4話 ヘルウルフとの戯れ
まず敵の情報を教えてもらう。情報は大切である。
場所はここから半日ほど歩いた崖にあるらしい。子供の足で半日らしいので、俺ならすぐに到着できるだろう。
敵は人狼を含めた九匹で、攫った大人や子供を食べると言っているのはそいつらだけで、トトが逃げた時はまだ死体が四体あり、一日で三体程食べるらしい。そして、保存と言っていた事のこれらを合わせて、少なくとも今日の内に子供達に手出しはしないだろう。
敵のリーダーは人狼で、並外れた力を持ち、硬い皮膚と並外れた体力で圧倒的な強さを誇る人型の魔物らしい。だが、魔法の類は使えないとの事。完全な肉弾戦タイプだろう。
部下の狼の魔物達はヘルウルフと言うらしく赤い目の大きな狼だそうだ。おそらく人狼はここから進化したのだろうとトトが教えてくれた。
なんでも、魔物は強くなると進化するんだとか。聞いてすぐは、何その不思議生物と思っていたが。魔力で普通の動物が魔物になるんだから、それもあるかと思えた。
そこで一つ思いついた。俺の[覚醒]で魔物を進化できるんじゃないかと。
試しに鎧内のホノサウルスに使ってみた。変化なし……。しかし、諦めない。死んでしまってるからダメなんじゃないかと思うからだ。
という訳で俺に使ってみる。
するとなんと!!どうやら、全体的にステータスが大幅に上がった。けど、魔力の消費が半端ないので疲れる。戦闘中に使うのは厳しそうだ。しかも、能力を切るとステータス大幅上昇も消えた。だが、少しではあるが前よりステータスが上がっていた。これは嬉しい。
これを不思議そうに見ていたトトに教えてやると、自分にもやって欲しいと言ってきた。別に害は無さそうだし、実験に協力してもらうのも良いだろうと思い、[覚醒]を使ってやった。トトも同じようにステータス大幅上昇から、少し上昇の状態になったのだが……。
驚くべきことに!!トトは別の魔物、仙狐人となった!!
進化しただと!?俺はしなかったのに!?
驚きと悔しさを交えながらトトを見てみる。毛の艶が良くなった上に、顔が少しばかり美人になった気がする。そして、驚くべき特徴が追加された。青白い火の玉が一つ、トトの側を浮いているのだ。
なんでも称号も進化したとか。気になったので、調べてみた。
個体名:トト
種族:仙狐人
称号:【仙狐人】…[变化]自身の姿を変化可能。
…[取り込み]変化の際に対象を取り込み、利用することが可能。
…[炎呪]火の玉を操作可能。
内容は違うが俺と同じ[变化]を持っていた。名前が同じでも違う事があるんだな。
トトは元々、称号【狐人】を持っており、自身の変化能力はあったとか。ここまで逃げられたのもそのお蔭らしい。もっとも、さっきは誤魔化す前にバレて危なかったらしいが。
二つの能力が足された事を教えてやると、トトはとてもはしゃいでいた。嬉しそうで何よりだ。
俺の時と比べて魔力の消費が大分少なかったので、トトにはもう一回[覚醒]を使ってみたのだが、大幅上昇では、一度目の大幅上昇と同じレベルまで強くなったが、能力を切ったあとの上昇はなかった。そんなに美味しい話はないか。
一回限りでもステータス上昇が出来るんだ。これは大きいだろう。
魔力消費量の差は元の強さかもしれない。強い奴ほど魔力を使うんじゃ無いかと予想した。気になったので[理解]により[覚醒]の進化について調べる事にする。
[理解]は知りたい事を教えてくれるから便利なのだが、調べたい事しか教えてくれない。例えば、俺の体が何かを調べれば覇道の鎧だと分かるが、重さや能力は分からない。だから俺が疑問に思った事しか分からないのだ。これからは観察力も磨かねば。
予想は当たっていた。俺の場合は魔力が足りなくて進化できなかったようだ。今後の魔力の伸びに期待してみよう。
