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白夜夢

 気が付くと、僕は自室のベッドに寝転がっていた。

 あれ? いつの間に家に帰って、いつの間に寝てたんだ?


 上体を起こして自分の体を確認する。うん。手足はついてる。

 黒いTシャツに、中学の体操服だった青いズボン。あれ、さっきは高校の制服着てなかったっけ。

 次に時間の確認。理想的な七時起床だ。

 そして部屋の中の確認。ベッドから見て右側の壁には、勉強机と本棚。本棚には漫画や小説の他に、ゲームや昔作ったプラモデルも置いてある。勉強机は……埃被ってないかな?


 取り敢えずはこんなものだろう。とにかく学校に行く準備をしないと。


 部屋を出ると、ちょうど妹とバッタリ会った。妹は少し遠い私立中学に通っており、いつも忙しそうに準備をしているが、こうして会うとわざわざ足を止めて挨拶してくれる。


「おはようお兄ちゃん。って、寝癖凄いよ? さっさと顔洗って、髪整えないと」


 そう言って妹は僕の体をクルリと回し、ポンポンと軽く押して洗面所に向かうよう促す。

 妹はよく僕のことを気にかけてくれる。中学生ながらよくできた妹だ。さぁ顔を洗って、寝癖を直そう。



 身支度を整えてリビングに入ると、両親と妹が食卓を囲んでいた。

 両親がこちらを見て、微笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。


「おはよう。お腹空いた〜」


 僕は食卓の一席に座り、用意された朝食に手をつける。


「今日は随分しっかり起きたな」


 父さんが僕に向かってそう話を振る。確かに、僕は目覚まし時計を使ったりしないから、起きる時間がまばらで、ちょっと寝坊してしまう時もある。


「そうだね。お陰でバタバタせずに済みそうだよ」


「お父さん、礼くんと朝ごはん食べるの嬉しいんだから、ちゃんと起きてね?」


 母さんがそう茶目っ気たっぷりに言ってみせる。僕は気恥ずかしくなって頬を掻くが、ふと見ると父さんも同じことをしていた。


「お父さんとお兄ちゃん、同じとこ掻いてる! 親子だねぇ〜」


 笑いに包まれる食卓。家族で食べる朝食は、とても美味しく感じる。





「それじゃ、お兄ちゃんも遅刻しないようにね? 行ってきまーす!」


「行ってきます」


 妹と父さんは、いつも駅まで一緒に行く。だから家を出る時も一緒なんだ。


「さて、僕も用意しないと」


 母さんに向かってというわけでもなく僕はそう呟き、食器を片付けて部屋を出た。






 教室に入ると、クラスメート達がまばらに座っていた。どうやら今日は案外早めに着いたらしい。


「ようレイ! 今日は中々早いじゃんか」


 声をかけてきたのは、友人のアキラくん。アキラくんはとても明るい人で、誰とでも打ち解けてみせる。

 少し明るめの髪を男子にしては少しだけ長い程度に伸ばし、バッチリ決めている。目鼻立ちがはっきりしていて、誰が見てもイケメンと評するだろう。


「おはよう。ちょっと寝覚めが良くってね。そうだ、アキラくんは『ユキ』って名前の女の子、知ってる? この学校の生徒のはずなんだけど」


 僕は昨日出逢ったユキさんについて、アキラくんに訊いてみる。ユキさんはこの学校の制服を着ていたし、交友関係が広いアキラくんなら、何か知っているかもと思い、相談してみることにした。


「ユキぃ? 結構いそうな名前だなぁ……苗字とか、特徴とかもっと教えてくれよ」


「それもそうだね……えぇと、苗字は分からないけど、黒髪を長く伸ばしてて、目が近付かないと見え辛いくらいに長いよ。それで、赤いカチューシャをつけてて、スカートはかなり長めだったよ」


 思いつく限りの特徴を、アキラくんに伝える。とても素晴らしい体つきをしていたのは、敢えて伏せておいた。女子の前では口外しないけど、アキラくんは結構なおっぱい星人だ。


