0話 異世界へ
初投稿になります。拙い文章ですが、温かい目で見て頂ければ嬉しいです。
体が痛い。痛いどころかもう熱い。
力が入らなくて指一本も動かせる気がしない。
左半分を土が占めている視界が霞んで見える。その視界には、俺を中心に広がっているだろう赤い絨毯のような血が見える。
喉に何か込み上がってくる感覚がある。堪えようとしたけれど、弱り切った体では殆ど抵抗などできなかった。口から蛇口を捻ったみたいに血が出る。人間ってこんなに血が出るのかと少し驚いてしまう。口から出た血がさらに絨毯を広げていく。
もう苦痛すら感じ無くなってきた。
眠い。凄く、眠い。
瞼が重くてしかたない。
このまま眠ってしまえば、どうなるかわかっちゃいるけれど、眠たくて仕方がない。
もういいじゃないか。
すぱっと潔く諦めちまえ。
そう考えて重い瞼を誘われるままに閉じていく。だが半分まで閉じたところでその目を大きく見開いた。
目の前に銀髪灼眼の凛々しく妖艶な美女が現れたのだ。髪は腰当たりまで流しており、サラサラしていて触ればとても気持ちよさそうだ。出る所もしっかりと出ておりスタイルも良い。
まだこの美女を見ていたい。しかし、瞼は重く、また段々と閉じていく。
最後にいいもん見れた。ありがとう。
心の中で感謝を述べ、ゆっくりと瞼を閉じた。
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空気の澄んだ朝、まだ人通りの少ない駅の改札口前に俺は立っていた。
焦った様子で腕時計を見ると、針は六時を示していた。
もう時間ないぞ……。まだなのか?あいつらは……。
時間はもうあまりない。しかし、奴らは来ない。待ちきれなくなった俺はズボンのポケットから携帯を取り出して連絡をとろうとした。
ちょうどその時、改札の向こうから二人の男女の声が聞こえた。
「ご、ごめんね!!昨日楽しみすぎてなかなか眠れなくって、寝坊しちゃった!!」
髪の毛を一房みょんっと撥ねさせた少女が謝りながら改札を抜け、駆け寄って来る。
その少女は俺の幼馴染みの長谷部百合花である。顔もスタイルもいいのだが、身だしなみを特に気にしない為に、美貌を隠してしまっている勿体無い娘である。今回も化粧は愚か、髪はあっちへこっちへと盛大に撥ねており、頬には薄っすらと涎の後が残っている。
「ごめん、ジン。道に迷っておくれた」
百合花の後ろをついていこうとするもう一人の少年も、改札を抜けようとしながら謝罪をしてくる。
こちらも俺の幼馴染みである。名前は神島晴彦と言って、好青年の雰囲気を纏っており、整った顔は女性からの人気も高い。
しかし、やる事なす事の殆どがぐだぐだになってしまう残念イケメンなのだ。
今も改札で切符を入れ忘れた為、止められてしまい。慌ててズボンのポケットの中を探している。
このままだと遅刻してしまうかもしれない。急いでもらわねば。
「いいからさっさと改札抜けろ!!せっかくの祝いの席に遅れちまうぞ!!」
俺は二人に向かって手招きしながら足踏みをした。すると通行人が俺から大きく距離を開けるようにして歩いて行った。理由は解っている。実は、俺の顔は生まれつき怖く、自分では意識していないのに殺気を放っていると思われることがよくあるのだ。話しかけた人に謝られるとかよくある。小学生の時には、何もしていないいのに若い女教師に泣かれた事もあった。その日は凹んでご飯も食べずに眠った。
今回もきっと、目つきが鋭くなっていて、ギラギラしているんだろう。まるで『お前らさっさとしないとぶっ殺すぞ!!』という意味を含めて睨んでいるように通行人には見えているんだろう。
俺の顔を真正面から見たというのに、二人は怯みもせずに近寄って来た。 二人は小さい頃からの中なので俺の感情を読み取り、普通に話ができるのだ。今も焦っているだけと理解してくれているのだろう。ありがたいことである。
「よし!!とりあえず迎えの車まで走るぞ!!」
そう言って俺は走りだした。横にいた二人もついていこうとする。だが、百合花は底の厚いサンダルを履いてきてしまったが為に走りが遅い。そして晴彦はなにもないところで躓いて盛大に転けた。顔面から地面にダイブしたために涙目だ。
晴彦の転けた音で俺は振り向いた。思わずため息が出た。
百合花は歩きと大差ないし、晴彦にいたっては歩くより遅くなりそうだ。というか凄く痛そうだ。
大丈夫なのか?まあいつもの事だし大丈夫か。
いそいでいるのだがここは晴彦のためにも歩くほうが良さそうだ。
「……歩くか」
「……そうだね」
俺の言葉に、晴彦を苦笑いで見ながら答える百合花。晴彦は顔を押さえながら無言で頷いている。
ちょっと泣いてないか?やっぱコンクリートは痛かったんだな。
俺と百合花は晴彦を慰めながら、三人で並んで歩いた。
