3話 狐の耳と尻尾
正直こんなに大きい魔物に初っ端から襲われるとか予想してなかった。
だってさ、普通はスライムとか小さい奴が出てくるもんじゃん。空気読めよ!!って言っても無駄だろうな……現実って厳しい。
しかし、襲われた事で分かった事がある。この鎧、凄い頑丈だ。木を何本もなぎ倒す威力で飛ばされたのに傷ひとつ無い。素晴らしい防御力である。俺の場合は感覚が鎧で分かるから痛いけどね。だが、鎧の高い防御力の恩恵は感覚にまであるらしく、それほど痛くない。
地面から手を引っこ抜いて相手に向ける。
ティラノサウルスっぽい魔物が、俺に向かって口を大きく開けて突進してくる。
このままならばガブッと噛み付かれてしまうだろう。
だが俺は、魔物にあったらどうしても使いたい技があった。鎧の防御力は高い為、たぶん噛み付かれても大丈夫だろうし、技を外さないためにも俺はにげない!!
段々とティラノサウルスっぽい魔物が近づく。そしてもう後何歩か近寄られれば噛まれる近さで、俺はあの技を放った。
「食らえ!!ロケットパンチ!!」
そう、これである。今使える唯一の技っぽい技。ロケットパンチである。
俺の左拳が奴の額目がけて飛んで行く。特撮等である、ロケットパンチで敵が倒れて勝利!!的な想像が頭に浮かび上がる。
が、その想像はすぐに砕かれた。ロケットパンチのえげつない威力によって。
飛んでいった拳は額にめり込み、肉を裂いて骨を砕き、脳をかき混ぜ、頭を貫通した。血飛沫が飛び散り、ティラノサウルスっぽい魔物は力無くその巨体をドスンッと音を立てて倒れた。
拳は血塗れで、後ろの木に突き刺さっている。
頭に開いた拳大の穴から何か色々と出てくる。自分でやっといてなんだが、ドン引きである。
これが二次元と三次元の差か……現実って厳しい……。
とりあえず木に突き刺さる拳を取りに行く。わりと深く刺さっているので、手と連結させてから、魔力を多く注ぎ力を込めて抜く。
右手は血塗れだった。怖いな……。
気をとりなおす為にも実験をしてみる。さっきさのティラノサウルスっぽい生物の魔物に近寄る。
[理解]で調べてみると、名前をホノサウルスというらしく、頭の角に高熱を持たせる能力を持っていたようだ。こいつを吸収してみる。一瞬で目の前から消えた。右手の血の跡も一緒に消えている。どうやら成功したようだ。
鎧に意識を集中して、吸収したものをイメージしてみる、するとアリガタ草とホノサウルス、俺の体が確認できた。
次にそのホノサウルスを俺に一体化させるイメージをしてみる。
そうするとなんと!!頭の角が三本になった!!元からあった左右の巻き角に中央の真っ直ぐな角が違和感なく生えている。
えっ……また角が生えたの?しかもバランス良いのが地味に腹立つな。
色々と思う所はあったが、実験を再開する。
ホノサウルスの能力である、角の高熱化をやってみる。中央の角が熱を発するイメージをする。角が赤色に光り出し、高熱を発しているのが分かる。成功したっぽい。
角の高熱化をやめて、次に手が高熱化するのをイメージしてみる。
さっきと同じように手が熱を発し出した。そのまま指をピンッと立てて、近くの岩をつついてみた。ジュウゥゥと音を立てて岩が溶けた。
予想以上の威力である。正直こんな攻撃食らってたらやばかったかもしれない。
次からはあったら速攻で殺さねば。『殺られる前に殺る』というフィアの言葉は今なら正しいと思えた。こんな怖い奴に気なんて使ってたら自分が死んでしまう!!
