第七話 親友
「珍しいな、お前が俺をこんなところに呼び出すなんて」
そう笑って言う親友、ジェレミー・クォートに、私は曖昧な苦笑を返した。
「……悪い。そっちも忙しいのに。しかも、家にも職場にも遠いのに、この店は」
「それはお互い様だろ。……この店へ来るまでの間、逢い引きか、それともアスト上層部の汚職のリークか、とか、色々想像したぜ。なにせ、『誰にも行き先を言わずに、一人で、車は使わず、モノレールと徒歩のみで来るように』って指定付きだしな。恋人とのデートにもこんなにドキドキしたことないぞ?」
悪戯っぽく笑うジェレミーに、私は頷いた。
「ああ、実はそれに近い」
「は!?」
私が言うと、ジェレミーは目を大きく見開き、手に取ろうとした安い水割りのグラスを床に落としそうになった。
「危ない、気を付けろよ」
それを私が、慌てて受け止め、テーブルに置いた。コップの外側の水滴で手が濡れてしまったので、ハンカチを取り出して拭う。
「おいおいおい、エリック=リチャーハイム=イーマントリック=ジーンハイムさんよ。悪い冗談はよしにしようぜ? 最初に振ったのは俺だけどな、世の中には、言って良い冗談と悪い冗談があるんだぜ?非番の刑事をあまりからかうと、今晩は留置所で夜を明かすことになるぜ?」
苦笑しながら言うジェレミーに、同じく苦笑しながら答えた。
「それが、実は本気で言ってるんだ」
ジェレミーは瞬時に顔を強張らせ、真剣な表情になった。
「……なんだと?」
低い声で詰問してくる。
「お前、本気か? リッキー。冗談だったら本気で留置所ぶち込むぞ」
「……正確には、現時点では、犯罪かどうかは不明だ。でも、なんだか嫌な予感がするのでね。自分でも動いて調べてみるつもりだけど、助けが欲しいんだ、ジェレミー」
「……バカ、犯罪かも知れないんだったら、そういうのは本職に任せて、おとなしくしてろ。お前がおとなしそうに見えて、結構じゃじゃ馬で跳ねっ返りなのは知ってるけどな、いい加減大人の分別ってやつを身に付けろ。じゃなきゃ、一晩でも二晩でも、理解できるまで留置所に泊めてやる」
「……留置所関係以外にネタはないのか? 同じパターンばかりだといい加減飽きるぞ、ジェレミー」
「うるさい、お前の下手な冗談よりは余程マシだ。で、俺をここに呼び出したってことは、どういう事情なのか、教える気なんだろうな?」
「教えなかったら、留置所行きなんだろう?」
「良く判ってるじゃないか」
「留置所に入るのは、この年齢じゃちょっときついからな」
「バカ言うな、同い年だろ。所帯も持たないくせに、老け込むな。どうせ恋人すら作れないような淋しい日常生活送ってるんだろう? お前みたいなやつは、さっさと相手見つけて式は無理でも籍だけは入れておけ。じゃないと、余計な事に頭を突っ込んで、トラブルに巻き込まれかねないんだからな」
「……いつもすまないとは思ってるよ」
私の言葉に、ジェレミーは低く唸った。
「思ってるんなら、ちょっとは友人の忠告を素直に聞いてみろ。俺はまた、お前が病院に担ぎ込まれたなんて連絡は受け取りたくないぞ。緊急連絡先に俺以外の名前を書けないような人生なんか終わってるだろうが、お前は」
「終わってるか?」
「終わってるだろ。せめて女の名前でも書いておけよ。で、当然、その女を泣かさないように努力するんだな。女を泣かすような男は、地獄へ落ちろ。俺が引導渡してやる」
「私のことより、自分はどうなんだ? ジェレミー」
「ああ、もう、うるせぇ! 振られたんだよ、つい先週! 人の古傷えぐる暇があったら、自分の恋人捕まえておけ!」
「……しょっちゅう振られてるじゃないか」
