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孤高の天才  作者: 深水晶
第一部 嵐の予兆
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第八話 モーテル

 そのバーのあるビルの隣には古い上に薄汚れた、小さくてあまり目立たないモーテルがあった。看板は一応出ていたが、ロゴは欠けていたし、煤煙で全体的にグレーがかっていて、その中にある黒の文字は読み取り辛かった。初めて来た時から、ここはそういう状態で、そのモーテルの存在を知って十年以上経つが、その外観や看板にはまるで変化がない。ここだけ時間が停滞しているようにも感じられる。無論、そんな筈は無く、受付に座っている老婆の顔の皺は年々増え、更に深くなっている。このモーテルは正面にも入り口があったが、バーが入っている小さなビルの二階とも繋がっていた。しかし、モーテルの受付は一階にあるため、階段を下りなくてはならない。

 男二人、密談するために部屋を一つ取って向かう。四階建ての建物なのだが、このビルにも隣のビルにも、エレベーターの類はない。どちらも上り下りは階段のみだ。その階段の隅には埃が薄く溜まっていた。

「……相変わらず、客はあまり来ないのかな」

「営業できる程度には来るんだろ? あの婆さんも無口だが、元気そうだ。あれで一体年齢はいくつだ? 女の年齢は聞かなくても判るのが自慢だが、あの婆さんだけは読めないぜ。厚化粧もさる事ながら、尋常じゃない年期を感じさせる。実は二百歳だとか宇宙人だとか言われても、驚きゃしないぜ」

「そこまで言うと、失礼だろう?」

「何だよ。お前だって、ちょっとはそう思ってるんだろ? 昔、俺があの婆さんは実は化け物で、人間に化けていて、夜な夜な人を貪り食うんだと言ったら、本気でビビって泣いてたじゃないか」

「泣いたりはしなかっただろう? そりゃ、ちょっとは目が潤んだかもしれないが」

「小便ちびりそうな顔だったぜ。あれは傑作だった」

「他人の子供の頃の嫌な話ばかりしてると、お前の寝小便がいつまでだったか、職場近くで大声で触れ回るぞ?」

「……やめてくれ、真顔で言うのは。本気でやるんじゃないかと怯えるじゃないか」

「私はいつも本気だ」

「勘弁してくれ。俺が悪かった」

 四階の角部屋にキーを差し込み、中へと入る。ジェレミーは備え付けの棚からグラスを取り出し、懐からスコッチの瓶を取り出すと、そのまま二つのグラスへ注ぎ、一方を手渡してくれた。

「ありがとう」

 礼を言って受け取り、そのまま一口、喉へと流し込んだ。

「……相変わらず水みたいに飲むんだな。でも、それ一杯でやめておけよ。お前は自力で帰れなくなる事はないが、酒癖はあまり良いとは言い難いからな」

「そんなに悪いか?」

「俺だけなら良いが、他人にも絡むんだよ。俺の苦労を察してくれ」

「……そんな記憶はないんだがな」

「それが判ってるから、困ってるんだ」

 ジェレミーは嘆息した。

「そうか。気を付ける」

「……俺は明日になったら、お前がそれを覚えていない方に賭けるけどな」

「何か言ったか?」

「いいや。で、まあ、お待ちかねの本題ってやつを聞かせて貰うぜ。本気でじりじりしてるんだからな、こっちは。さんざん焦らせやがって。女を口説き落とすにもこんなに我慢はしないぜ?」

「何を言ってるんだ。いつも、惚れたら神業的なスピードで口説き倒して落とすくせに。まあ、その代わり振られる時も早いがな」

「……褒めてないぞ、それ」

「褒めてはいないからな。まあ、でも、感心はする。何度も飽きずに同じ事を繰り返すという点も含めて」

「……次回は少しはお前に尊敬してもらえるよう、努力してみるよ」

「そうしてくれ。一度で良いから、お前の彼女を紹介されてみたいと思うからな」

「だから、他人の古傷をえぐるなって言うんだ。……それは、ともかく」

「判っている。実は……」

 と、ラダーの話を簡略に説明した。

「おい、リッキー。それは……」

「だから最初に、犯罪ではないかも知れないと言った」

「……そりゃそうだが、だけど、それだけで、なぁ?」

 ジェレミーは額をぼりぼり掻いた。

「悪いけど、捜査令状とかは取れないから、俺の休みの時にぼちぼちとって感じになるぜ、悪いけど。もっと決め手になる証拠があるんなら、同僚や知り合いに声かけてやっても良いんだけどな」

