2話 旅立つ前に
旅に出る決意を決めたのだが、外は魔物がいて危険だということで少し戦い方を鍛錬してから行くことにした。
すぐにでも始めようかと思ったが、その日はフィアが眠いという事でうるさくするのも悪いので。俺も眠ろうとしたが、全然眠れない。というか丸一日近く起きていて一回も眠くなっていない。気づけば朝日が差し込んでいた。
フィアに訊いてみたところ。ゴーストナイトは眠る必要が無いらしい。
便利だな。これで徹夜し放題だ。そういえば、昔。徹夜でぬいぐるみ作った後に学校行った時、隈作って湿布とかたくさん貼ってたのを見た奴が「また、殴りこみか!!」と騒いでいたのを思いだした。理由を言っても信じてもらえなかったな。
今日から鍛錬開始である。フィアが「私は凄腕の魔女なのよ!!」と自負していたので鍛錬でも頼りがいが有りそうだ。
まず、ファンタジーな異世界と言えば魔法である。
「フィア。魔法を教えてくれ。使ってみたかったんだよ。まず初めはな……火の魔法がいいな。早速教えてくれよ!!」
初めての魔法体験。ワクワクである。
しかし、そのワクワクはすぐに消えた。
「えっと……嬉しそうにしている所悪いんだけど、ジンって異世界召喚と転生の影響で、今はまともに魔法が使えないみたいなの……でもしばらくすれば魔法は使えるようになると思うから安心して」
「えっ……」
異世界に来たのにまだ魔法使えないのか。ロマンなのに……。
愚痴っても仕方ないので、ならばこの体で何ができる?という訳で、まずは自分の体を調べてみた。フィアが魂を移してくれたこの鎧、名前を覇道の鎧と言うらしいのだが、それを鏡で見てみると恐ろしくて禍々しい雰囲気を放つ二本角の黒い鎧だった。イメージとしては西洋甲冑が近いと思う。兜の目を出すはずの部分がグポーンと鈍く赤色の光を放っている。
小さな子供とかが見たら泣くんじゃないの?と言いたくなる姿である。転生前の顔でも泣かれたけど。親御さん達に涙目で睨まれた思い出が蘇るな。子供の為に恐怖に耐えて戦う親。いい話だ。俺は凹んだけど。
それにしても……他に良い鎧なかったの?可愛い柄の奴とかさ。という訳で訊いてみる。
「どうしてフィアはこの鎧を選んだんだ?」
フッフッフと含み笑いをするフィア。
「実わね。この屋敷にある鎧で一番良い物を選んだのよ。凄い逸品なんだからね。まあ、友達への贈り物って事にしといてあげる。大事にしてよね」
ヤバイ。善意が眩しい。変えてって言えない。
鎧の能力はフィアが笑顔で答えたのも納得の能力だった。
覇道の鎧…[吸収]死骸、植物、精神体の吸収が可能
[保存]吸収した存在を一定種類まで鎧内に保存可能。保存した存在は取り出しも可能。
[一体化]指定した鎧内の対象と一体化可能
[変化]指定した鎧内の対象に变化可能
[魔力変換]指定した鎧内の対象を魔力に変換可能
[分解]指定した鎧内の対象を分解可能
なかなかの恐ろしい能力である。[吸収]からの[一体化]か[変化]を利用すれば、鳥になって空を飛ぶことは勿論。諦めていた魔法も、使える奴と一体化すれば使えるかもしれない。夢が広がる能力である。
だが、魔法の力が宿った道具は使用者の能力によっては力が発揮できないらしい。
しかし、思い出してほしい。俺には【覚醒を促す者】という素敵な称号があるのだ。その称号能力の内の一つ、[覚醒]による能力の引き出し。これにより覇道の鎧の能力は全開である。
称号の能力使用はイメージが大事らしい。漫画やラノベで培った想像力が役に立ち、楽々使えた。ちょっと誇らしい気分になれた。