このくらいでビビって旅をやめたりはしない、俺の能力的に油断しなければ大丈夫そうだからだ。
とにかく結界から離れるように歩いて一日程進んでみた。
ホノサウルスの他にも二体の魔物に戦った。まず一体目、人も丸呑み出来そうな大きさのウツボカズラみたいな魔物で、名前をジトカ草と言うらしい。本体は動けないが、代わりに蔓を巧みに操って掴んできたのだ。そして明らかにやばそうな液体が入った袋の蓋を開けて、そこに引きずり込もうとしてきた。焦って抜けだそうとしたが、高熱化を使える事を思い出した。蔓は簡単に溶けたので、後は一方的に高温の拳を叩き込んでやった。
ジトカ草を吸収して一体化してみた、背中から自由自在に操れる蔓が六本生えた。
怪しい色の液体は?と思い、俺の体を[理解]で調べてみると、鎧の内側が怪しい色になり、強力な溶解効果を持っていた。
……中身空っぽだったからいいけどさ、人間だったら死んでるんじゃない?一歩間違えば呪いの装備だな。
効果範囲は操作が可能なようで手で頭を鷲掴みにして溶かすような、残酷な殺し方ができるようになった。勿論やるつもりは無いが。
次に二体目、人くらいの大きさのムカデっぽい魔物で、名前はオオムカデ。頭と体を切り離し、体を特攻させてくるのだが、頭があるかぎり体がボロボロでも何度も襲いかかってくるのだ。しかし、こいつの真に恐ろしいところはそこではない。とんでもなく気持ち悪いのだ。小さくても気持ち悪いのだが、大きいと迫力がヤバイ。想像して見て欲しい。ウネウネ動く巨大な大量の足がこちらに向かって何度も這いよってくる姿を。鎧でなければ鳥肌が全身に立っているだろう。
できるだけ体を見ないようにするため、蔓で体を固定し、溶解効果を使って頭の装甲を溶かしてから殴って殺した。溶かす事に関しては高熱化の方が断然速いのだが、二つ同時に一体化は出来なかったのでジワジワ装甲を薄くした。
まさかこんなにも早くやりたくなかった殺し方に近い事をすることになるとは……見たくないし仕方無いよね。
一体化してみると頭に触覚が二本生えた。そしてゆっくりではあるが、離れた手を操作できるようになった。自分の体限定の念力みたいなもので、宙にも浮かせられる。これでロケットパンチを撃った後、俺がわざわざ動かなくても回収可能だ。自分で取りに行くほうが絶対速いけどね。
とまあ、魔物と戦ってきた、鎧に保存できるのは十種類までなのだが、量はかなり開いているので倒した後に全て回収しておいた。なかなか良い成果を誇っていると思う。
始めは魔物といえど殺せるのか?とか思っていたが。抵抗を殆ど感じなかったので大丈夫なようだ。死ぬ直前の経験のお蔭もあるかもしれない。
戦闘においても段々慣れてきて、わりと余裕を持って相手している。
気分よく歩いていると、今まで一度も聞かなかった音が遠くで響いた。森という静かな場所だから聞こえた音。普通なら聞き過ごしているような小さな音だ。しかし、それは言葉だったのだ。「助けて」という子供の言葉。
こんな森に子供が?何故?一人なのか?なにかあったのか?
頭に疑問が浮かぶがそれどころではない。そう思って俺は[防具操作]を全開で使用した。声がする方へ全力で走る。ぶつかりそうな木は高熱化によって当たった瞬間に溶かして勢いを殺させない。一キロメートル近くを異常な速度で走り抜ける。
そこにはホノサウルスに今にも食べられそうになっている。小さな女の子がいた。しかし、普通の子供ではなかった。狐の耳と尻尾が生えていたのだ。
ケモミミだと!?触りたい!!あのモフモフしてそうな耳と尻尾を凄い触りたい!!でもどうせならもっと成長した後くらいがいいけど!!
馬鹿な事を考えていると、ホノサウルスが雄叫びを上げて女の子を食おうと近寄る。そこで正常な意識が戻ってきた。
ハッ!!ケモミミという素敵な現象に少し取り乱してしまった。今はあのちびっ子を助けねば!!そして、耳と尻尾を触らせてもらわねば。元の世界じゃ、動物は俺を見るたびに震えて逃げて行ったな。百合花と晴彦はむしろよって来るぐらいなのに……。俺可愛い動物とか好きなのにな。動物園じゃ色んな動物が背中向けて遠くに行って見づらかったな……。寂しい……。
俺はジトカ草と一体化して、ホノサウルスを蔓で縛った。動きを封じたら頭の上に乗り、拳を額につける。そして、溶解効果持ちの拳を手加減しながら打ち込む。
頭蓋骨をやすやすと貫通し、下顎まで突き抜けてポンッと出てきて軽く地面に当たる。溶解効果のお陰で貫通できない威力であっても、体内を溶かして簡単に落ちて来てくれるのだ。慣れたので、もう引いたりしない。
ホノサウルスが倒れそうになるが、その前に吸収する。足場が一瞬で消えたが、一体化を解きつつ綺麗に着地し、拳を拾う。