「すまないが、決定的な不正の証拠というものは無いし、今のところはラダーの打ち明け話以外の情報は無い」

「……まいったな。で、俺は一体何をすれば良いんだ?」

「私がお前に頼みたい事は三件だけだ。まず、ラダーの養父の話の裏を取ること。大騒ぎになって逮捕されたという話が正しければ、ラダーのフルネームや通っていたアカデミーの名前も場所もはっきりしているんだから、ネットで検索すれば、すぐに養父の名前も出てくるんじゃないのか? そうしたら、本当に彼が逮捕されたかどうかも、その容疑についても判るはずだ」

「……まあ、そうだな。児童虐待は俺の専門じゃないけど、確かに彼の事件は耳にした事がある。三年前だったかな。そう遠い昔じゃないから、まだ覚えてる連中もいるだろう。それで、あとの二つは?」

「その養父のその後だ。逮捕されたと言うが、児童虐待だろう? そんなに重い刑にはならないんじゃないか? 彼との面会は禁止されたり、著しく制限されたりはするだろうが、死刑や終身刑にはならない筈だ。他にもっと重い罪を犯していなければ、だがな」

「死刑や終身刑になるほどの事件だったら、さすがに俺も覚えているさ。そういうアンテナはいつも立てているからな」

「有り難い。いや、今のは失言かな。忘れてくれ。……で、最後の一件だが、ラダー本人のことだ」

「カース・ケイム=リヤオス=アレル・ドーン=ラダー? くそっ、舌を噛みそうな名前だな。特に、リヤオスってのが発音しにくい。なんでこんなけったいな名前なんだ。いや、他人の名前に文句を付けちゃいけないな。本人が付けたわけじゃないんだから」

「本人も舌を噛むと言っていた。お前とラダーは案外気が合うかもな」

「……あ? 十八歳のガキとか? それは俺の精神年齢が低いと言ってるのか?」

「そんなことは言っていない。ただ、私よりは、良い関係を築けるのではないかと思ってな」

「……そんな打ち明け話をされたんだろ? 上司として、いやそれ以上の関係として、敬愛されてるんじゃないのか?」

「いや、敬愛などはされていないと思うぞ。なにしろ、私は彼を殴ってしまったからな。それも、ほとんど無抵抗といって良い状態で」

「は? ちょっと待て、リッキー。それは、児童虐待または暴行傷害の告白と受け取って良いのか?」

「……そうなるのかな? 少し、顔が腫れただけで、翌日には引いたんだが。やはり、これは罪を犯したことになるのか? そうすると、自首しなくてはならないな。現職刑事に告白もしてしまったし」

 本気でそう思って言うと、ジェレミーは嫌そうな顔でため息をついた。

「……悪い冗談はやめてくれ、リッキー。その状態で、相手が被害届を出したり提訴しないって言うなら、証拠も無くて証言も無ければ、俺の出る幕なんかないんだからな。ちょっとした軽い騒動や些細な喧嘩や諍いならば、そうだと言って、俺を安心させてくれ。お前と付き合ってると、心臓がいくつあっても足りないぜ。俺を殺す気か、リッキー。もし、お前が本当に、刑を免れ得ない重犯罪を実行したなら、お前の首を絞めて自殺するぞ」

 それは恐い。

「お前と心中するのはごめんだな。おじさんやおばさんにも恨まれるし。判った、以降、気を付けるよ」

「その言葉が本当なら、嬉しいんだがな。俺の心臓はあまり強くないんだ。この通りタフで色男で、金は無いけど腕力と行動力と体力には自信はあるけどな。俺のハートは繊細なんだよ。それだけは忘れるなよ?」