ふっ、なんて素晴らしい能力を持っているんだ。まずは草でも吸収してみるか。
気分よく草を掴む。しかし、ここで思った。どうせなら薬草とかの方がいいのでは?と。
都合のいいことに、俺には【覚醒を促す者】の[理解]という便利な能力がある。これを使ってみよう。というわけで情報が頭に入ってくることをイメージする。すると頭に段々と内容が沸き上がってくる。
アリガタ草:回復性能が非常に高い薬草で、場合によれば損失した部位が戻る事がある。美容効果もあり、肌が綺麗になる。
名前つけたやつはアリガタ草とかいうダジャレ混じりな名前ではなく、本当にありがたさが伝わる名前にすべきだったと思う。
命名した奴のセンスを疑う草だな……。効果は凄そうなのに、名前で台無しにしちゃった感がある。
いくつか他の草も調べたが、結局アリガタ草が一番良さそうであった。
そして、いざ吸収しようとしたのだが、なかなかできない……コツを掴まねば吸収できないようだ。
うまい話は簡単に転がってはいないのである。
吸収がダメでも他の能力を!!という訳で次は称号【ゴーストナイト】の能力である。
この称号は種族称号と言うらしい。種族称号は、その種類事の魔物の構造で特に変わった所を表しているらしい。そのため、通常は称号は死ねば無くなるが、この種族称号の能力は死体でも残るものらしいが多いらしい。例えば、毒を吐く動物が死んだ後でも、その体には毒が残っているというような事である。
俺の種族の能力[防具操作]は自身の宿る防具の操作である。ゴーストナイトとなった俺の体は、中身が空っぽの鎧のみである。そして、人間の頃の様に動かせているのはこの能力のおかげである。意識せずとも使えるレベルなので、この能力はすでに使いこなしていると言えるだろう。
つまりだ。[覚醒]で[防具操作]を全開で使いこなせるはずなのだ。さらに体は高性能な鎧。かなりの効果が期待できそうだ。
屋敷の周りを走ってみる事にする。一歩目をある程度の力で踏み込んでみる。すると、たった一歩で五、六メートル程の距離を進めた。恐ろしい身体能力である。おそらく蹴りや突きと言った技の威力もとんでもない物だろう。
さらに、動きが速い!!やる気に慣れば残像くらい見えそうな気さえする。しかし、いくら速く動けても思考が追いつかないと意味がない。これはもう慣れだろう。そう思って自分の反応速度ギリギリのスーピードで二四時間、丸一日走ってみた。
結果、凄い疲れる。
フィアに聞いてみると称号の能力は大概魔力を消費するものらしい。鎧になってどれだけ動いても平気と思っていたのだが、[防具操作]の能力も魔力をほんの少しづつ消費しているのだとか。普通に動く分には殆ど影響無いのだが、[覚醒]での能力全開状態は無駄に多く魔力を使っているらしい。これは練習次第で効率よく出来るらしいので、要練習である。
因みに、フィアが言うには俺は一般人と比べて魔力量がとんでもなく多いらしく、一日持つのは凄いと言われた。異世界人は基本的にスペックが高く、魔力も多い物なのだそうだ。だが、フィアはさらに俺より多いらしい。大きな胸を更に大きくして威張っていた。
能力の使用により十分な強さがあるので、無くても問題ないのだが、なんとなく安心するために武器が欲しかった、なので訊いてみると、魔女は魔法をよく使う為、この屋敷にはまともな武器は無いと言われた。そこで考えてみた。鎧でなんとかならないかと。
俺の体は[防具操作]の力で繋がっているので、意図的に手も触れずに外す事も可能だ。そしてこれを利用する。能力全開で拳をぶっ飛ばす技。
そう!!ロケットパンチである!!
