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これが、私の日常 「なんでこーなるのぉ?」

【はじめに】


 この物語には世界の裏側に隕石が衝突した『LD事件』が約17年前に起こった世界。人々はその傷跡を癒し、日常に戻っていた――――なんて裏設定が密かにありますが、あまり本編には絡んできません。


 なんかそんな感じの特殊な環境なのでキャラクター達が時折おかしな行動を取りますが、

 そこはネオアースのネオアジア圏にあるネオニッポンの一都市ネオナガノに住むなんか特殊な人達だと割り切って楽しんでいただければ幸いです。

 私の名前は「桧原透子ひのはらとうこ」。

 突然で少し申し訳ないけれど、私はこの世界に転生してやってきた。この名前はこの世界でもらったものになる。


 元の世界では王族だった。第一王女。王位継承権第1位。富と権力を抱えた黄金の血統書を持って生まれた訳だ。

 生まれついての勝ち組人生。順風満帆。死ぬまでイージーモード。約束された当然の勝利。


 ――――と、人は言うんだろうなぁ。


 しかし、そこはやはり人生なのだ。そううまくはいかない。


 生まれた日から暗殺を狙われるわ、事あるごとに比較されては無能のレッテルを貼られ王位継承権を奪われそうになるわ、ちょっとしたことがでかでかとスキャンダルに発展するわ。


