教会の地下へ
星明かりに照らされた教会の内部にも、やはり人はいなかった。
がらんどうの教会の内部の中央には、スヴェーニアの全身像がある。
「そう言えば、この像が動き出して‥とかいうクエスト、ありませんでしたー?」
りるるは、スヴェーニアの像を見上げながら言う。
「〈裁きのスヴェーニア〉?‥そう言えば。」
スヴェーニアは、右手の天秤で善悪を判断する"裁きの神"であるとも言われる。さらに商人の間では"商売の女神"ともされるのだが、プレイヤーでそこまでの情報を知っている者は稀だろう。
〈裁きのスヴェーニア〉は、大規模な、いわゆる巻き込まれ型クエストの1つだ。
各地の教会にあるスヴェーニア像が勝手に動き出し、出会ったプレイヤーの悪行と善行を秤にかけ、悪行が善行より重ければ、容赦無く襲いかかってくる。
ちなみに、悪行の定義は、生き物を殺すことなので、ほぼ全てのプレイヤーがスヴェーニアに襲われた。
しかし、そこはさすが愛の神、最後にHPは1だけ残してくれるのである。
さらには、〈スヴェーニアの涙〉なる謎アイテムを残し、母親を泣かせでもしたような気分になり、その後しばらくモンスターを狩れなくなったプレイヤーも、いたとかいなかったとか。
「あのクエストでスヴェーニアに勝てたの、ダイスのキースさんと、アイネクライネのムジークさんだけですよねー?やっぱ、すごいですよねっ、攻略組って!」
「‥‥りるるちゃん、地下は」
クロの言葉に可愛らしく手を打つと、ツインテールをくるりとゆらして、りるるは教会の内部を見直す。
しかし、地下に下りる階段らしきものは見つからない。
「あれぇ‥?」
りるるは、壁を叩いたり、スイッチの様な物は無いか探したりするが、やはり何も発見できない。
教会の扉近くに集まっていた召喚モンスター達にも探させるが、地下への階段は現れなかった。
その時。
ゴゴゴゴゴゴ‥‥‥
低い振動が、りるるに伝わってきた。
「え‥え‥‥何‥何ですかっ、これ、クロさんっ‼」
りるるの視線の先には、スヴェーニアの持っている天秤を悪の方へ傾かせたクロ。クロの冷静な(無)表情に、りるるはパニックになりそうだった頭を落ち着かせる。
(ストップ、ちょっと思考ストップっ‥たっ、たぶんクロさんが何かやったんだからっ)
何をしたかと言えば、もちろん階段を出現させる仕掛けを見つけたのだ。振動が止んだ後には、地下へと続く階段が、口を大きく開けていた。
りるるは、階段の下をのぞきこむが、闇に包まれていて見通すことができない。
クロを見るが、クロの目でも見えないらしかった。
りるるは、蝙蝠と狼達を札へ戻し、代わりに、形はクリオネに似ているが、体の核となる部分に炎が灯っているというモンスター、ファイリオネを札から出す。
クロも、帯光石の入ったランタンを手に提げた。
2つ以上の光源を用意するのはセオリー通りだ。
クロが階段に足をかけ、その一歩後ろをりるるが進む。
数段下りたところで、階段がつるつるした石でできていたためか、りるるが足をすべらす。
「キャッ!」
闇の中へ落ちて行くりるるの手を、クロが掴んだ。
「っ‥‥!」
りるるの落下が止まる。無事に足を階段に着けたりるるに、クロは安心したように小さく息を吐いた。
「‥気をつけて」
深くて、甘くて、少しかすれたようなクロの声に、りるるは激しく首を縦に振った。




