品質チェック
アク・チー・ラナの小さな雑貨屋にクロが戻ると、りるるが蒸留水を作っているところだった。ホームに戻る時には、ホームにある転移魔方陣が要になる。転移魔方陣の上に転移した者が現れるのだ。クロとりるるのホームの転移魔方陣は作業場にある。
転移魔方陣が光を放ったことに気が付かなかったりるるは、急に作業に手が一本加わり、驚いた様だ。
熱湯の入った大きなフラスコを割りそうになり、慌てて机に手をついたところ、机の上の本やアイテムの数々が崩れ、ピタコラスイッチ的展開の末に、フラスコがパリン!と割れた。
「あ、あ、あぁ‥」
「‥‥」
クロは無言で床に転がり落ちた丸薬を拾った。
りるるは涙目だ。
「せっかく作ったのに‥」
謝る必要があるのかを少しの間考えたクロだったが、結局こう言った。
「‥‥シャワー、浴びてくる。」
りるるが何か返すより早く、クロはまた別の魔方陣に吸い込まれていった。
このホームには、転移魔方陣によって2つの空間がつながれている。この空間は自由にカスタマイズできるのだが、ここでは、1つはトイレとシャワー室、もう1つは薬草等を育てる畑となっている。
クロはシャワー室の方へ姿を消したようだった。
しばらくして、クロが作業場に戻って来る。
衣服は変わっているが、色は変わらず黒なので変化に気付く者はまれだろう。
クロの状態異常はさっぱり無くなっており、残り3割にまで削れていたHPは徐々に回復してきている。
「クロさん、あの‥ちょっと無理そうです‥」
割れたフラスコと熱湯は片付けられていたが、その他のアイテムはりるるの前に散らばっている。
クロは頷くと、丸椅子に座った。
「やっておく。りるるちゃんは休んで。」
「え、でも‥」
「ついでがあるから。」
「ついでってなんですか?」
りるるが首をかしげる。ツインテールがくるりと揺れた。
「品質チェック‥〈ゾンビの脳液〉とか」
「‥‥‥‥休ませていただきます」
りるるが作業場から出た後、クロは鞄から出したアイテムを、1つ1つ手に取り調べていく。時間と手間はかかるが、これが一番確実だ。
ここがゲームだった頃は、この品質チェックという作業は必要なかった。アイテムは魔法の鞄に入れると、自動的にアイテム別、等級別に仕分けされたからだ。しかし今では、同アイテム、同等級でも品質の違いが見られたり、アイテムが一部破損していたりと、魔法の鞄を完全に頼ることが出来なくなってしまっているのだ。
クロは、シンプルで機能的な手帳にアイテムの様子を書き留め、同名のアイテムを幾つかのグループに分けておく。
〈擬魂のカケラ〉や〈記憶水晶のカケラ〉は小さいのでガラス瓶に入れて分け、大きいアイテムにはシールを貼って仕分けをしていく。
夜中の3時をまわると、クロは小さく伸びをして立ち上がり、りるるの用意していたコーヒーを飲んだ。ふぅ、と息をつく。
「コーヒー‥‥か」
彼は嫌いだったか。
クロの脳裏に、コーヒーを不味そうにすする男の像が浮かび上がる。窓の無い、青い蝋燭の部屋で、彼はいつもコーヒーを淹れ、飲んでは半分棄てていた。
もう会わないだろう。だが。
「会いたくも、無い」
クロは小さく呟いた。