早速、わくわくしながら木に向かって撃ってみた。
標的の木を軽く貫通し、後ろの木を数本薙ぎ倒して行く。更には地面を抉り飛ばし、止まる頃には、レーザー光線でも撃ったのか?と言うような後が残った。あまりの威力にビビリつつも、本体から離れた鎧の部位を宙に飛ばす事は出来ないので、拳を拾いに行く。
撃つ時は考えなければ拳を無くしそうだ。そして、被害が大きすぎる。
そして色々頑張って六日間鍛錬した結果。
超人的な身体能力と、少し威力調整ができるようになったロケットパンチ、さらに、今のところ俺の体とアリガタ草で[吸収]と[一体化]が、アリガタ草だけなら[分解]も可能になった。
[吸収]がアリガタ草と俺の体だけなのには二つ理由がある、まず植物は一種類取れれば他も似たような物と思ったからだ、そしてもう一つは、結界の中にフィアと俺の死体以外に練習できる対象がいなかった為にこれ以上は出来なかったからなのだ。
何故いないかというと、普通の生き物は純粋な魔力を浴びすぎると耐え切れずに死ぬか、魔物へと変貌するのだそうだ。二択ではあるが大概は死ぬらしい。
そして、結界内と言う狭い空間で、フィアから漏れ出た魔力が濃くなりすぎたために殆どが死に、僅かに残って魔物になった者達は「殺られる前に殺る」とフィアが言っていた。
怖いよ!!ちょっと想像しちゃったよ!!可愛い顔でさらっと怖いこと言うなよ!!格好良いとかってレベルを軽く越えちゃったよ!!
[分解]はわりと簡単で、[理解]で要る部分と要らない部分を理解し、イメージで薬草の回復能力に必要な所だけを取り出せた。純粋に近い回復薬の完成である。まあ、俺には鎧だから意味ないんだけどね……。
勿論、俺の体では試していない。さすがに自分の体をバラしたくはない。
[一体化]は俺の体でやってみると、鎧が全体的に黒さが薄くなるだけで目立った効果は特に無いようだ。
アリガタ草とも出来たのだが、鎧の一部が深い緑色になるだけだった……。
一応、試しに手を変色させてフィアと握手してみた。お肌がスベスベになったらしい。
美容効果がある能力か。俺は肌とか気にしないしな……今となっては鎧だし。
まあ、色々あったがとにかく、これで旅の準備は整ったのだ。
結界の前に立つ。結界は半透明になっていて、向こうが森である事が分かる。
しかし、ここで疑問が一つ。
「なあ、フィア。俺も結界通れないんじゃねぇの?」
そう。この結界は出入りを妨害するのだ。助ける以前に出れないんじゃない?
「そこは大丈夫よ。この結界は動物と魔法を通れなくするだけ。あなたはもう魂と鎧だけでしょ」
遠回しに生物じゃないから大丈夫っていわれた。もう人間扱いどころじゃないな……
まあ、生きてるだけマシだし、命の恩人であり友達の役に立てるのだ。それくらいは我慢するか……
「そっか。じゃあ行ってくるわ」
手を振って別れを告げる。
「あ、あのさ……本当に帰って来てくれるわよね?」
不安そうに聞いてくるフィア。大丈夫とは思っているのだろうが、やはりまた一人になってしまうかもしれないと考えると怖いのだろう。だが、俺からすればその返事は決まりきっている。
「そんなの当たり前に決まってんだろ」
そう言うとフィアは安心したように顔を緩めた。
「そっか。それじゃあ、よろしくお願いします。ジン、またね」
「ああ。結界が解けても次に俺が来るまで待ってろよ。フィア、またな」
お互いに再開を約束する言葉を交わして、俺は歩いて行った。
結界に体を突っ込むと一気に目の前に森林が広がった。結界内よりも圧倒的に木の密度が濃い。
目的の洞窟は森の外周にあるはずなので、とりあえず森を抜ける事を目標にする。迷わないようにする目印はフィアの住む洋館の結界である。半円球の形で割りと大きく、森の木よりも大きいためにちょうどいいのだ。
良し!!行くぞ!!そう思って大きめの一歩を踏みだそうとした時だった。
右から大きな衝撃に襲われ、視界が一気に動く。どうやら吹っ飛ばされたようだ。飛んで行く間に木々を何本もへし折る。高さが下がってきて、近づいて来た地面に両手を突っ込んで勢いを止める。
衝撃を与えられた方をみる。そこにはティラノサウルスに角を生やしたような奴がいた。口から涎を垂らし、こちらを見ている。
そいつを見た俺は思った。
異世界なめてたわ~。