「ん〜……赤いカチューシャか。そんな子は思い当たるところがないな。ユキって名前の女子は、俺の知る限りじゃ明朗快活、って感じの子ばっかだぜ?」


「そっか。ありがとう。わざわざごめんね」


「いやいや、こっちこそゴメンな。しかし、えらくキッパリ諦めんだな。何かアテでもあるのか?」


「まぁね」


 だって、あそこに行けば、また会えるんだから。






 気が付くと、またあの坂道にいた。また、日の沈んだ暗い山道だ。

 だけど、昨日とは違って、今日は足取りが軽い。

 だって、あの美しい光景と、ユキさんが待っているんだから。


「こんばんは。また来てくださったんですね。嬉しい」


 (はや)る気持ちを抑えきれず、ほとんど走りながら草原に登ると、昨日と同じ岩の場所で、ユキさんが佇んでいた。

 僕は昨日と同じようにユキさんの隣に腰掛け、挨拶を返す。


「こんばんは! こんな素敵な場所に、来ない理由がありませんよ! それに──」


「それに?」


 勢い余って「ユキさんに逢いたいから」だなんて言おうとしてしまい、何とか舌にブレーキをかけるが、言い淀んだのを察したユキさんが、僕の正面やや下からその綺麗な顔を覗かせ、意地悪そうな笑顔を作る。

 そんなユキさんは蠱惑的で、やっぱり僕の胸にグッときてしまうんだ。


「な、何でもありません! そうだ、ユキさんって美山第二高校ですよね? 僕は一年生ですけど、上級生だったりするんですか? 友達に情報通みたいな奴がいるんですけど、そいつもユキさんのこと知らないって」


 僕は、ユキさん本人に直接訊いてみることにした。そっちの方が手っ取り早いし、お互いの身の上を知っていた方が、会話もしやすいだろう。


「私も、一年生ですよ。学校には、行ってないんですけどね」


 うっ、これはマズいか? 何だか地雷を踏んだ気がしてきたぞ。

 それにしても、ユキさん同級生だったんだ。僕なんかよりずっと大人っぽいのに。


 今日の月は、ほんの少しだけ欠けている。淡い銀の光に照らされたユキさんの憂いの表情に、どこか物悲しい気持ちになってしまう。まだ学校が始まって一、二ヶ月経った程度なのに不登校だなんて、色々あるんだなぁ。


「ふふふ。気にしなくてもいいんですよ。それより、レイさんは昨日、私の顔を見て何か思い出したことはありませんでしたか?」


 と、ユキさんに思わぬ質問をされてしまう。そんなこと言われたって、ユキさんとは昨日が初対面のはずだからなぁ。


「いえ。思い出したことはないです」


「……そう、ですか。それならいいんです。あ、ほら蝶が飛び始めましたよ」


 ユキさんが含みのある言葉を切り、前方を指差す。そこには、昨日と同じように、銀色に煌めく数十頭の蝶が、光の鱗粉を振り撒き、舞い踊っていた。


「そうだ」


 ユキさんは思い立ったように、そう言いながらゆっくりと立ち上がる。


「少し、お散歩しませんか? ここ、結構広いんですよ」


「いいですよ。ぐるっと周りましょうか」


 僕もユキさんに次いで立ち上がり、僕等は隣り合って歩き出す。

 う〜ん、ムーン・ダストで凄く綺麗な風景の中を歩いているんだし、ここで手の一つでも繋げたら、良いんだろうけどなぁ。


「むぅ。レイさんから、(よこしま)な気配を感じますっ。ヘンなこと考えちゃ、めっ、ですよ」


 僕の思考が顔にでも出ていたのか、ユキさんにそう指摘されている。ユキさんは少し頬を膨らませる。

 その仕草と言い、むぅ、とかめっ、とか、大人っぽい雰囲気から出る子供っぽいところが、また魅力的だ。


「ご、コメンナサイ……」


 素直に謝罪の言葉を述べる。するとユキさんはいつものように微笑い「素直でよろしい、です」と僕を許してくれる。優しい。


「それでは、これは素直に謝ったレイさんへのご褒美です」


 そう言うと、ユキさんは僕の学ランの裾を掴み、少し照れたようにはにかむ。

 手を繋ぐ、とまではいかなかったけれど、これはこれで、良い感じじゃないか?


 まるで、夢みたいな……ん、夢?

 そこで僕の脳裏に、ある一つの疑念が浮かぶ。


 もしかして、これは夢なのではないだろうか。

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