何故、俺達が急いでいるかと言うと、今日開かれるお祝いのためである。
俺の親父は警察の偉い人なのだが。なんでも、大きな犯罪組織を潰したとかで、久しぶりに気を抜いて騒ぎたいから大きめのパーティーをしようという事になった。息子だからと俺も参加することになったのだが、せっかくだから友達を呼べといわれて二人呼んだのだ。
ここ何ヶ月か仕事が忙しく、ストレスが溜まっているのは知っているが、こんな朝早くから始めなくてもいいと思うが……。まあ、付きやってやるか。
駅を出てすぐの所で、迎えの車が見えた。そこで両手を振っている若い男がいた。
「坊っちゃ~ん!!こっちです!!こっち!!速くお乗りください!!」
親父の部下の藤原守さんだ。少しまえに困っていたのを助けてから慕ってくれている。俺は十七歳なので九歳年下であり、合うたびに尊敬の眼差しを向けられる事に違和感はあるが、俺に損はないので良しとしている。
今日も藤原さんは笑顔でお出迎えしてくれている。
こちらも笑顔で手を振って答える。藤原さんがさらに笑顔で飛び跳ねながら手をブンブン振っている。
なんか犬みたいだな。その内尻尾とか生えそう。面白いな。
そんな事を考えながら、少し早歩きで進もうとした時だった。
「ぐあっ!!?」
横にいた晴彦が突然驚いたように苦しそうな呻き声をあげた。
晴彦を見ると、その後ろに立っているフードを被った女が、包丁で背中から心臓のあたりを刺していた。
その場にいた皆が固まる。
おい……なんだよ。これ……なんだよ。
フードの女が包丁を抜き取り、晴彦が力なく崩れ落ちる。フードの女はそれに見向きもしない。いや、見たくなかったようで、明らかに目を逸らしている。
次に、俺に刃の切っ先を向けてきた。晴彦の血でコーティングされた刃が頭に迫ってくる。
晴彦が刺されてからの少しの間、この間は俺の怒りを湧き上がらせるのに十分な時間だった。
ふざけんな。晴彦に何しやがる。ふざけんな。クズが。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。
俺は刃を左手で受け止めた。興奮状態で痛みはない。
刃が肉を切り裂いて行くが、知った事か。
包丁をしっかりと掴み。フードの女を睨む。目は血走り、歯を剥き出しの状態、鼻からは興奮状態のせいか血が出てきてしまっている。
「ふざけんな!!このクズが!!殺す!!絶対殺す!!殺してやるが楽な死なせ方なんてしてもらえると思うなよ!!」
気がつけば大声で叫んでいた。
フードの女は完全に俺にビビったようで、包丁を手放して尻もちをつき、口をパクパクと忙しなく開け閉めしている。
俺は右手で包丁を抜き取り、フードの女に向ける。明確な殺意と共に。
「や、やめて!!こっちこないで!!」
命の危険を感じてフードの女が後退る。
はぁ?やめろだ?ふざけんな!!自分のした事をあの世で悔いやがれ!!
フードの女に近づこうとした時、体を四本の腕に押さえられた。
「ジン!!ダメだよ!!」
「坊っちゃん!!いけません!!まだ何かもってるかも知れません!!逃げてください!!」
百合花と藤原さんだった。二人は必死で俺の動きを止めている。
「うるせぇ!!殺すんだ!!邪魔すんじゃねぇ!!」
二人を振り払おうと暴れるが、二人も必死で離れない。
そこでフードの女から視線を外したのは失敗だった。
銃声が鳴り響いたのだ。
衝撃と激痛が腹を襲う。腹を見ると四カ所から血が流れ出ている。
フードの女が銃を撃ったのだ。
畜生……死ぬのか……俺は……だったら……せめて、最後に……
二人が驚きで力を緩め、体が傾いていく。俺は倒れる前に包丁を投げた。それはゆっくりと放物線を描きながらフードの女に向かっていき、へたり込んで動けずにいたフードの女の左目を切り裂いた。
「うああああああ!!」
はっ。ざまあみろ。もう俺はダメだが、後は藤原さんがどうにかしてくれるだろ。喧嘩だけはかなり強いからな。俺を止める必要もなくなったし、百合花も逃げて無事助かるだろう。
重力の働きで地面に叩き付けられながらも、俺は少し口角を上げた。
少し向こうに目を閉じて眠っているような晴彦が見える。
もう動くことはないんだろうな。俺もああなるのか。できるなら俺なんかどうでもいいから晴彦だけでも眠ったみたいな状態から目を覚まして、動き出してくんないかな。
百合花達が何か言ってるが、フードの女が叫ぶ声と一緒に聞こえづらくなっていく。
そして幻でも見ているのか、町並みが光に包まれた。百合花達の声が完全に聞こえなくなる。
だが、何故かはっきりと自分そっくりの声が頭に響いた。「称号【異世界人】を手に入れた!!さらに称号【覚醒を促す者】を手に入れた!!」というふざけていて楽しげな声が。
光が止んでいき、目の前には木が生い繁っていた。
ここから先は冒頭に繋がる。