学園戦争「ココにキスして」
――――そして。
桐枝には次の日の朝昼夕とゲリラ的に「謝罪放送」をさせた上、一週間「ゲス野郎でごめんなさい」と印字されたタスキをかけさせ続けることで手打ちとした。
かくして、誤解は解消されたというわけだ。
中には「なんかもう桧原のほうがひどくね?」みたいな意見もなくはないが、すぐに沈静化したのは透子の知らない話である。
「さ、さすが透子ちゃん! オレ様達にできないことを平然とやってのけるッ!」
「コロッと騙されてレッテルをベタベタ貼りまくるあなたの言動も私には真似できないわよ」
「……怒らない? 殴らない?」
「…………ねぇ。そのフレーズ気に入ったの?」
「やれやれだ」
六花さえ引くほどベタベタとくっついてくる真矢を振り払う。遠巻きに九朗が肩をすくめているが、そのポジションを私によこせと透子は言いたい。
透子は生徒会室で頬杖を付き――――。
「透子様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「ああ、うん」
控えている『ゲス野郎』に紅茶を注がせた。
……三枝桐枝である。
「ていうか、あんたそのタスキ返しに来たんでしょう? 帰れそれ置いてさっさと」
「そーだそーだ!」
「そいだー……」
「フフッ」
真矢と六花の抗議を笑い飛ばし、桐枝はキザっぽく髪の毛の先を指先に巻きつける。
……どんなに格好つけようと頑なに外さないタスキのせいで台無しだとはわかっていないようだった。
「ぬぁーにが『フフッ』だ。おい三枝ぁ。あんまりこの業界舐めてると舌噛むぞ」――――なんの業界だ。
「いったい何を言っているのかよくわからないが…………僕はこのタスキを外す気もないし、この部屋を出て行く気もない」
「…………はぁ?」
その場の全員が怪訝な顔を作った。
それをうんうんと吟味し、そして桐枝は見得を切った。
「僕をああまでボコボコにする人間がこの世にいると思っていなかったからね。衝撃だったよ。まるでナイアガラで滝に打たれた時のようだった」
「いいぞそのまま水に圧迫されて死ね」
「ああ、その時と同じように、僕はまさしく神に出会ったんだ。後光が差していたよ。あの瞬間はこの僕にはじめて……自分自身より遥かに偉大で尊いものを感じさせた」
「…………」
どうにもならんと真矢が手を挙げた。
透子も同感だが――――残念ながら逃げられない。
ていうか世界遺産に押し入って滝行した大ボラを吹いてそのまま放置なのかこの男は。
桐枝は跪き、無遠慮にも透子の手を取った。そのままキスでもしそうな雰囲気だった。
「僕が傅くとしたら、もうそれは君しかいない。君じゃなきゃダメなんだ。君以外にはあり得ない。君だけだ。君が僕のご主人様だ。君こそ、僕が認めたマイ・スイート・ハート」
「…………はぁ」
何を言っているんだこいつは。まるで意味がわからない。
だが、まぁ――――顔はいい。ルックスは抜群だ。
それに、あの時は意図的に伏せたが、女だけでなく男とも幅広い人材と交流がある。
人たらしというやつかもしれない。付き合う人間を全員見下している感じがあって鼻に付くけれど。強い情報力がある。
ゲスく言えば、無茶苦茶使い道がある。
だがしかし、相手するバカを増やすのはいい加減遠慮願いたい。
「…………じゃ、コレつけて」
「はい」
「ココにキスして」
「はい」
透子が「これはないな」と思って指示したことを瞬時に了解し実行する桐枝。
手渡された皮の首輪(大型犬用)を首に巻き、透子の靴にキスをした。
その迷いのない動作は、普段からやり慣れているかのようにさえ感じられた。
透子ほか、桐枝以外の全員が戦慄していた。
巻いた首輪を撫でて悦に入る桐枝がそのドン引きムードに気がつくまでには数秒を要した。
こほん、と咳払いをしてから、また桐枝は見栄を切る。
「…………誤解しないでください」
なにをだ。どれのことだ。
「僕がMになるのは、君の前だけですからね」
そう言ってウインクしてみせた桐枝を、透子は思い切りハリセンでぶっ叩いた。
――――もしかしたら、こんなものじゃご褒美になっているかも知れないけれど。




