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学園戦争「…………昨日もご愁傷さまです……?」

 瞼を開ける。


 時計は朝5時半を指していた。しかしカレンダーを見ると日付は昨日。


 透子は周囲を見渡した。敷いたはずの布団も、透子自身も、ここにはいない。

 この日――――昨日の朝5時半といえば、透子は学生寮でぐっすり眠っているはずだ。いるわけがない。


 透子は生徒会室から出ようとドアに近づき――――すり抜けた。


 この魔法の発動中は、透子は意識だけの存在だ。幽霊と言い換えてもいい。

 あくまで見るだけ、聞くだけの存在だ。物理的に干渉することはできない。


 そして「入ったことのない場所」には決して入れない。「触ったことがないもの」は決してすり抜けられない。

 ……透子自身もよくわからないが、そういうルールなのだ。


 案外、本物の幽霊もそういうルールの中で生きているのかもしれない。見たことないけどな――――なんて考えているうちに、透子は問題の掲示板にたどり着いた。


 問題の写真は、まだ貼られていない。


「さてと……」


 掲示板から適当に離れて、透子はその場に体育座りで座り込んだ。

 あとは張り込みだ。根気の勝負である。――――透子の苦手分野だが、仕方ない。


 とにかく人に見晴れてはいけない。その瞬間にこの魔法の発動は強制終了するのだ。あまりうろちょろはできない。

 しかし幸い、透子と魂レベルで仲が良い精霊との対話はやり易い状態でもある。


「それじゃ、ふーくんにひーくんにみーくん。周辺の警戒をお願いします」


 ふーくんこと風の精霊には近くの足音を見張らせ、ひーくんこと火の精霊には近くの温度を監視させ、みーくんこと水の精霊は蛇口を介して手広く警戒に当たってもらう。


 これで警戒網は張った。後は現れるのを待つだけだ。

 ……透子は本格的に体育座りしかやることがなくなった。


 ちくたくちくたく動く秒針をじっと見つけ続けること早数分。


 だんだん眠くなってきたところで、火の精霊が警笛を鳴らした。


「かかったっ!」


 がばりと跳ね起き、透子はずいと身を乗り出した。

 校門付近に人影が見える。数はひとり。背中にはリュックを背負っている。


 あいつか――――?


 透子は風の精霊に頼んで人影の周りの音を運んでもらうことにした。


 すると。


「ハァ……ハァ……ハァ……ちくしょう、どうして……どうしてッ……!」


 息切れをしているせいで少し分かりにくいが――――金田一希の声だった。


 そういえば、と透子は思い出す。あいつは昨日学校に来ていなかった。


 犯人は一希?


 透子には動機がいまいちわからない。しかし犯行後逃げたのだとしたら学校にいなかった理由になる。


 ……え? そうなの? まじで?


「…………いや、そんなはずない。桧原だぞ……ない。ないな。絶対ない。常識的に考えろ。そうだ、安心しろ、俺。よし、もう10キロくらい走ってくるか」


「…………?」


 文脈からして、透子のことで何かを考えているらしい。わざわざ口に出してまでその考えを追い払おうとしている。


 よくわからないが雰囲気からいって「もう10キロ走る」は「透子の中傷記事をばらまく」という意味の隠語ではなさそうだった。


 当の透子に聞かれているなど露ほども思わず、一希は校門にダッシュで消えていき――――。


 けたたましい音を立てて、何かにぶつかった。


 一希は何かにぶっ飛ばされるように後方に吹き飛んだ。リュックがはち切れ、中のものが校門でばら撒かれた。


「…………昨日もご愁傷さまです……?」


 ――――とにかく透子の記事とは関係ないようだ。

 透子は精霊に彼をシカトするように指示した。


 仮に一希が衝突したのがおばあさんだろうが2tトラックだろうが、物理的に干渉できない透子には、なにもできない。

 それにプライベートを覗くのはよくない。特に彼の不運は見てて悲しくなってくる。


 そしてなにより、正しい美少女の振る舞いではない。パーフェクト美少女代表として、恥ずべき行為はしないほうがよい。


 続いて寮の噴水近くで人影が動いたとみーくんから情報があった。今度はそちらにふーくんを向かわせ――――。


「おっはようございまぁーす! ウェルカーム世界の夜明けぇー!! 愛してるばんざーい!!」


 ――――バカの声がした。

 しかも馬鹿でかい声だった。


 ……つまり城崎真矢の声だった。


 なぜあの男はこんな朝っぱらからこんな声が出せるのだろう。

 ニワトリの代わりのつもりなのだろうか?


 聞き取れる内容も美女ラブとか俺は美少女が好きだとか愛してるとかまぁ、なんか重複した意味合いの語句を飽きもせず並べ立てている。しかもうるさい。


 しかし、こんなヤツが他人の誹謗中傷をやるとも思えない。直球ストレートでセクハラしてきそうなタイプである。それも相手は大好きな美少女となればなおさらだろう。


 マークを外してもいいだろう――――と。


「ったく、毎朝毎朝……うっせーぜ、てめーは」


 草間九朗の声がやってきた。

 つーか毎朝こんなことやってんのか真矢は。


「おう、おはようボス!」


「おう……ホントに声でけーな、朝から。距離感間違ってんぞ」


「これをやらなきゃオレ様の一日が始まらないんだからな!」――――女が好きだと叫ぶ1日のはじまり。いいのかそれで。


「やれやれだ。…………どーだ? 朝風呂に行こうと思うんだが、付き合うか?」


「――――ほう、面白いことを提案するなぁ、ボス。悪いがオレ様は美女と美少女だけのものだ。男の裸体とかまじ興味ない。ないわー」


「バカいってんじゃねーぜ。ひとっぷろ上がった後のモーニングコーヒーの清々しさを知らねーのか?」


「うるせーよ、お前から洗ってないコーヒーの匂いが…………いや、待てよ。もしかして女性客もいるのか?」


「ん? ああ、いるぞ。この学校のヤツなら、確か牧村――――」


「行こう。すぐ行こう。どこだそのナイスな欲情は。レッツ乳欲」


「………………やれやれだ」


 九朗と透子は同時に悪態をついた。

 どうやらこの学校はバカしかいないらしい。


 なんだか悲しくなって、もう起きちゃおうかなー、なんで虚ろな目で考えていると。


 ――――精霊たちが一斉にアラームを鳴らした。


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