実験も終わったので、そろそろ行動しようと思う。
まず、トトを集落まで送ってから崖に行こうと思ったのだが、時間が立つほど友達が危ないから今すぐ行って欲しいと言ってきた。
「それじゃあ、トトはどうするんだ?」
「わっちは一緒に付いて行くんよ。新しい力で手助けもできるんよ。少し見てて欲しいんよ」
トトは自信満々で宣言すると、火の玉を巻き込んで白い煙が体を包んだ、無くなるとその姿は刀身から青白い火を放つ日本刀へと変化していた。
おぉ、格好良いな。この刀。
調べて見ると、性能も素晴らしい。足手まといにはならないと思う。しかしそれは、武器ならばだ。傷でも付いたらトトも危ないんじゃないだろうか。
「どうなんよ!!これで役に立てるんよ!!」
刀からトトの声が出てきた。
「でも、これ使って折れたりしたらまずいんじゃないか?」
「そこは大丈夫なんよ。ある程度壊れたら変化が解けてしまうけど、どれだけ傷付いても本人は安全なんよ。だから遠慮しなくて良いんよ!!」
ほぅ、なら使わせて貰うか。火を纏った刀とか格好良いし、使ってみたい。
「分かった。じゃあ一緒に行くか」
「うんなんよ!!」
数十分程進んだ。
トトをいつまでも刀にさせるのも悪い気がしたので、いまは片手でおんぶしつつ、木の枝などをを払いながら走っている。能力全開状態ではないので、並みのスピードだが疲れない、いつまでも走ってられそう。
「お兄さんの鎧は冷たくて気持ちいいんよ~。ヒエヒエなんよ~」
「あー。普通に過ごしてたら熱いか。太陽が照りつけてるもんな~」
他愛も無い話をしつつも進んでいたのだが、そこでジトカ草を見つけた。通り過ぎてもいいのだが、ここで実験しておこうと思う。
「トト。ちょっと刀になってくれるか?どの程度の物なのかあいつで試してみよう」
「えっ!?お兄さんあの魔物と戦うんよ?あいつ強いんよ。でもお兄さんはさっき別の強い奴を簡単に倒してたし……もしかして大丈夫なんよ?」
「ああ、あいつは簡単に勝てたぞ。安心しろ」
「お兄さん凄いんよ!!分かったんよ。じゃあ、下ろして欲しいんよ」
しゃがんで背中から下ろす。トトはすぐに刀になった。
片手で刀を取ってジトカ草に迫る。向こうもこちらに気付いたのか蔓を左右から回してくるが、一気に間合いを詰めて回避する。
刀を両手でしっかり握り、右側の三本の蔓を切り落とす。すると、切断面から青白い火が出た。その火は段々と広がり、遂には本体をすべて覆った。後に残ったのは焼け焦げた植物だった。
ジトカ草は結構暴れていたが、周りの木には燃え移ったりしなかった。何故ならこの火は呪いに近い物で、火を付けた対象を燃やすだけなのだ。しかし、その効果は高く、高温である上になかなか消えないのだ。
第一、そうでもなければ火なんて森では使えない。きっちり調べてある。そこら辺はしっかり気を使っているのだ。
しかし……凄い威力だな。体の一部を切っただけで燃やし尽くすのか。威力だけでいえば俺の使う高温化の方がたぶん強い。でも、この火は広がる。これは楽だな。
「わっち凄いんよ。わっちもビックリなんよ」
トトは自分の強さに少し興奮しているようだ。
変身だけの時とえらく違うもんな。そうなるのも仕方ないか。
元の姿に戻ったトトが『わーい。わーい』と飛び跳ねて喜んだ後。足に抱きついてきた。
「ありがとうなんよ!!お兄さん!!」
小さな子どもに抱きつかれただと!?これはあれか!!うわさに聞く親戚のお兄さん状態か!!
なんだか照れるような嬉しいような、なんだか温かい気分だ。
子供と接していて、いままでこんな事あったろうか。赤ん坊とすれ違えば泣かれ。幼稚園くらいの子供に話しかければ泣きながら逃げられ、小学生だとまず顔を見てくれない。俺、異世界に来て良かった!!