 守ってくれる人も敵も大勢いたけれど、小さい頃から気が休まる時間なんて1ピコグラムだって持てなかった。


 死んだ心地で笑顔を振りまきながら綱渡りのような毎日を過ごしていて――――ある日。

 いい加減逃げ出したいな、と思った。


 思い立ったらすぐに行動した。王国で一番の魔法使いの先生に相談してらあっという間だ。


 この誰も知らない世界に来て、今日でちょうど17年目。

 のどかな時間を満喫する毎日だ。

 …………そうしたいと思ってる。いやマジで。








 * * * * *








「とうこちゃん、今日誕生日だね」


「ええ」


「なに欲しい?」


「ティーセット」


「たかーい。ネコシマの紅茶でいい?」


「いいよ。でも後でね」


 近場の喫茶店の紅茶一杯に値切る水瀬六花みなせりっかを適当にあしらい、透子は教科書類をカバンにしまった。

 カバンを担ぎ、そそくさと教室を出ようと引き戸に手をかける。開かない。


「どこに行く?」


 用心棒よろしく引き戸をロックしているのは大柄の男だった。

 引き締まった二の腕をチラつかせて見下ろされるのはとても圧迫感がある。気分が悪い。


「なぁに?」


「なぁに? じゃねーだろ。オススメのコーヒーはどうなったんだ?」


「…………」


 ああ、と透子はぼんやり頷いた。この大男がコーヒー好きと聞いて、昨日なんとなく振った話題だった。――――ような、気がする。


「ごめんごめん。今日だっけ、約束」


「一昨日だ。2日待ってやったが、いよいよ出向いた……というわけだぜ」


 約束が一昨日。どうやら話をしたのは昨日ですらなかったらしい。


「……今日はちょっと、用事が……」


「あぁ? 話くらい歩きながらでもできるだろーが。それともなんだ? 面倒事なら手伝ってやろうか?」


 どんだけコーヒーの話がしたいんだこいつは。


 男はおもむろに腕まくりをする。おそらく自慢なのであろう。筋肉質な腕が露わになる。


「あー……力仕事じゃ、ないのよね」


「人手はいらねーのか?」


「…………まぁ、いないよりはいいけど」


「なら決まりだ。手伝おう」


「ああ、そう。ありがとね、九朗君」


 適当にお礼を言って大男――改め、草間九朗くさまくろう――をかわし、ようやく透子は教室の外に出た。

 階段を昇り2フロア上まで移動して、端にある生徒会室まで足早に歩いていく。


「それで、なにやるんだ?」


「とりあえず――――そこの彼がミスらないように見張ってて」


 部屋に入るなり質問をしてくる九朗に、透子は席についている少年ひとりをびしりと指差して指示した。


 少年の名前は金田一希かねだかずき。透子の――もちろん『この世界で』という意味だが――幼馴染だ。


 基本的におとなしく真面目で紳士的な人間なのだが、時折、本当に時折、神懸かり的なタイミングでヘタを踏む。バッドラックの神に愛された、ある種の天才である。


 透子の知る中に「不運が起きる代わりに運勢を溜め込む魔法」なんてのもあった。

 一希がもし、そのせいでこうなっているのだとしたら、宝くじの五等くらいなら半年に一回当選できるだろう。


「お、桧原。おつかれさま」


「一希。今日はまだミスない?」


「そういつも起こったりはしない。備え付けのシャーペンの芯が切れているのはわかってたし、プリンタのインクがなくなっているのも知ってたしな」


 報告して一希はぐっとガッツポーズを作った――――途端、頭上のひと区画だけ蛍光灯から光が消えた。


「………………うん、用意できていないのはこれだけだった」


「やれやれだ。とりあえず用務員室に行って蛍光灯をもらえばいいか?」


「ああ、うん。お願いね。サイズとかはココだって言ったらわかると思う」


 がくりと肩を落とす一希に肩をすくめ、九朗は早速役割を引き受けた。

 消えた蛍光灯を台に登らず外し、ふと、首を捻らせた。


「…………ひとつ、確認するぞ」


「なぁに?」


「蛍光灯にあまり埃が付着していない。よく切れるのか?」


「いいえ。割れるだけ」


「…………われ?」


 怪訝に顔を歪める九朗。無理もない。目撃者の透子も目を疑ったものである。

 なにがあったのか説明するのは――――面倒臭いからやめておこうと思う。


「よし、それじゃあ行くぞ」


「え? なんで俺も?」


 大男に襟首を掴まれ一希はきょとんとした。

 一希は無言で九朗を指差し透子を見つめる。「なんでこの人いるの?」とでも言いたげだ。


 透子の答えより早く、九朗が手短に用件を説明する。


「とっとと終わらせるんだよ。早速、用務員室がどこか案内しろ」――――しかし九朗のがいることに対する説明には一切なっていない。


「…………意外っすね。用務員室って言葉と意味は知ってるけど場所は知らねーんすか」


「あぁん? そう邪険にするんじゃあねーぜ。透子に案内させて時間掛けさせたくねーし、付いてきたチビはビビってるからな」


「え?」


 透子はちらりと目だけを後ろに向けた。

 半開きのドアにコソコソ隠れる六花がいた。


 六花は学年で1、2を争うチビだ。九朗に言われるまで気がつかなかったレベルでちっちゃい。


 ――――いや、発言者の九朗が大きすぎるのも原因ではある。

 こっちはこっちで学校でもトップクラスの体格の良さなのである。身長は並か少し上程度の一希を軽く子供扱いするあたり、実に顕著だ。


「ち、ちびっていうなー」


 六花の声はひどく上ずっていた。気の毒になるくらいビビっている。このまま九朗が近づいてきたら卒倒しかねない。なぜついてきた。


「だってごちそう……」


「ああ、ネコシマの話? 別に今日じゃなくたっていいのに」


「記念日はだいじにしよー……」


 六花なりの気遣い、こだわりの結果のようだ。紅茶一杯のために意地を張って、それでこんなにマジで泣き出す5秒前な状態になられても困るのだが。


「……オラ、さっさと案内しろ。ゴネて手間を取らせるんじゃあねーぜ」


 襟首をむんずとつかまれ、子猫か子犬かという風に一希を抱える九朗。その九朗を一希は反抗的に睨んでいる。


 見るからに真っ当な人間として扱う気がない九朗の扱いに苦言を呈しているようだ。気落ちはわからんでもない。


 しかし九朗はそんな一希を無視して部屋から出て行った。扉をくぐった時には、六花が思い切り震えていた。悲鳴と涙まで漏らして。


 ――――そこに。


「まてぇい!」


 九朗の前に男が立っていた。腕組みをして、廊下のど真ん中で大股を開いている。

 正確な意図は取りかねるが、少なくとも九朗を通す気がないのはよくわかった。


「なんだぁ、お前……?」


「女の悲鳴が聞こえた。理由はそれだけだ」


 腕組みの男は聞くだけならカッコいい雰囲気の言葉を吐く。

 だがしかし、それは九朗が原因であっても九朗の責任ではない。


「オレ様は美女と美少女(40歳以下)の味方! お前の悪行、放ってはおけないな!!」


 にもかかわらず――――ヒドい因縁の付け方だった。九朗はさすがに泣いていい。


 しかしこの大男もまた傍若無人の星の下に生まれた人間だった。腕組みの男を鼻で笑い、おもむろにシャツのボタンをひとつ外した。


「なんだか知らねーが……ケンカなら買ってやろうじゃねーか。汗をかけば、その分コーヒーも旨くなるってもんだぜ」


「いやその理屈はおかしい」――――透子と同じタイミングで一希もツッコミを入れた。さすが幼馴染なだけはある。


「あぁん? いたのかお前」


 自分で子猫扱いで掴んでおいて、この言い様である。もう一希は一発殴るべきだろう。


「バカかあんたは! こんなところで暴れてみろ。目立つしそれに――――」


「あぁ? バカはテメーだ。ケンカを今、ココで吹っかけてきたのはあいつじゃあねーか。文句だったらあのバカ一人に言うのが筋だぜ」


「はぁーっ!? はぁ? はぁああああん!? バカバカいうなや! オレ様はバカじゃない! バカじゃないんだからな! バカって言った方がバカなんだぞ! やーいバーカバーカ!!」


 ――――なんか、いつの間にかバカしかいない空間になっていた。


 六花が震えも忘れて透子の顔を覗いてくる。場のバカバカしい雰囲気に順応したらしい。それとも恐怖心がバカになったのだろうか。


 透子はため息をひとつこぼし、手近な窓を開いた。もうツッコミが間に合わない。


「お! 今度は女の憂いの吐息が聞こえたぞ! お前に困っているみたいだな! OK、しめやかな赤い雨とともにお口にチャックをしてやるぜ! このバカ!」


「ふん……行け!」


「えっ――――」


 男が腕組みを解き、全速力で駆けてくる。

 そして九朗は正しいオーバーハンドの投球フォームで投擲した。一希を。

 一希は弾丸のように空を走る。廊下を水平に滑り、駆け抜け――――。


「風の精霊、すみやかに」


 2小節。透子は『前の世界』では音に聞く『風の呪文』を詠んだ。


 後は一瞬だった。

 投球フォームを終えた九朗に一希を追わせるように吹っ飛ばす。次いで一希の体を天井に貼り付かせ、廊下の男は――――放っておく。


 刹那。

 魔法を打ち切り。

 3人のバカは鮮やかに廊下の真ん中で衝突事故を起こした。


 もみくちゃになった崩れ落ち、数秒前のバカバカしい喧騒が無かったことのように静かになった。


 透子は窓を閉め、またため息をつく。


「…………なんでこーなるのぉ?」


 ――――なぜこうも、私の周りは騒がしいバカばかりなのだ。


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