8話 虎との戦闘前に
さて、今度は子供達のみならず狐人族全体を守る事になった。達成すべきは攫われた子供達の救出とラピッドタイガーが今後集落を襲わないようにする事だ。
まず子供達の救出だが、初めに思いついた作戦は、尾行して敵の居場所を探ってから襲うという物だった。しかし、ラピッドタイガーは探知系の能力を持っているらしく、後をつければすぐに気付かれてしまうらしい。
ならどうするか。そこは俺が解決することにする。まず、ラピッドタイガーは複数でやって来るらしいので、一匹逃がす以外は殺す。自分以外を殺されて慌てて逃げるラピッドタイガーを、死体の吸収により身につけた能力を[覚醒]により全力で使用して、敵を上回る能力の効果で気付かれずに尾行する。その後は子供達を見つけ出して守りながら戦う事になった。
この際はチャノにも頑張ってもらうことになっている。進化する前は真正面からなら一体で二匹を相手していい勝負をしていたらしいが、今なら負ける気がしないらしい。
狐人族がチャノを恨んでいるかもしれないと思っていたが、トトと同じように関係なければいいという事だった。いい人達である。
次に集落の安全確保であるが、『狐人族は強い』と感じさせて手を出させないという方法がある。これを実行する為には狐人族全員を進化させればいいのだ。これだけでも十分な気もするが、『いざとなれば全滅させちゃうよ?』といったような事を俺の圧倒的な力と一緒に伝える。保険はかけておいていいだろう。
作戦を皆に伝えて、まずは人狼の襲撃による怪我人の手当をする。因みにラピッドタイガーの時は即降参したお蔭で怪我人はでなかったらしい。気絶したり、眠ったりしている人は楽だったが、起きている人は俺を見てビビって面倒だった。
怪我を治す途中で遺体を集めた場所も見つけたので、渡すタイミングがわからなかった、人狼の所にあった遺体を狐人族に渡してやった。すると、一緒に弔えると感謝された。持ってきておいて良かった。
次に、ある程度余裕を残すようにして狐人族を進化させる事にした。前の日にもかなり魔力を使っているので十人までにしておいた。子供達もいるし、これだけでも狐人族の強さは示せるだろう。
狐人族はわりと平凡な顔が多いな~と思っていたのだが、進化すると顔が良くなった。もしかして進化するとそうなるように出来ているのか?
ウルとか、元から綺麗だったのに更に綺麗になった。今まで会った中ではフィアが一番とは思うが、次はウルかもしれない。
治療や進化の際、俺の技を見て「邪神様じゃ!!邪神様が我等を救ってくださるぞ~」と爺さんが言いいながら拝んできてイラッとなったが、反応するのも面倒なので放って置いた。しかし、終わる頃には拝む人数が六人に増えていた。
信者が増えているだと!?というか、まずなんで邪神様なんだよ!!
絡むのは嫌だが、鬱陶しいので『変な宗教作んなよ!!』という意味を込めて睨む。
すると、爺さんが周りの信者達に言い放った。
「邪神様がこちらを見てくださっているぞ!!もっと心を込めんか!!」
違うから。止めなさい。
「お爺ちゃん。もう止めたいんよ~。それに、お兄さんは邪神様じゃないんよ~」
「まだ邪神様をそんな呼び方するか!!もっと気持ちを込めんか。感謝を示すのじゃ。馬鹿者が!!」
トトの爺さんかよ……トトも大変だな……。
哀れみを含みつつトトを見ていると、ウルがやってきた。
「お爺ちゃん!!何してるの!?こんなのすぐに止めて」
「何を言うか。邪神様への信仰の邪魔はさせんぞ」
叫びながら杖を剣のように構えるお爺さん。気合は十分だ。でも隙だらけだが……。
ウルが素早い動きで杖を掴む。
「危ないでしょう。お爺ちゃん。さあ、諦めて家に戻って」
「ぐぬぅぅぅ。ま……まだじゃ。まだ儂はあきらめんぞ!!うぉぉぉぉぉぉ!!」
爺さんは老人にしては素早い動きでウルの足に絡みついた。
「お前に信仰を止めさせはせん!!皆、儂がウルを抑えておく内に拝んでおくのじゃ!!」
「ちょっ!!お爺ちゃん。そんなに無茶したらまた腰が……」
「ふん。これしきの事で……儂が……如何。腰が痛くて動けん」
「だからいったのに……トト。運ぶから手伝って」
「うんなんよ」
面倒臭い爺さんだな。でも友達の家族だし治してやるか。
