噴水の異変
りるるは朝早く目覚めた。
りるるの部屋には、いや、この家には窓がないため、店の扉から外へ出て、黎明の少し冷たい空気を吸う。
空中都市であるこの場所は、他の場所と比べて夜明けが早い。
りるるは路地を抜けて、朝日の当たる場所まで来ると、その場でくるりとターンした。ピンクのネグリジェが金魚のひれのように翻る。ほどかれている長い髪がさらさらと風にそよぐ。
人の姿は全く無いが、人が暮らしている雰囲気があちこちから漂ってくる。
こういう空気がりるるは好きだ。
朝日が完全に昇ると、人々の活動が始まる。りるる達の旅も始まる。
(今回の旅は一週間だしなぁ‥‥どこ行くんだろ?)
まあ、どこへいってもクロと一緒なら楽しいに違いない。旅に出るとクロも結構喋るのだ。
りるるは店へと戻る。日の光に当たった後は、店内の照明を暗いと感じてしまう。
居間で本を読んでいたクロが、頁に布製の栞をはさみ、本を閉じた。
立ち上がり、りるるが入ってきたドアの鍵を閉める。再びクロがりるるの方を向いた時には、りるるは既に冒険にふさわしい服へと着替えていた。
りるるは、店内に置いてあったウエストポーチ型の魔法の鞄を身につけた。クロは、一見した限りでは鞄らしきものを身につけていないが、黒色のローブの下にでも隠れているのだろう。腕時計型の魔法の鞄(?)などというものもあるぐらいなのだ。
魔法の鞄さえあれば、どこへだって行ける。
「行こうか、りるるちゃん」
「はーいっ!!」
クロが手のひら大の蒼い水晶を掲げる。転移水晶‥それなりに値の張る水晶系アイテムの1つだ。
「転移・大陸シノウスタ リリアス皇国 都市アレース」
水晶が弾け、視界が蒼の光で満たされる。数秒後、りるるとクロは、町の中の広場らしき場所に立っていた。白いれんがでできた石畳の中央には、水を常時湛えた噴水があると、りるるは知っている。
しかし、今、その噴水に水は無かった。
噴水の水には一定時間ステータスを微上昇させる効果があるので、飲もうと思っていたりるるは肩を下とす。
クロは小さく首を傾げた。
噴水に手をかけ、水が出る場所をのぞきこむ。
「何かのイベントですかねー?それともクエストかなぁ?‥えっと‥クロさん、この水取りに来たんですか?」
クロは、わずかに口元をゆるませると、首を横に振った。
「いや‥気になっただけだけどね。」
もう一度噴水口をのぞいたクロは、りるるの隣へと戻った。そして今初めて気付いた、というように、あれ、と呟く。
「人がいない‥」
「え?」
フライステは惑星であるが故に、時差というものが存在する。
浮游都市ラナと都市アレースとの時差は約4時間、つまり、この場所の現在の時刻は真夜中。アレースは、王都ジダールから遠くはなれ、ロミ王国との国境に存在する。
そのため、この時刻に広場に人が居なくても、そうおかしいとは思えない。ましてこの日は新月。外へと出ようとする人は少ないだろう。
そう言おうとしたりるるは、クロの真剣な表情に口をつぐむ。
(‥クロさん、どうしたんだろ‥)
不安になるりるるに、クロは転移水晶を握らせる。
「‥危なくなったら、すぐ、逃げて」
「え‥あの‥クエストですかー?」
「たぶん。‥何がトリガーになったのかは不明だけど。巻き込まれただけかもしれないけどね。‥人を探そうか。」
ゲーム「フライステ」のクエストには、クエスト受領所で受領するクエストと、何らかのトリガーが原因で起こるクエストの2種類が存在する。後者のクエストは、問題解決型のクエストが多いので、この都市の状態がクエストのものだとすると、「噴水の水が涸れた理由」を探し、解決しなければならないのだろう。
「‥本当に人いませんねー‥なんか不気味。‥この都市の住民みんなアンデットに‥とかなってませんよね?ルーじゃないし大丈夫ですよねっ!?‥あっ、でもルーも元は人が住む都市で‥あれ、でもあれ設定でしたっけ‥」
「‥‥」
クロはビー玉程の大きさの黒い玉を幾つか取り出し、空中に浮かべた。りるるとクロの周りを、黒い玉がくるくると回る。
しばらく歩くが、人の姿は見えない。街灯は等間隔にあるが、明かりを発している家は1つもない。
アレースの特徴の1つ、広い道は、がらんとしていて少々気味が悪い。
「んー、何か出るのはイヤですけど、何も出ないのもヤですよね」
小さな井戸を道の端に見つけたクロは、その中をのぞきこむ。
わずかな光源があれば、夜であっても昼間と同じようにものを見ることができるクロの目だが、井戸の底を見ることはできない。
りるるもクロの横から井戸をのぞきこむが、やはり井戸の状態は分からなかった。
クロが、井戸の近くに落ちていた石を掴み、井戸へと落とす。
カツン、と音がした。
「‥水涸れてますねー‥このクエスト、どうなってるんでしょう?」
このタイプのクエストは、その問題がなぜ起こったのかを調べなければいけないので面倒だ。
「‥りるるちゃん、地下へ下りられそうなところ、思いつく?」
「えっ‥?」