目の光をウルウルさせ、嬉しさを噛み締めて拳を握る。トトが不思議そうに見ていたが気にしない事にしておく。
今はこの感情に浸らせておくれ。
俺達は再び崖へと進んだ。
数体の魔物を見つけたが、殆ど無視した。急いでるのでわざわざ相手するつもりはない。
たまにしつこいのもいたが、そいつらは切って焼いた。とても楽である。
さて、見えて来ましたよ。例の崖が。ここからはトトには刀に变化しておいてもらう。トトだとわからなければ、見つかった時にいきなりは襲ってこないかもしれないからだ。
「で、トト。ここからどこに行くんだ?」
「あの大きく崖が割れてるところなんよ!!」
「わかった。じゃあ行こうか」
そう言って歩きだそうとした時だった。
右手が急に重くなった。更に左足、左腕と重くなった。
何事かと思い、自分の体に目を向けるすると右手首、左足首、左腕にワンちゃん(※ヘルウルフという凶暴な魔物です)が震えながら、噛み付いてぶら下がっていた。
何この子たち!!自分から近寄ってきた!!しかもじゃれて来た(※ヘルウルフ達は噛み千切る気満々でした)!!これが動物に好かれるって事か!!やっぱ犬は可愛いな~(※狼の魔物で、大型犬並みの大きさであり、獰猛な顔で牙をむき出しにしています)。よしよし。撫でてやろう。
俺は嬉しさのあまり、目の光をニッコリさせて、左足首のワンちゃんの頭に空いている左手を乗せる。すると、ビクッと震えて遠くに飛び退いてしまった。
あぁ、驚かせちゃったかな。ワンちゃんが……。でもまあ、後二匹いるし。
次に右手首のワンちゃんのお腹に手を伸ばす、すると「キャインッ!!」と言って地面に背中から落ち、急いで体制を直して少し離れたところまで逃げてしまった。
触る所がダメだったかな。後一匹か……。
ギロリと最後の一匹を見つめる。そのワンちゃんは小便を漏らしていた。
あー。ここでしちゃったのか。そりゃ野生のワンちゃんに躾なんて期待する方がおかしいよな。そこは当たらないようにしようっと。
刀を左手に持ち変えて、最後の一匹を右腕でしっかり抱きかかえた。これで少し驚いたくらいじゃ逃げないな。さあ!!モフモフさせておくれ!!
ワンちゃんは嬉しいのか、「キャインキャイン」鳴きながらはしゃいでいる。思いきり撫でたかったのだが左手に刀がある。これでは撫でられないじゃないか。かといって、刀を置いてしまったら。玩具と思って持っていってしまうかもしれない。 困ったな……あっ。そうだ。両手で抱きしめて体全体でモフモフしよう!!
小便した後が当たらないように、お腹を外側に向けて両手で抱きしめる。ワンちゃんの顔の横に刀があるが、刃は逆に向けてるし大丈夫だろう。
そこで顔をスリスリしようとしたのだが、当然声がした。
「ジワジワ。ヤメテ。ナカマ。クルシメナイデ。オネガイ」
「え?」
今、逃げたワンちゃん達から声がした気が……。何か話している気もしたが。片言でよくわかんなかったな。
「何か言った?」
「オネガイ。キイテ」
こいつら喋ってる!!異世界なら会話可能な犬がいてもおかしくないか。異世界来て良かった!!
「お願いって何かな?」
「コロスナラ。ヒトイキ。モウ。クルシメナイデ」
……ん?一体何を言っているんだ?
