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一 よくある話

四年前の春、俺は女をフったよ。


――そう、フったんだ。馬鹿野郎、フられたんじゃねえよ!もう終わりだって、お前には付き合いきれないって、俺が!いってやったのさ。今でも忘れらんねえよ、ちょうど付き合って二年の記念日だった。

あいつは記念日に煩い女だったから、今思えば当てつけのつもりだったのかもしれない。


あいつは、嫉妬深い女だよ。


ま、よくあるベタな話さ。女が男のやることなすことに嫉妬するなんてな。

あいつも例外なく、俺の全てに嫉妬した。何をするにも俺を束縛した。俺だって最初から別れようと思って付き合ってる訳じゃなし、ある程度は理解しようと努力したよ。でも、あいつは俺の理解を超える異常な女だったんだ。

もし付き合ってなかったらストーカーだよ、あれは。いや付き合っててもストーカーって言えるんだったか?いやいや、ああ、そんなことはどうでもいいな。とにかくなんでも嫉妬してたよ、あいつは。俺と親しい女は勿論、男のダチも、家族も、物にも。ただ席が隣になっただけの奴にも。


本当に、最初は席が隣だっただけなんだぜ?でも彼女が同じ大学を志望してるって知って、よく話すようになった。受験勉強もしたし、オープンキャンパスもいったっけな。受験の気晴らしにデートもした。あいつの愚痴も聞いてくれたよ。

彼女は可愛くて明るくて、年が暮れる頃にはもう惚れてた。きっと彼女もそうだったはずだぜ?あれは俺に惚れてた、絶対。


ただ、ま、そうだな。問題はあいつだ。


ただでさえ嫉妬深いあいつがこのことを知ったら、俺どころか彼女も危ない。元々、仲良くなり始めてから彼女にきつく当たってたからな。まあ彼女も気が強くってさ、あんなのに負けないとは言ってたが、あいつはキレると何をし出すかわからない奴だったから……少しでもこっちの言い分を有利にしておきたかった。周りの目もあるしよ。

だから浮気になる前にあいつをフる必要があった。別れちまえば浮気もくそもないだろ?浮気だってキレたらもうお前とは付き合ってないって、言ってやろうと思っててよ。


だからお前とは付き合ってらんないって言ってやった。

そしたらあいつ、「あの女のせいね」とか言い出したからさ、笑っちまうだろ?お前が気持ち悪いからだよ!お前がうざったいからだよ!って、さあ。確かそう言い返したよ、確か。俺の記憶が正しけりゃな。


――今となっちゃあ確認しようもねえけどな。


気が付いたときには俺は病院のベットの上だった、すげえ頭が痛ぇと思ったら包帯グルグルに巻いてあったんだぜ?ま、結局出血がひどかっただけで怪我は大したことなかったけど。

あとで聞いた話、俺は自分の部屋で血まみれになって倒れてたんだってさ。凶器はなんだったんだろうなあ……。


なんつーか……それから、かな。色んなものがおかしくなっちまったのは。

入院して、親が来て、まず第一声が「何してんだ馬鹿野郎」でさ。最初はガキのくせに女フって挙句に入院ってことで責められてんだと思ったよ。それでむかっ腹が立ってよ、だって、悪いのはあいつだろ?あいつのせいで入院する羽目になったんだからさ。


でも違った。親は、俺が自殺しようとしたと思ってたんだってよ。おかしいよな?

そんときはまだ高校生だったからよ、親と暮らしてたんだぜ?あいつが来たとき、親もいたはずだ。


そしたら、あいつのことなんか知らないって、言いやがった。


俺の周り皆、口をそろえてあいつなんか知らないってさ。最初からそんな奴いなかったってんだぜ?

俺が入院してるから気を使ってるって訳でもなさそうだった。本当に、そんな奴は最初から存在しなかったって口ぶりだった。誰もあいつを覚えてなかった。


――あいつがいなくなった。じゃあ、彼女は?

彼女は、いた。いたよ、いたんだ。彼女は存在していた。


彼女は行方不明になってた。俺が殴られたその日に。


俺が狂ったのか周りが狂ったのか、もう何もわからなかった。

ただ、彼女はあいつに殺されちまったんだってすぐわかったよ……。


まあ、それをみんなに訴えたら、入院期間が延びちまったけどな。検査もしたっけ……完全に気が狂ったと思われてたんだろうよ。実際、俺も自分で気が狂っちまったと思ってた。

だからもうあいつのことも彼女のことも口にするのをやめた。退院して一年高校やり直して、この大学に入ったころには、あの二人のことはもう忘れてたよ。今の今までな。




――じゃあなんで今頃話すかって?


