水の女神
試験があり、遅れました。
「着いた、かな」
「え、んー、真っくら、ですねー」
階段は終わったようだが、まわりの様子が分からない程闇は濃い。りるるは陽光の使徒〈ファイリオネ〉をもう一体札から出し、クロの前方へと進ませた。りるるにはほとんど何も見えないが、クロは地下の全体構造を把握したようで、小さくうなずた。
りるるの視界からクロの姿が消え、数秒の後、その場が明るくなった。明るいといっても壁で松明がゆれている程度のもので、クロの店程の光しかない。それでも眩しいと感じたりるるは、大きな目をパチパチと瞬かせた。
地下の空間は、地上の教会の内部とほぼ同じ程度の広さだった。
その中央には、像。
美しい女神の像はしかし、スヴェーニアのものではなかった。
うねるような長い髪。上下つながった一枚の布でできているゆったりとした衣服はスヴェーニアと同じだ。
しかし、その首には黒いお守りに似た布袋がかけられている。
右手には水晶のグラスを、左手には麦の穂をつかんでいる。
そして‥‥ただの像のはずのそれからは、少しずつ水が流れ出ていた。
女神の像の台座の下には深い溝があり、その溝は四方へつながっていた。溝をたどると、壁に水が通るように穴が開けられ、そこから教会の外に水が流れる仕組みになっていることが見てとれた。
しかし、今、水は台座の下で水たまりを作っているだけしかない。
「水の女神、リトルーヴァ。」
「え?」
「リトルーヴァ。この世界にはスヴェーニアと全能の神ムルスしか神は存在しないと言われている。‥でも、実際は相当数の神々が存在する。‥リトルーヴァは古代記では割と有名な神だね。」
「えっと‥異教徒さんの信仰する女神様ってことですか?」
りるるの言葉にクロは首を横に振る。
「いや。‥と、いう事は、トリガーは月が無い事かな?」
「半分、正解よ?」
どこかおもしろがるような女性の声が聞こえた。りるるは、悲鳴を上げることすらできず、口をパクパクさせる。
今まで誰もいなかったはずの空間で、しかもすぐ近くで明瞭な声が聞こえたのだ。
救いなのは、その声が健康的で明るいことだろうか。
りるるはクロの方を見るが、不思議なことにクロの口元にはわずかな笑みがあった。
「‥残り半分は」
「他の神の加護を受けてないことかしらー?さて、じゃあ、私の加護をあげましょうか」
そこでやっとりるるは、像が喋っていることに気付く。あぜんとしているりるるの目の前で、像は次第に固さを失い、その体に色が生まれていく。
水色の目が、パチリとウインクをよこした。
髪がさらりとゆれる。
完全に固さの無くなったリトルーヴァは、台座から下りた。
手のグラスと麦を台座に置く。
リトルーヴァの髪の色は水色。しかしその色は髪の先端に向かうにつれて抜けていき、髪の先は完全な透明になっている。
そこから少しずつ水が流れ出ているようだった。
リトルーヴァはクロに近づくと、その手を取った。否、取ろうとした。クロは一歩後ろへ退くと、困ったようにすいません、と言った。
「加護は、必要無いので」
「え」
「‥‥」
「えーーーーーーーーーーっ!?」
女神は、クロの頭を割らんばかりの大音量で叫んだ。そのまま台座に手をつき、しばらく動きを止めていたが、もう一人人間がいたと思い出したらしく、今度はりるるの手を勢い良く握った。
水色の瞳で菫の瞳をとらえる。
「あっ、あなたは加護欲しいわよね!?もちろんそうよねっ」
「ごめんなさい。欲しくないです」
何気にクロよりひどいりるるの言葉に、女神は大袈裟によろめくと、その場に座り込み、いじいじと床をつつき始める。
そして、いきなり顔を上げて、クロをにらみつけた。
「なんでよ!加護を授けて、恩を売って、地下水路のモンスターを狩ってもらおうとしたのにッ!」
「‥クロさん、本当にこの人、神様なんですか?」
「‥‥」
クロは小さくため息をつき、リトルーヴァの瞳を見た。
「自分の力で、すれば良い。」
「私だって‥ずいぶん頑張ったわ。モンスターだって10分の1ぐらいにまで減らした。でも、もう限界なのッ!」
「地下水路には、どう?」
どうやっていけるのか、と聞きたかったクロだが、りるるが心配した通り、リトルーヴァには伝わらない。りるるが通訳すると、リトルーヴァの顔がパッと明るくなった。
「行ってくれるってことかしら?恩にきるわ。水路への入口はそこよっ」
リトルーヴァの指さした先には、先程までは確かに無かった扉のようなものがあった。
「不浄のモンスターが多いの。だから私の力も弱くなってしまうし‥このアレースの住民が消えたのもそのせいなのよッ!?汚らわしい‥‥あのモンスター達に私の聖なる水も影響を受けて汚れてしまった。そのせいで住民もさらにいなく‥‥って何なのよ!この悪循環っ!!」
リトルーヴァの声を後に、りるるとクロは、またも闇の中へ足を踏み入れることになった。




