったが――――少し口端、緩んではいませんか。
見様によっては勝ち誇っているようにさえ見えるその様子に真矢はギリギリと歯軋りした。
自慢の利用されたようで透子としてはあまり気分はよくないが、真矢が悔しがっているようなのでまぁ良しとする。
九朗はやれやれと言った様子で視線を逸らし、六花はなぜだか頬を赤らめて手で顔を覆っている。そこまで食いつく話ではないと思うが。
そもそも、透子が一希を特別扱いする理由はたったひとつだ。アレコレ昔のことを言いふらされないよう見張っておくためである。
蓋をした記憶を開封されることなど、あってはならない。絶対に。
「――――よぉしッッッ! 決闘だ! 透子ちゃんと密室でいちゃいちゃする権利を賭けてオレ様と勝負しろ!!」
「…………は?」
ぽかんとした一希の顔に、真矢が白い手袋を投げつけた。どっから出したそんなもん。
ところで、真矢の『密室でいちゃいちゃ』というのは『メンバーの集まりの悪い生徒会室で透子とふたりで雑務をこなす』の意訳である。
密室でもなければいちゃいちゃでもないという現実ことに、真矢はまったく気がついていない。
――――残念なことに。