それは……俺が、俺に……。






……いや、やっぱ、なんでもねえ……。


忘れてくれ。今日話したこと全部。

全部ウソだよ、今日話したことは。酒の席での戯言さ。本気にすんなって、なあ?

オチがついてねえよなあ、ははは、どうも酔っちまうと駄目だな、おい。


今日はもうお開きだ、ほれ、散れ散れ。とっとと帰れ。

なんだその顔は、先輩が帰れっつってんだからとっとと帰れよ。


じゃあな。







バタン、と古びた木製の扉を閉める音が響く。

振り返ると、先ほどまで扉から顔を出していた先輩の姿は、もう見えなかった。

錆だらけの鉄筋で出来た階段を俺たちは無言で降りる。酔いはすっかり醒めていた。

「なあ」

目の前を歩く男に声をかける。しかし何が言いたいのか、わかっているようでわからなかった俺は、その続きを口にすることが出来なかった。ただ、何か言わずにはいられなかったのだ。

しかし階段を降り切ったその男は、俺自身にすらわからなかった言葉を察したらしい。酷く眠たげな声で、振り向きもせずにこういった。

「あの先輩の言ってることは、本当なんじゃないすか」

「……本当かな」

「ウソってのも本当じゃないすか」

「じゃあウソってことかよ」

「知らね」

「おい、織瀬……」

あまりにもでたらめな返事をするので、つい男の名を呼んでしまう。この男は出会った時から意味深なんだかテキトーなんだかわからない男だった。


「そういやあの先輩、最近カノジョできたみたいっすね」


織瀬は厚く巻きついたマフラーの下からモゴモゴと呟いた。冬の夜は身を切るように寒い。織瀬の鼻が間抜けにも真っ赤になっているのが見える。俺も多分そうなのだろう。鼻を赤くした間抜けな男が二人、深夜を歩く。不気味な話だ。


「カノジョ、もう生きてないでしょうね」


織瀬は殊更に不気味なことをなんでもないような口調で言い放った。

何故織瀬がそんなことをいうのか俺は聞きたくなかったが、織瀬の口が閉じることはなかった。

「きっと先輩のいう”アイツ”の仕業だろうなあ」

「織瀬、」

「アンタも見えてたでしょ?あの先輩の後ろにいた髪の長い子」

「織瀬!」

ひどい冗談だ、俺はそういった類の冗談は嫌いだ。

特に、この男が言っているということが何より一番嫌だ。何故かというと


「なんすか、怒らないでくださいよ。別に大丈夫ですよ」

「お前……」

「だって、今はもういないし」


大抵、冗談ではないからだ。


「気づいてなかったんですか?さっきまで俺たちの後ろにいたの」


首を動かさず、目線を背後にやる。確かに、なにもいない。

だが、さっきまでいたという言葉に俺の体は震え上がった。

「男にまで嫉妬するなんて、よっぽどだなあ」

きっとアンタがホモに見えたんだ、と。織瀬は大変不名誉で失礼極まりない戯言を言いながら、呑気な欠伸を漏らした。お前の方だろと言い返すと、織瀬は不機嫌そうな顔で振り返る。


「あの子、部屋にいる間ずっとアンタのこと見てましたよ」


さっき後ろにいた時も、ずっと。




コツコツと、足音が夜道に響く。

一つ、二つ。それから、もう一つ、聞こえた気がした。






次の日、先輩は大学に来なかった。

その次の日も、そのまた次の日も。結局、あの夜見た先輩が俺の中で最後の姿となった。

風の噂でカノジョを殺して行方を眩ましたと聞いたが、本当のところはどうなのだろうか。

本当に殺したのは先輩なのか、そもそも先輩にカノジョなどいたのだろうか。何一つわからない。


行方不明になった先輩がどうなったのかも、俺は知らない。

俺は知らないし、これから先知ることもないだろう。


学生食堂に備え付けられた大きなテレビをぼんやりと眺めていると、今朝女性の死体が見つかったというニュースが流れてきた。死後大分経ったものだそうだ、場所は、それなりに近い。


もしかして、あれは先輩の彼女なのだろうか。それすら俺には知ることが出来なかった。

目の前の席でもごもごとなんでもない風にカレーを食べていた織瀬を見ると、感情の読めない声で

「カレー食ってるときに死体の話なんか見たくねえや」

といって、俺のカツサンドのカツだけを器用に、そして勝手につまみ盗っていた。


真相なんて結局、何一つわからない。けれどそんなことは、よくあることだ。

この何一つはっきりとしたことがわからない話も、俺の数多い訳のわからない体験の内の一つだった。

あんまり怖くない話。

こんなノリでやっていく予定ですが、よろしくお願いします。

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