学園戦争「……問題ないですよ。自分で解決してみせます」
――――それに透子が気がついたのは朝のホームルームが終わる頃だった。
よく思い返せば、その前から兆候はあった。なにか遠巻きに囁かれている。いつもより妙に騒がしい感じだ。皆が透子を盗み見ている。
もっとも見られること自体は珍しくもなんともない――――美少女なのだから。
ホームルームの終わりに先生に呼ばれて、いよいよおかしいと気付いたわけである。
「あのねぇ、透子ちゃん」担任の女教師は無駄に馴れ馴れしく透子を呼んだ。「先生も気持ちはわかるけどぉ、やっぱりこういうのはダメなのよぉ」
「はぁ……」
相変わらずのふわふわした喋り方。甘ったるい声だ。
ゆったりとしたマタニティウェアのような声色となかなか要件をはっきり言わない物言い。
別に嫌いではないのだが、透子はこの先生の相手が得意ではなかった。
「なんの話ですか?」
「しらないのぅ? 今朝、掲示板見たぁ? 2階のやつなんだけどー」
「2階の……図書室の前にあるやつですか?」
校内に数カ所ある多目的掲示板のひとつだった。
図書室の前にあるためか、学校新聞や生徒会広報などがメインで貼られている。
「そこにねー。これがあったのぉ」
女教師は何枚かの写真を差し出した。
少しピンボケだが――――これは、透子だ。
向かいに座っているのは男だ。
…………この間の六花パパだった。
「煽りは『生徒会、おっさんと逢引』とか『淫売』『あばずれ』『勘違い女』『ブス』『地獄に落ちろ』」
だいたい悪口である。加えてボキャブラリーがアレすぎる。
「どうしよっかぁ?」
「どうしようか……って」
「休学するぅ?」
凄いこと言い出した。仮にも教師が。
「……なんでそこで休学になるんです?」
「だってぇ、もうきたくないでしょー? ウチって全寮制だしぃ、逃げ場ないじゃーん。1年くらい実家に引きこもっちゃうー?」
さっきから学校をなんだと思ってるんだこいつは。
――――とはいえ。
この女教師の言うことにも一理ある。人の噂も75日。それまで身を潜めているというのは一番楽な対処法かもしれない。
しかしそれでは噂を認めたも同然ではないか。透子はフィクションの悪徳政治家ではないのだ。そんな後先考えない行動はできない。
だが、戦うにしてもこうしてブツが残っている話はたとえ事実無根でも噂以上に厄介だ。
しかも既にはた迷惑なタグ付けがされている。白シャツに付いたカレーうどんのシミ並になかなかとれないものになる。
かと言って、学校として何かやってくれる訳でもない。この女教師の適当ぶりがそれをよく表している。
そして六花パパとの話を思い出すと、透子はそう簡単に休学することはおろか、いたずらに評判を落とす訳にもいかない。
人見知りの六花。透子はそれを支える完璧な美少女でなければ。今まで通りに。
でなければ彼女は転校し、無菌室で隔離されるように今後の人生を送ることになるだろう。
――――似たような環境を知る透子としては、その生活があまりお勧めできるものではないことを知っている。
「……問題ないですよ。自分で解決してみせます」
なにより――――ここまでコケにされて、透子が黙っている訳にはいかなかった。
* * * * *
「オレ様、透子ちゃんがヤりまくってるビッチでもかまうふぁぃ!?!?!?」
開口一番妄言を吐いた真矢を早々にハリセンでぶっ叩き、透子はじろりと周囲を見やった。
奇異の眼差し。掲示板の写真とその記事を信じているバカが半分程度といったところか。
残りは「そうなら面白いのにな」とかいいながら舞台上を見つめる傍観者だ。敵ではないが、味方にもならない。
「透子ちゃん……なんで? お金が欲しいなら、うちのパパ、結構持って」
何か言いそうになった六花の頭をハリセンでぶっ叩く。
――――つーか写真おまえのパパだろ!? 気づけよ!
「くっ……」
舌打ちして透子は教室を抜け出した。
予想以上に――――バカばっか。
今までの絶対無敵美少女としての活動はなんだったんだろうかと思う。
……まぁ、アイドルはそういうものだ。スキャンダルの暴露からの芸能界抹殺は十割コンボといっても過言ではない。
このまま透子はバスケットボールのように上下に叩きつけられて残ゲージがゼロになるのを待つだけなのか?
――――否。いうまでもなく。
「おう……透子」
後ろから話しかけてきた九朗を問答無用でハリセンでぶちのめす。
戦争はすでに始まっている。
人道とか道徳とか優しさとか、そういうものを一切排除してトリガーを引かなければならない。戦いの狂気で身を染めるのだ。
敵は先制攻撃でこちらを焦土に変えたつもりだろうが――――。
透子はまだ、敵の国民を消し炭に出来るだけのミサイルを隠し持っている。
敵はそれを、知る由もない。