小刻みに震えながポカンと口を開け、涙目でこちら見る女の子に向かってゆっくりと歩いて行く。
死にそうになって怖かったんだな。可哀想に。とにかく事情を聞いてあげよう。ちょっとした事なら助けてあげよう。でもって出来たらほんのちょこっとだけ耳とか尻尾触らせてくれないかな。本当にちょっとでいいんだけどな。
『大丈夫か?』と声をかけようとしたが、先に女の子が口を開いた。
「わ、わっちは美味しく無いんよ。食べないでほしいんよ。お願いなんよ」
「……」
俺に震えてた……。ヤバイ。何か心が潰れそう。今すぐ三角座りで泣きたい。鎧だから涙出ないけど。
「だ、大丈夫だぞ。お兄さんは君を―――」
歩み寄りながら説得を試みようとしたのだが……。
「ひぃっ!!こ、こないで欲しいんよ!!」
心が折れた。
両手、両膝を地面に付き、項垂れる。
こんなにビビられたのは久しぶりだな……。
小学校の遠足で行ったお化け屋敷、そこのお化け役の男の人もビビってこんな反応してたっけ。あの時はトイレに籠って泣いたなー。お化け役の人と担任が必死に説得するから出て行ったっけ。泣き顔見て、担任までビビってまた籠ったけど。
ビビっても大概の奴は怒る、黙る、泣くで最後は収まったのにな……。完全拒否されちゃった。もうやだ。俺が何したよ。見た目こんなのだけどさ、趣味に料理と手芸があるんだぜ?怖くないだろ?泣きたいのに涙がでない。泣けた方が楽だな。後で虚しいだろうけど。あぁ、布団かぶってもう眠りたい。
「あ、あの、どうしたんよ?」
女の子が近づいてきてくれた。
近づいて大丈夫なの?怖いでしょ?ごめんよ。気遣ってくれるとか、この子優しいな。何だか段々天使に見えてきた。
「お兄さん、もしかして泣いてるんよ?ごめんなんよ。怖くってついあんな事言っちゃったんよ……許してほしいんよ」
ゴーストナイトになってから俺には涙はでない。おそらく兜の目の部分の赤い光がウルウルとしていたのだろう。
この子本当に優しいな。違う理由で泣きそう。いつまでもこんな事してられないな。
俺は顔を両手で押さえながら座った。
「大丈夫なんよ?」
「ああ、なんとかな。怖くてごめんな」
俺の声は鼻声だった。ここは再現されるのか。ちょっと恥ずかしい。
「そんな事無いんよ!!怖いのは見た目だけなんよ!!助けてくれたし、お兄さんはいい人なんよ!!ありがとうなんよ!!」
あぁ、本当にいい子だ。心の傷が癒えていく。傷つけたのもこの子だけど。
「そっか。ありがとう。元気出てきた。俺、頑張ってみる」
「偉いんよ。頑張るんよ」
そう言って俺の頭を撫で始めた。
ごつい鎧姿の男が、小さな女の子に撫でられる光景。シュールだ。
少しして落ち着いたところで自己紹介をし合った。女の子は狐人族で、トトと言うらしい。何でも七十人程の狐人族の集落があり、トトはそこの長の娘なのだとか。自慢している姿は嬉しそうで、可愛らしかった。
「トトはどうしてこんな所にいるんだ?小さな子ども一人で来るような場所じゃ無いよな?」
「実はね……わっちは攫われてたんよ。必死に逃げて来て、お兄さんとあったんよ。」
「攫われてた?どういう事だ?」
まとめるこういう事らしい。
集落を一匹の人狼が率いる八匹の狼の魔物が襲った。すぐさま応戦したが、リーダーの人狼に敵わずにトトの両親を含めた多くの者が殺されてしまい、残された戦力ではどうにも出来なかった。死んだ大人と一緒に力の弱い子供を攫って行ったらしい。トトはうまく逃げ出せたが、他にも五人の子供が攫われているんだとか。
トトは話している時、とても苦しそうだった。
なんで子供を攫うんだ?大して役に立たないだろうに。
「なあ、トト。どうして攫われたか分かるか?」
「あいつね……私達を食べるって言ってたんよ……強くなるため魔力がいるから、弱くて保存しやすくて食べやすいお前等を食うって言ってたんよ」
食う……だと?食うって事は殺すって事か?こんな小さな子供を?強くなりたいためだけに?馬鹿げてやがる。
「トト場所、教えてくれないか」
「え……助けてくれるんよ?」
戸惑ったように訪ねてくるトト。
それはそうだろうよ。偶然会って少し話しただけの奴がいきなり助けてくれるような事を言ったらおかしいよな。だがな、いきなり友達が殺される苦しみを俺は知っている。小さな集落だから攫われた子どもたちはきっとトトの友達だろう。なら同じ思いはさせたくない。あんな苦しみを受ける奴なんていない方がいいんだ。それに俺は子供は笑ってるほうが好きだ。
フィアには悪いが、我慢してもらおう。
「そんなの当たり前に決まってんだろ」
トトは当然湧いた希望によって、嬉しそうな笑顔をした。