そう思って治療してやった。その時にトトがまた肉を欲しがり、食料がこの集落では足りていない事を思い出した。集落の全員分の食料として生のホノサウルスを一匹やった。因みに、狐人族は肉を焼くと食べやすいのを知っていたが、洞穴で焼くと煙たいし、外で焼けば臭いに釣られる奴がいて危ないので基本は生なのだそうだ。
こうして助けてやった。すると───
後悔した。信仰心が更に増し、拝む人数が増えたのだ。狐人族にとって、ホノサウルスなどあったら逃げるしか選択肢が無いというのに、それを軽く人にやった俺が只者では無いと認識されたようだ。
「握手してください」だの「鎧をお拭かせください」だのと……。
びっくりしたものでは、若い信者達が「抱いてください」って言ってきた事だな。女性だけならわかったけど、半分は男だったからな。今性別無いけどさ。心は男だからね?女性の方も自分をもっと大切にするべきだと思うんだ。という訳で「自分をもっと大切に扱いなさい」と先生みたく言ってやった。信者達の目が輝いた。
どうしてだ……やめるように言っても聞いてくれないし……もういいや、勝手に拝ませとこう。
用事も終わってゆっくりしていると、十を超える信者達が拝んできた。
『邪神ジン・ミクモ様を拝めるなんて私は幸せ者だわ~』
『邪神様。どうか私を抱いください』
『いや、抱くなら俺をお願いします』
『ねえ。お爺ちゃん。もうわっちは家に帰ってても行っていいんよ?』
『馬鹿者!!拝まぬか!!』
……トト。なんかごめん。
「ジン様すごい人気ですね」
チャノが話しかけてきた。戦闘前に技の鍛錬をさせていたのだが、戻ってくればこの状況。きっとさぞ驚いているだろう。
「ああ、凄い事になったよ」
「私達犬人族も負けてられません。帰ったら皆で練習します」
「待て。止めとけ」
「大丈夫です!!私達も出来ます」
「いや、そうじゃな───」
「ひとまず私もやってきます!!」
チャノはやる気満々で信仰する人々に紛れていった。そして、周りと同じように拝み始める。
『おぉ、やるな犬人族の姉ちゃん』
『私はジン様の初めての配下です。負けるわけには行かないんですよ!!』
『ふんっ。そんなリードなんて私が覆して見せるわ。見なさいこの私の拝みっぷりを!!』
『なっ!!拝んでから頭を下げる動作をその速度で繰り返すだとっ!!普通ならすぐに体が持たなくなる。なんて信仰心だ。これは姉ちゃんも負け……っ!!な、なんだと!!追いついている……だと。くっ!!俺もまけるかぁぁぁぁぁぁ!!』
楽しそうだな。もういいよ。
信者を見てると疲れるので、ひとまずウルの家に入れてもらった。勿論信者抜きで。
「ウルって森の外周にある洞窟知らない?」
トトの話では狐人族は町に行ったりするので、森を出るはず。なら、洞窟を知っているかもしれない。
「洞窟?二つ知ってるわよ」
「本当か!?」
ウルの話によると、森の外周に人の寄り付かない洞窟があるらしい。なんでも中にはゴレームがたくさんいて危険だから誰も入らないようにしているのだとか。
もう一つは、森の中にある竜と精霊の住む洞窟だとか。こちらも竜の怒りを買ってしまわぬように入らないようにしているらしい。
ふむ、ゴレームの出る洞窟にフィアを閉じ込める装置があるっぽいな。
「ゴーレムが出る方の洞窟の場所を教えてくれないか?勿論ラピッドタイガーの騒動が終わるまでは行くつもりはないから」
「いいけど、入るつもり?かなり危ないわよ?」
「どの程度の強さだ?」
「そうね……五体もいればホノサウルスを倒せそうな強さの敵がゴロゴロいるわ」
ホノサウルスであっても瞬殺出来る自身があるし、平気だろう。
「そうか、なら楽勝だ」
「そう……さっきのホノサウルスの扱いから見て、本当に楽勝なのでしょうね。良ければ私が案内しましょうか?あなたのお蔭で強くなったし、洞窟までなら足でまといにはならないと思うわ」
「それは助かる。頼むよ」
やっとフィアを助ける目処がついた。闇雲に歩きまわって探す事無く見つける事ができたので、あまりの速さにフィアも驚くだろう。
それから、この世界の今の情報を教えてもらった。フィアから色々と情報はもらっていたのだが、閉じ込められている時間が長いために情報は古いだろうと予想したからだ。予想通り、所々違っていた。しかし、フィアの屋敷と違って本もない洞穴に済むウルは、知識量が多くは無かったので、逆に尋ねられる事も多くあった。
そうして時間を潰しているうちにとうとうラピッドタイガーがやってきた。
ラピッドタイガーは見た目がほぼ虎だが、後ろ足がとても大きい。三匹おり、そのうちの一匹が前に出て叫んだ。