 私は思わず苦笑した。

「ああ、考慮しておく」

「考慮かよ?」

 ジェレミーは舌打ちする。と、表情を改め、真剣な顔と口調で言う。

「……あのな、リッキー。親父さんの時のような事はやめてくれよ?」

「…………」

「言っても、やる時はやる人間だって知ってるけどな。あれは本当に心臓が破裂して死ぬかと思ったぜ。後にも先にもあんなに必死で、全力疾走した事はないぞ。親の危篤でもあんなに疲れるような事するものか。病院で、真っ白な顔で、管に繋がれて、呼吸器はめてるお前を見た時は、もうお前の生命は尽きてしまったのかと絶望したぞ?」

「……死んでなかったよ」

「当たり前だ。死んでたら、ここにいるお前は何だって言うんだ。そういう冗談は本気でやめろ。一週間くらい留置所へ閉じ込めるぞ?」

「一週間で済むなら有り難い。ちょっとした休暇をもらったと思うことにするよ」

 そう言うと、ジェレミーは顔色を変えた。

「だから、そういう冗談はやめろと言ってるだろう! 本気で怒るぞ、エリック=リチャーハイム=イーマントリック=ジーンハイム」

 真剣だ。ジェレミーは外見・言動から軽薄な男に見られがちだが、いつも真摯で真面目な男だ。私はジェレミーのそういうところをとても尊敬している。

「すまない、ジェレミー。本当に、悪いと思っているんだ。でも、ああいった事は、後にも先にも、一度きりだっただろう?」

「当たり前だ! あんな事、二度も三度もあってたまるか! その時は俺の脳神経が焼き切れてショートしちまう。俺はお前と違ってナイーブなんだ。ガラスのハートに対戦車砲で狙い撃ちされたら、たまったものじゃないぞ。木っ端微塵どころか、欠片さえ残らない」

「あれは……本当に、自分でも、そんな事態になるとは全く思わなかったんだ。不可抗力とまでは、言えないし、言わないが」

「バカ野郎! 最初からそうなるつもりだったなら、あの時点で俺が殺してる! ……今でも夢に見るんだぞ」

「すまない。でも、もう、あれから八年も経っているんだぞ?」

「……時間さえ経てば良いってもんでもないだろ? くそっ、当の本人はすました顔しやがって。時々、絞め殺したくなるぜ。お前が何か暴走する度に、こっちは華奢な心臓押さえてハラハラしてるんだぜ。そう何度も生命の危機なんかに遭われちゃ、こっちの身がもたねえよ。杞憂で済んでくれれば、良いけどな。お前の生命が今でも続いていることを、神に感謝する気はさらさらないぜ。お前自身が何もしなければ、済むことだからな。神に祈るよりは、お前をベッドに鎖と手錠と南京錠で縛り付けた方が手っ取り早い」

「……本気か?」

「停職と失業が恐くなければ、実行してるさ。減給くらいで済むなら、確実に実行してるな」

 かなり本気の顔と口調で言われて、私は肩をすくめた。

「それは良かった。私も鎖と手錠で拘束されるのは、遠慮したい」

「真顔で言うな。とにかくな、犯罪だと判明したら、すぐに言え。電話でもメールでも何でも良い。トイレにいようが、シャワー浴びている最中だろうが、新しい恋人としけ込んでようが、いつでも何処でもすぐ駆けつけるからな」

 ジェレミーの言葉に、思わず絶句した。

「……ジェレミー。お前は、いつも、そんなことしてるのか?」

「何がだよ?」

 ジェレミーは不思議そうな顔をする。

「恋人とのデート中、いやその、盛り上がってる最中でも……」

「あ? 仕事なら行くだろ? 普通、そうじゃないか?」

「取る物も取らずに?」

「いや、忘れ物や紛失はマズイからな。その点は大丈夫だ」

「…………」

 私はそういう事を気にしているわけではないのだが、しかし、指摘しづらい。言って良いものなのかも悩む。

「何だよ。言いたいことがあるなら、言ったらどうだ? 遠慮するような仲じゃないだろ?」

「……仕事に一生懸命なのは、敬意を表するが、恋人のご機嫌伺いも、仕事に支障をきたさない程度に、気遣った方が良いと思うぞ。少なくとも、後のフォローは大切だ。それがないと、いくら愛があっても、続かないんじゃないか? 余計なお世話だとは思うが」