「失敬なこと言うな。お前がいつも、俺が振られた直後に連絡してくるからだ。たまには彼女が出来てラブラブな時に連絡してみろ!」
「そういう時は、お前の方から連絡してくれば良いだろう」
「あのな、お前のとこは会社の寮だろ? 直通ないじゃないか。面倒臭いだろう? わざわざ内線で呼び出して、待たされるのは」
「別にお前が振られた時を、狙ってるわけじゃない。お前が三ヶ月に一度は振られるような生活しているのが、いけないんじゃないか」
「何を言うんだ! そんなにしょっちゅう振られてなんかいない! せいぜいで百日に一度の割合だ」
「たいして変わらないだろう?」
「いいや、大いに違うね。三ヶ月に一度ならば、一年に四回だが、百日に一度ならば三.六五回だ。〇.三五回も誤差がある」
「……そんなに変わらないような気がするが」
「違うって。良いか? 三ヶ月は約九十日で、百日より十日ほども少ないんだぞ? それが四回なら、一年に約四十日の誤差じゃないか」
「……計算間違いをしているぞ。それともわざとなのか、ジェレミー。実際には三百六十五日を四で割ったら九一.二五日だから百日とは八.七五日の差で、一年では三十五日の差だ。『約』とか『ほど』とかいう言葉で五日分多く見積もっているが、そこまでやると、かえって空しくはならないか?」
「……お前がそこで突っ込まなければ、それほど空しくならずに済むんだよ」
「私のせいなのか?」
「……すまん、俺のせいだ。水に流してくれ」
「じゃあ、ここの勘定で手打ちというのはどうだ?」
「……安く済まして貰えたのか、それとも体よく奢らされたのか、悩むところだな」
「結果として同じになれば、こちらとしては、どちらでも構わない」
「……まあ、お前は、な。いいよ。どうせ、安酒だしな。……ってお前、もう既にだいぶ飲んでないか? 一体どれだけ飲んだ? それほどまでに酔いが回ってるなんて、一時間や二時間じゃ効かないだろう、お前の場合」
ジェレミーは顔を引きつらせた。
「心配するな。これは、ここへ来る前に飲んだんだ。……そんなに顔に出てるか?」
「出てるよ。その顔で車の運転なんかしやがったら、違反切符切ってやる」
「……お前は交通課じゃないだろう?」
「安心しろ。交通課の美人を呼んでやる。切符を切るついでに、美人も拝めて最高だろう?」
「……切符を切られるだけで、罰金免除してもらえるんなら、それでも良いけど、当然免除はされないんだろう? それに、車の運転はしてないから安心してくれ。お前に車で来るなと言ったのに、私が車に乗って来たんじゃ意味がない」
「随分気を遣ってるんだな。……で、さっきから本題に入るのを待ってるんだが、いつになったら始まるんだ?」
「それは、ジェレミーが女に振られた話とか、交通課の美人の話ばかりするからだろう?」
「俺のせいだとでも言う気か?」
「違うのか?」
ジェレミーは絶句した。その様子があまりに気の毒だったので、私は素直に謝った。
「嘘だ、すまない。私が悪かった。許してもらえるか?」
「許さないわけにいかないだろう。それで、どういう事情で、俺に一体何をさせる気だ?」
「ここでは人目がありすぎる。場所を移さないか?」
と、私は持ちかけ、
「いいだろう」
と、ジェレミーは頷いた。そこで一緒に立ち上がり、勘定を済ませて店を出た。
『クォート』は『1/4』から付けました。
屁理屈メガネ VS 1/4年毎に女に振られる女たらしの親友な話。
ジェレミーの言動はどことなく仕事モードでない時の旦那に似てる気がします。ちなみに仕事の時は別人格のような態度なので、妻は何度見ても慣れる事ができません。もしやクローンかコピーロボットなのではないだろうかと時折思います。本人に言ったら半殺し(?)にされそうですが。