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とある雑貨屋  作者: 檸檬
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出発前

客が帰った後の店は静かだ。


りるるは小さくため息をつく。お客さんが帰ってしまった。これでしばらくクロの声を聞けないだろう。


クロは店とつながる四畳半程の広さの居間で本の頁をめくっている。居間といっても、畳の上に机があるだけの場所なのだが。居間はさらに3つの部屋へとつながっている。1つはクロの部屋、1つはりるるの部屋、もう1つはアイテム作成のための作業場だ。

クロは普段、居間で本を読んでいるか作業場でアイテムを作成しているかのどちらかで、りるると話す機会はあまり無い。


りるるは居間の端で三角座りをして、もう一度ため息をつく。

それでもクロの視線は本に固定されたままだった。

(もう少し喋ったり、笑ったりしてほしいっていうのは私のわがままかなぁ?)

今はクロだけが唯一の家族なのだから。


「クロさーーん!今日のご飯昼の残りでいいですかーー?それとも何か作りましょーか」


クロは聞こえていないかのように反応を示さない。いや、本当に聞こえていないのだろう。クロという人物は、愛想こそ無いが、人の言葉を無視したりはしない。3年という時間は、一緒に暮らしている人物の性格をつかむには十分な長さだ。


だからりるるは、クロが何も言わない時、悲しくはあってもそこまで深刻には悩まない。

(クロさんが何も言わないってことは、文句もないってことだし。)

りるるは立ち上がると、作業場へつながる戸を開けた。作業場は、この店のどの部屋よりも広い。水薬作りに必要な鍋、すりこぎ、様々な素材アイテムが置かれた大きな机の上には、火にかけられた円筒型の鍋があった。熟成3日目とメッセージアイコンが出ている。

鍋の中では、緑色の液体が泡を出していた。


作業場の隅には、小さな台とシンクがあった。その近くの壁には調理器具がかけられている。


りるるは壁から包丁を取りはずすと、調理台の上のバスケット型の魔法の鞄から人参やセロリ、玉葱、水など、食材を次々と取り出し、切り始める。


りるるが手を一振りすると、空中に魔法陣が現れ、その魔法陣から火が出る。その火の上に鍋を置くと、りるるは切った食材を次々に入れていった。

1時間後、りるるは調理器具を魔法でピカピカの状態にし、調理を終える。


作ったのはミネストローネスープとシーザーサラダ。主菜は昼ご飯の残りの黒曜鯛の刺身。主食は、むすび屋金八の握り飯だ。

居間の机の上へ、食事を置く。


「クロさーん!ご飯ですよっ、作りましたよっ」

クロは、本を閉じて体の横に置き、机の前に体を動かした。りるるはクロの正面に座る。りるるの指定席だ。

(食事の味は何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかで決まるって、至言だなぁ)

クロの笑顔があれば白米3合はいけると思うりるるだ。


「いっただきまーーす!」

「‥‥」


りるるは元気良く、クロは無言で手を合わせ、食事を始める。会話がないのはいつものことだ。味の感想が無いのも。

下に向けていた視線を前に戻したりるるは、黙々と食事を続けるクロを、少し寂しい気持ちで見る。


「‥‥りるるちゃん」

「え‥ひ、ひゃいっ!?」


突然声をかけられて、りるるは思わず裏返った声を出してしまう。赤面しながら、なんですか、と小さな声で返した。クロはスープを空にしてから、幾分やわらかい光をたたえた瞳をりるるに向ける。声も、客に向けるものとは全く違い、温かみを感じることができる。

思わず力を抜いてしまいそうになる、音楽的な声だ。


「明日から一週間、店を閉めて素材アイテム取りに行こうか。幾つか不足してる‥留守番しててくれてれも良いけど。」

「いや、全然OKです!行きますっ!」


突如テンションが上がったりるるに、クロはわずかに怪訝そうな表情を見せるが、そう、と視線を刺身に戻した。


りるるは視線を天井の照明に向け、ぐっと拳を握る。

(旅だ、旅だっ!これでクロさんともっと話せる!クロさんの役にたてるっ)

そのまま動かないりるるの横を、食事を終えたクロが通り抜ける。明日に備えて早く寝る気なのだろう。


りるるは、誰もいなくなった居間で、机をバンバンと叩き、叫び出しそうになる気持ちをおさえることにした。

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