「何を言ってるんだ。俺の溢れるほどの愛情を受けて、不幸な女性がこの世にいるものか。俺はいつも誠心誠意、熱意と愛情でいっぱいだぞ?」

 どこから来るのか判らない自信たっぷりにジェレミーはきっぱりと言い切った。なんというか、ある意味羨ましい性格だとつくづく思う。

「……まあ、私が口出すことでもないか。今のところ、実績は一つも無いわけだしな」

「ん?」

 ジェレミーは首を傾げた。

「そう言えば、最後の一件というのは、内容聞いたんだったっけか? 何故か記憶にないようなんだが」

「すまない。余計なところに話が脱線したな、何故だろう。ああ、そうだ。児童虐待に脱線して、それからどんどんはずれて明後日の方角へ話が飛んで行ったんだな」

「誰のせいだと思ってるんだ」

「この場合、どちらとも言いかねるんじゃないか? それより本線に戻そう。あまり遅くなるのも、まずいからな。明日に響く」

「同感だ」

 ジェレミーが力強く頷く。私は苦笑し、それを収めながら先を続けた。

「脱線する前に言ったように、ラダー本人のことだ。彼が行ったという暴行傷害事件。これがあったかどうかという事と、その内容、それから本当に『事件にはなっていないのか』だ。そこに本当にアストが関わっていたかどうかは、現時点では調べなくて良い。それは、私が内部から慎重に探ってみる。本当にそんな傷害事件があって、揉み消されたというのなら、その時は、この先どうするか、相談に乗ってくれないか?」

「水臭い言い方するなよ。相談すると断定してくれ。じゃないと、お前が暴走するんじゃないかと、不安に怯える羽目になる」

「……そんなに私は危険人物か?」

「自覚があるようなら、俺も少しは安心できる。そうじゃないから、俺はこんなに苦悩してるんだぞ? 少しは俺をいたわれ」

「そうか。しかし、そんな心配など無用だぞ?」

 本気でそう言ったのだが、ジェレミーは物騒な表情になって舌打ちする。

「……お前、本気で俺を殺す気か? 穏和な面して、実は俺に殺意を抱いてないか? なあ?」

「何故そこまで言われなくてはならないんだ」

「そこまで言っても判らないやつだから言ってるんだろ。とにかく無茶はするな。くどいようだが、絶対するな。無茶や無鉄砲な行為をしたなら、絞殺でも銃殺でも好きな死に方を選ばせてやる。でも、金のかかる殺し方だけはダメだ。薄給なんでな」

 何処まで本気で言ってるのか判らない。できれば冗談だと思いたいが、かなり本気に見える。

「……勘弁してくれ」

「その台詞はこっちの方だ。俺の連絡先は判ってるな? 俺の方はどうしたら良い? お前の連絡先が、職場と寮の外線だけじゃ、本当にお前の勤務先に犯罪者や黒幕がいたら、筒抜けだろ?」

「ここへ伝言残してくれないか?」

「ここ? このモーテルにか?」

「ああ。受付の婦人には、私から伝えておく。たぶん、了承してくれるよ。ここにメモを預けるか、電話を入れるんだ。それなら、簡単だろう? 彼女の口は堅いし、信頼も出来る。昔、世話になったから、間違いない。とても親切で誠意ある女性だ」

