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女の戦い「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 奈々瀬葵はアイドルだ。


 とはいえそのレベルは「メジャーマイナー」である。

 つまりテレビでよく見る「メジャーなアイドル」よりも世間一般の認知度は著しく低い。


 その分親しみやすさというか友達的距離感というか、そういう身内感覚で応援できるところが強みのひとつであるらしい。一緒に成長していく……という感じなのだそうだ。


 とにかく、認知度の低い彼女をアイドルとして追っかけるのは基本ドルヲタくらいである。


 それも安易な『萌え《流行》』に流されず無限に広がるネット砂漠で前人未到のオアシスを探し出すような、フロンティア魂溢れる選ばれたプロのドルヲタくらい……らしい。


「透子ちゃん……そういうことだ。諦めろ」


「はぁ……」


「寂しいか? ならオレ様、今からいっぱいちゅっちゅしてやるお」


「桐枝君」


「御意」


 透子が呼びつけるまでもなく、桐枝の拳が真矢を襲った。

 しかし真矢は桐枝の攻撃を幾度もかわし、アイドル業界の熱と愛を熱弁していた。相当語り足りないようだ。


 しかし最初から詳細になど一切興味がない透子には、獣の遠吠えも同然だった。


 夕暮れの団地でアイドルを叫ぶけもの――――それらしいキャッチコピーを添えてみたが、締まりがなさすぎる。


 透子はなおもアイドルを叫び続ける真矢と桐枝を置いて団地を出た。

 後を追ってきた九朗の質問になど、答えるまでもなく。












 * * * * *












 透子はお手玉をしていた。


 大切なのはリズムだ。玉をふたつからみっつ、よっつと増やしていくごとにビートを細かく刻んでいく。手の回転をいかに規則的、かつ同じ力で送り出すのかが重要だ。


 それに慣れれば/慣れさえすれば、目を閉じていてもできるものである。


 長く長く、瞑想するように透子は目を閉じ、お手玉を繰り返し。


 やがて、失敗した。


 噛んでいた歯車が抜け落ちて、リズムはがらがらと崩れていく。すべてのお手玉が地面に落ちる。

 透子は目を開いた。失敗は透子のミスではなかった。


 お手玉を一つ取られていたのだ。


 六花だ。


「とうこちゃん、なにしてるの?」


「待ち人」


「誰をー?」


「アイドル」


 珍しく、ぶっきらぼうに透子が言った。六花が首をひねるほどだった。

 地面に落ちたお手玉をかがんで拾い集める。1、2、3……六花が持っているものも合わせても数が足りない。


「どうぞ」


 視線を上げようとしたところで、透子にひとつ、お手玉が差し出された。


 差し出してきた女の子は、遠巻きに透子のお手玉を見つめていたひとりのようだった。

 縁が太い眼鏡をかけて目深に帽子をかぶる、地味な雰囲気の子だった。


 透子はお手玉を受け取った。自然に表情がほころんだ。


「よかった。あなたが趣味がジャグリングだと聞いて練習してみたの。どうだった? ――――アイドルさん」


「ええっと…………あなたは、生徒会長さん……だっけ?」


「そんな役職、どうでもいいわ。私、あなたに会いたかったから。まさか同じ学校とは思ってなかったけどね」


 ――――思ってなかった、というのは嘘だった。

 奈々瀬葵と金田一希の接点を想像した時、最も可能性がありそうなのがこのパターンくらいだった。


 後は少々マジカルかつイリーガルな方法を使い、標的を絞り込んだのだ。奈々瀬葵の公開情報(スリーサイズ、生年月日など)と合致する女子生徒を検索した。


 しかし、と透子は思う。

 本物の奈々瀬葵はポスターでみるよりずっと――――地味だった。


 一希の部屋のポスターを思い出し、もう一度本物を確認した。

 ……着痩せするタイプなのだろう。そう透子は納得しておくことにした。

 


「……とにかく、こうして校門であなたを待ってみたというわけ。出待ちってやつよ」


「出待ちされたのは初めてだけど…………話に聞くよりずっと偉そう」


「奇遇ね。私も出待ちなんて初めてなの」


「……面白いね、生徒会長さん。こんなところで、どうしたの?」


 こんなところ、と言って奈々瀬葵は片手を切って周囲を指した。


 苦言を呈するのももっともだった。

 場所は校門。往来の真ん中である。今にも教師の誰かが不審なパフォーマンスをはじめた透子をひっ捕えにやってくるかもわからない。


 ――――しかし、透子にも保険は打ってある。

 今頃東門と裏門ではとあるバカが勝負だなんだと暴れまわっている手はずだ。


 一番地味な校門よりも別の二箇所に気を削いでいることだろう。そして、さっさと外に出たい生徒は校門を目指す。

 彼女が透子のところに来ることはわかりきっていた。


「私は桧原透子。以後、そんな役職で呼ばないように」


「わかった。なら、わたしもちゃんと名前で呼んでよね。奈々瀬葵……は、芸名だよ? 七咲碧ななさきあおっていうのが本名なんだ」


「ええ、よくってよ。……碧さん。ところで、これから時間はあるかしら?」


「……ない、って本当に言っても引っ張っていきそうだね」


「もちろん。髪の毛引っこ抜こうが制服破こうがね。顔はヤバイからボディでやめとくけど」


「ふふ……イタいのはヤめてよね」


「当たり前じゃない。ふふ……」


「ふふふふ」


「ふふふふ」


「ふふふふふふ」


「ふふふふふふふふふふ」


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 透子も碧も顔に笑顔を彫り込み、同じトラックをリピート再生でもしているかのように笑い声を出し合った。


 さながら壊れた機械人形のような彼女達を見て、蚊帳の外の六花はひとりつぶやいた。


「……女の戦いだ……」


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