緊急召集
それは、〈闇竜〉との戦闘から2週間程経った日のことだった。
いつものように早起きをして掃除をしていたりるるの目の端に、黒いモノが動いた。大きさからして人のようだが、ここに人が居るはずがない。クロは大体昼頃まで部屋の中なのだ。
侵入者だか変質者だかがいるのかもしれない。
いや、侵入者で変質者がいるのだ!と、りるるは箒を握り締める。
推量が断定に変換されているが本人は気付いていない。
「だ、誰ですかっ!」
そう言った時にはもう、りるるは箒を振り下ろしている。そうして初めて人影が客である可能性に思い当たったが、もう遅い。
冒険者の腕力で振り下ろされた箒は、人影を直撃した。その瞬間りるるの頭に浮かんだ考えは、クロに怒られる、というただ一事だった。客の無事を考えないあたり、さすがにクロの同居人だ。
クロがりるるを叱ったことはない。けれどもそれは、りるるが叱られる様な事をしたことが無かったからだ。多分。
「大丈夫‥‥ですか‥‥?」
声をかけるが返事はない。それどころか人影は、その姿を消していた。
「あれ?」
夢だったのかと胸を撫で下ろすりるるの肩に、ポンと手が置かれる。
「‥‥‥りるるちゃん?」
「あ」
りるるの背後にいたのはクロだった。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいと繰り返すりるるに、クロは苦笑して、りるるの肩にある手を戻す。
しばらくして落ち着いた密色の髪の少女は、照れ隠しに少し笑った。
「それにしてもクロさん、今日は早いですね」
「緊急召集でね」
口数は少ないが特に不機嫌そうではないクロに、りるるは頷く。
「そうですか。えっと、今日のお昼は〈剣と盾と糸〉で?」
「夜も必要無い。」
「あ、はい」
「店は閉めても構わない‥‥‥じゃあ」
クロは蒼い光とともに消えた。
クロが〈剣と盾と糸〉本部の、最上階の会議室に着くと、既に他の代表ギルドのギルドマスターは椅子に座っていた。その後ろにはそれぞれ1、2人の補佐。
会議室の面々がクロを見るが、クロは無表情のまま、1つだけ空いている席に座った。
そしてそのまま水晶の机に顔を伏せる。
「おいおい、遅れてきていい身分だなぁ!?」
最上席に座っている燃えるような赤髪の男、サムが声を投げる。怒鳴り声と変わらない音量だが、別に怒っている訳ではない。
サムの後ろには、水明とハジャが立っている。
クロはチロリとサムを一瞥したが、再び顔を伏せる。その姿勢のまま、小さく呟く。
「暇じゃない。早く用件を」
小さいが、深く、よく通るその声は、会議室の全員に届いたようだった。
会議室がざわめく。あまり好意的なざわめきでは無かった。
「PKに関する事だ。」
その空気は、〈アイネクライネ〉のギルドマスター、ムジークの言葉に一瞬にして鎮まる。皆は暗紫色の髪の男の顔を注視した。
「アク・チー・ルーで〈メービウスの輪〉が被害にあった。偶然〈円卓騎士団〉がPK集団と遭遇し戦闘、一名を捕虜とした。」
「相変わらず事実の羅列が好きだよねえ、ムジークは。で?捕虜がいない理由を聞かせてもらえるかな?」
キースが仮面の笑顔を見せる。
「捕虜は自殺」
ムジークの言葉にキースは肩をすくめ、ハジャへ目をやる。
「へえ、成る程」
「言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれるかしら?」
「別に?まあ、3年前の事件でPKギルドの数は減ってるし、ギルドの特定は難しく無い、か」
「いや、ギルドは〈predators〉だ」
会議室が沈黙につつまれる。
「え‥‥分かってるの?」
きょとんとしたのはギルド〈猫むすめ〉のギルドマスター、鈴だ。キースも首をかしげる。
「分からないなあ。それなら〈メービウスの輪〉なり〈円卓〉なりが独自に動けば良い。何で緊急召集を出したの?」
「‥‥アク・チー・ルーの動力源が生きていた。」
「そりゃあ、生きてなければ浮かんでいない‥‥ってまさか‥!」
ハジャが頷く。
「そう。アク・チー・ルーは自由に動かせる状態にある。つまり、PKギルドにとって、この浮游都市は大量破壊兵器に等しいわ」
会議室は、先ほどと別質の沈黙につつまれた。
例えば巨大な質量を持つ浮游都市が、破壊目的に大都市に落とされたら‥‥考えただけでも恐ろしい事態だ。
「勿論、監視員は置いてある。ただ、其れでは足りない部分が多いのが現状だ。協力を、要請する」