「おい、今日の食料を寄越せ!!」
ヘルウルフと違い、話し方がかなり流暢である。狐人族を弱いと判断して警戒しておらず、かなり無防備だ。だがその御蔭で俺達の作戦は簡単に成功するだろう。
ウルが前に出る。
「今日の分の食料ですが、渡すつもりはありません」
「なんだと!?貴様、我等に反抗するつもりか?」
ラピッドタイガー達は前足の爪を大きくさせた。恐らく猫のように隠していたのだろう。
「私達を以前と同じと思わない事です。我等は強くなりました」
「ふん!!生意気な。何人か殺して見せしめにしてやるわ!!」
一匹がウルに向かって飛びかかった。それと同時に、両の掌に火の玉を一つずつ出し、それをラピッドタイガーに向けて飛ばした。
火の玉に驚いていたが、空中で避ける事も出来ずに火に突っ込んでしまう。
火が体毛を燃やし始めるが、勢いのままにウルの頭を切りつけた。しかし、その斬撃は当たらなかった。何故なら、ウルが子供に变化したので身長が変わったのだ。
変化によって生じる煙を掠めた爪の感触で、外した事を悟ったラピッドタイガーは地面に着地してすぐに煙のあった場所を見る。
「化ける事しか出来ぬ狐人ごときが勝てると思うな!!」
ラピッドタイガーは叫んだ。しかし、そんな余裕など無かったのだ。本人は気付けていない。自分の体を紫色の炎が覆っている事を。
「終わりです」
ウルが呟くと、一気にラピッドタイガーを覆う火が温度を上げて焼き始めた。
【仙狐人】の火の玉は温度も操作可能なのだ。呪いの炎が体を燃やしていることに気づかせず、行き渡った所で一気に燃やすことで消される事の無いようにしたのだ。
とはいっても、人との接触の少ないラピッドタイガーには火自体が珍しいので、どうすれば消えるか分からないだろうが。
「ぐああああああ」
叫びんで転がり周り、ラピッドタイガーは燃え死んだ。
それを見ていた一匹のラピッドタイガーは唖然となり、もう一匹のラピッドタイガーの行動を確認しようと隣を見た。だがすでに死んでいた。首を締め折られて声もなく死んでいたのだ。
やったのは勿論俺である。住居の隙間から蔓で殺したのだが、見ていなければ狐人族がやったように見えるだろう。
「な、なにが……」
あれはもう完全にビビってるな。足ガクガクじゃん。
それを見て、元の姿に戻ったウルが楽しそうに笑みを浮かべていった。
「次はあなた?」
……笑顔が怖いよ。ホラー映画とかでありそう。
「くっ!!ただで済むと思うなよ!!」
ラピッドタイガーは、小物臭がするセリフを吐きながら走って逃げた。
俺は急いで絞め殺したラピッドタイガーを吸収して[理解]を使う。使えるのは生物の反応を探る能力と脚力強化だった。
生物だけだったら俺は気づかれないじゃん。
そう思ったが今回は俺一人ではないので、早速[覚醒]によって全力で使ってみる。
脚力強化も使うか考えたがやめておく。速さだけならば[防具操作]だけでも十分だろうし、使い慣れない能力で無駄に魔力を使いたくないからだ。
ある方向に向かって走っている生物を発見した。さっきのラピッドタイガーだろう。相手の効果範囲がわからないので、俺の範囲に敵の集団が入った途端に追いついて殺せるくらいの距離を保つ。
俺とチャノ、そして指輪に变化したウルを含めた仙狐人族五人程が追跡していると、集団でいる生物の気配があった。逃したラピッドタイガーが向かっている先と一緒なので、おそらくこれが目標地点だろう。
俺一人が一気に速度を上げて、逃したラピッドタイガーの後ろについた。
「な、なんだ貴様。反応が無いだと!?どこから来た?」
「鎧なんだよ。俺」
やはり俺は反応しないのか。まあ好都合である。反応からして他にも追跡しているのは気づかれていないようだ。
とりあえず蔓で絞め殺し、皆の到着を待つ。群れに近づいていた反応が消えたというのに行動に変化が無いので、この距離なら気づかれていないのだろう。もしかしたら俺の効果範囲が普通に比べて広すぎるのかもしれない。
俺の体が気付かれないと分かったので、皆で集合し、作戦をより成功しやすいように変更する。
まず俺が一人で気付かれずに近づき、子供達を助けて皆のところまで逃げる。後は力を見せつけて終わりである。
というわけでコソコソ移動したのだが───
「生物としての反応が無いとは奇怪な奴ね。けれど私を欺けると思って?オホホホホホホ」
一匹のラピッドタイガーが得意げにそう言った。