「殺すって何を?」
「オレラ」
「なんで?」
「オマエ。オレラ。ジワジワ。コロス。ジワジワ。コワイ」
えーっと……もしかして俺がいじめてるような感じになってるのか。それは悪い事をしたな。
「あー。殺さないぞ?」
そう言うと抱きしめているワンちゃんがより一層暴れながら声を出した。
「ッ!!イタメツヅケル。コワイ。ヤメテ。オネガイ」
「それもするつもりは無いぞ。俺はただ、お前らの毛を触りたいだけだ」
俺の返事に初めに話しかけてきたワンちゃんが確かめるように聞いてきた。
「ケ?」
「そうそう。毛」
「オマエ。オレラ。ケ。サワラセル。ナニモシナイ?」
「うん。しない」
「……ワカッタ。サワラセル」
そう言って逃げた二匹が両腕に寄り添うように座った。震えていたが気づいていない事にしておこう。
膝の上と左右がモフモフである。幸せ。すっごい幸せ。
しかし、俺もただモフモフしているわけにはいかない。調べて見たところ、こいつらはヘルハウンドだ。俺を襲ってきた事も含めて何かトト達と関係があるかもしれない。俺は三匹の毛を撫で比べながらもこいつらをどうするべきか考えていたのだ。……覚えてたよ?今思い出したとか、そんな事ないからね?
俺は質問してみた。
「なんで俺を襲ったんだ?」
この森には俺を襲ってくる三種類以外にも様々な魔物がいる。しかし、他の魔物は俺を見つけてすぐに逃げ出すのである。予想でしか無いのだが、たぶん俺が強いと察して逃げているんじゃないだろうかと思っている。そう考え、わざわざ弱い魔物を殺して吸収しても、意味が薄そうなので、基本無視している。
さっきはテンションが上がりすぎて気にしなかったが、このワンちゃん達は震えながら襲って来ていた。そしてその震えは恐怖だろう。
つまりは、明らかに強いとわかっていてわざわざ向かってきたのだ。
「ソレワ──」
聞いた話をまとめると。
ヘルハウンドの群れでは一番強い者が長になるのが決まりなのだそうで、今までは三匹の父親がまとめていたのだが、代替わりが起きた。人狼へと進化した者が長を殺して新たな長になったのだ。群れの者は毎回の事というのもあったが。自分達と圧倒的な力の差を持つ新たな長ならば今起きている食料不足も何とかして、自分たちを救ってくれるかもしれない。そう思って新たな長を受け入れたとか。
しかし、新たな長は群れを救いはしなかった。それどころか群れの者の命を気にも止めずに無茶な命令を下し続けたらしい。群れの者は勿論反発しようとした。だが、新たな長とその腹心は強すぎた。反抗の兆しを見せれば殺される。逃げても追い詰められて殺される。群れの者達は従うしか無かった。
この三匹も逆らえずに、どんなに強い奴が来ても殺せという命令を実行したらしい。
ふむ。殺されないために従うしか無い。狼も大変だな。触ってて分かったけど、痩せっ細ってるから嘘でもないだろうし。
「オネガイ。アル。キイテ」
「なんだ?」
「ドウカ。タスケテ。モウ。ナカマ。シヌ。イヤ」
ふむ。まあ、頼まれなくてもすでに殺すつもりでいるのだが。今はトトの味方だ。もしかしたら、こいつらがトトの集落を襲った可能性もあり、また襲う可能性だってある。ならこいつらも殺すべきか?と思うと簡単に助けるとは言えない。
「その前に聞きたい。狐人族を襲ったのはお前らか?」
「チガウ。ソレ。フクシン」
殺すべき対象達とこいつらが助けたい仲間は別。なら助けるのもありだろう。
「そうか。ならお前らは俺に何を用意できる?」
正直な所、頼まれなくてもやるので、何もなくてもいいのだが。ここは一応報酬を期待する。俺一文無しだしな。金は無理だろうけど、なにか用意できるだろう。トトと違い、こいつらは子供ではない。子供だとさすがに何か寄越せって訳にもいかないが。こいつらなら何か貰ったって良いだろう。
「オレラ。オマエ。ハイカ。ナル。コレデ。ダメ?」
なんと。配下とな。ちょっと重いな。撫で放題という魅力はあるが、要らないかな。だが、それだけ必死なんだろうって事は伝わった。人狼を倒すまで協力してもらうのもいいかもしれない。一時的にでも上司だ。ここは威厳ある感じで答えてやろう。
「お前らの覚悟は受け取った!!助けてやる。だが、人狼を殺した後は自由にするが良い!!」
そう言って頭を撫でてやった。
「アリガトウ!!」
ヘルハウンド達は立ち上がって、俺に頭を下げた。