「あの化け物婆さんに、婦人とか女性とかいう台詞は似合わなくないか? 大体、そんなにあの婆さんが、親切か?」

「お前がそういう態度だから、それなりの対応しか受けられないんだ。少しは敬意を表して、改めろ」

「でも、お前だって、少しは化け物じみてると思うだろう?」

 私は苦笑した。

「思っても、絶対口にはするなよ? 考えるなとは言わないから。良いじゃないか、女性の年齢なんて。何歳だろうと、信頼性に変わりはないだろう?」

「俺にとって、女性というのは十七歳から三十五歳までなんだ。それ以外は人間であっても、女性だとは思えない」

「威張って言うことか? 範囲が広いのか、狭いのか、微妙なところだな。ところで、未成年と付き合うこともあるのか?」

「基本的には未成年には、迫られても穏便に丁重に断ることにしているが、数年先は狙っている」

「……そうか。努力家なんだな……」

 なんというかそのマメさと熱心さには、ほとほと呆れ、感心する。私には到底無理だ。

「なんだよ? 何か文句あるのか?」

「いや、個人の自由だからな。友人が犯罪やトラブルに巻き込まれなければそれで良い」

「そりゃ俺の台詞だ! 毎回会う度にトラブル持ち込んでくるくせに、何を言ってやがる。大体、お前、何か俺に頼み事がある時だけしか、連絡して来ないだろう」

「そんな事はないだろう? たまに、お前と酒を飲みたくて、連絡することもある」

「……たまに、ってのがどうかとは、自分では思わないのか? ちょっと呆れるぞ。都合の良い時の俺頼みってのは、よしてくれ。いや、それをするなと言ってるわけじゃないぞ? 一人で暴走されるよりは、何らかの形で関われる方が、一千倍マシだ。けどな、いい加減俺の忍耐力にも限界はあるからな。お前が何もしないで平穏無事にのほほんとしていてくれれば、俺はそれが何より一番嬉しいんだ。で、まあ、たまには飲みたい時以外にも、何の用事も無くて良いから、連絡しろ。むしろそっちの方が大歓迎だ。こっちもいちいち怯えたり、身構えたりせずに済むからな」

「判った。暇な時は、用が無くても連絡するよ」

「お前の場合、用が無かったら作ってしまうような気がして、少々心許ない気もするけどな」

 と、ジェレミーは嘆息した。

「ところでジェレミー。一つ聞きたいことがあるんだが、良いか?」

「なんだ?」

「さっき言ってた交通課の美人。そんなにお薦めなら、何故お前は口説かないんだ?」

「勿論口説いたさ。でも、俺のようなナイスガイは好みじゃないんだとさ。インテリタイプがお好みだそうだ」

「……お前のこと、ちょっと軽蔑しても良いか?」

「えっ? な、何だよ! 俺、何か悪いことしたか?」

「……いや。ただ、今後、お前が私に薦めてくる女性は全員、お前が口説いて振られた相手だと思って良いんだな?」

「な、なんで俺がそんなことするんだ! 俺をあんまり見くびるなよ」

「今のお前の発言はそうとしか取れなかったが?」

「……すまん。友の幸せより、まず自分の幸せが大事なんだ。友達甲斐のない男で悪い」

「そこまでは思ってない。ただ、呆れると同時に、感心しただけだ」

「……どういう意味だ?」

「お前くらいタフだと、世の中生きやすいだろうな、と」

「…………」

「なんにせよ、次こそは、お前が運命の恋人と出会える事を、期待してるよ」

「祈ってはくれないのか?」

「……祈ってどうにかなるものなら、そうしても良いがな。少なくともお前に関しては、神に祈っただけでどうにかなるとは、とても思えない」

「…………」

「惚れっぽいのが悪いとは言わないが、もう少し慎重に行動してみたらどうかと思わないではない。しかし、それは個人の自由だからな。私が口出しするようなことではない。だから、その件に関しては傍観者に徹するよ。少なくとも、生まれてこの方、一人の女性とも付き合いのない私が、今まで何百人とも付き合ってきたお前に、何か言えることがある筈がない」

「何百人もいるかよ! せいぜいで九十人ちょっとだ」

「……十分過ぎると思うがな。大体、その数には、付き合う前に振られた女性の人数は、入っていないんだろう?」

「そ、そんな回数覚えてるもんか。普通、そうだろ?」

「すまない。私は普通じゃないから、覚えている。私が好きだと言って振られたのは、六歳の時に近所の教会にいたシスターと、小学校第四学年の頃の担任教師と、高校時代の同級生の三人きりだ。その他にはいない」

「……そ、そう言えばそうだったかもな。でも、それは、ほら、人数が少ないから覚えていられるだけで、普通は……」

「だから、私は普通じゃないと言っているじゃないか」

「……すまん。失言は詫びる。だから、そう睨まないでくれ」

「睨んでなどいないぞ?」

「いや、お前に真顔で注視されると、恐いんだよ。特に酒が入ってると、顔つきが変わるからな。別に暴行されはしないだろうが、どうも気分が落ち着かないんだ」

「それは悪いことをした」

「いや、別にそういうんじゃないんだ」

「どういう意味だ?」

「お前は何がどこまで本気で、どこから冗談か、判らないところがあるからな」

「私はあまり冗談は言わないぞ」

「……だから恐いんじゃないか」

 ジェレミーはぼそりと呟いた。

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