第六十五話 無駄
「これからどうする?」
ラダーが仏頂面で言った。
「さて、どうしようか」
私が頷くと、ラダーは嫌そうな顔をした。
「また谷崎のオッサンの迎えを待つなんて言われたら、俺はキレるぜ?」
「嫌なのか?」
訊くと、ラダーは深いため息をついた。
「状況考えろよ? これ以上、誰かの助けを待って無駄に時間を過ごす暇があるなら、自分で動いた方が早いと思わねぇ? 逃げるだけなら、まだ可能性はある。俺は嫌だぜ。何もせず、理由も良く判らないまま、抵抗もせずに殺されたり危害受けたりするのはな。黙って他人の助けを求める性分じゃない。悪あがきでも、何もしないよりマシだ。俺はあんたほど諦め良くないんだ」
苦虫を噛み潰した顔でラダーは言った。
「……ラダー」
「なんだ?」
「いざとなったら、お前一人でも逃げろ。お前だけなら逃げられるだろう」
ラダーは現在の技術力ではほとんど無敵のロボットなのだから。
「はぁ?」
ラダーは眉間に深い皺を寄せ、嫌そうな顔で私を睨み付けた。
「おい、リック、あんたふざけてんのか?」
「どういう意味だ」
「あんたを見捨てる気なら、最初から助けたりしねぇんだよ。本当ふざけんな。やっても良いなら、マジに殴り殺してやりてぇよ。あんた、本当に人の話を聞かない男だな。俺がなんでこんなに腹立てなきゃならないんだよ。あんたはいけしゃあしゃあとシラケた顔してやがるのに。本当ムカつく」
ラダーは苛々と吐き捨てた。
「すまん」
私は頭を下げて謝る。彼が何を怒っているのかいまいち良く理解できなかったが、私の言動に腹を立てていることだけは間違いなかったから。
「意味も判ってねぇくせに謝るな!」
ラダーに怒鳴りつけられた。
「申し訳ない」
「……あー、もう、良いよ。あんたが信じらんねーバカなのは良く判った。もうあんたには何も期待しねぇよ。言葉を喋って俺より年上に見える分、すげー質悪いけど、仕方ねぇもんな。何を言ってもムダだし」
「無駄?」
「そうだろ。だからもう良いよ。あんたがどうでも良いと思ってる事を、俺一人グチグチ言ってんの、自分でも嫌になってきたからな」
そう言ってラダーはため息をついた。
「私のせいなのか?」
「だから、もう良いって。ところで、俺は体力ありあまってて健康だから平気だけど、あんた休まなくて大丈夫なのか、リック。あんまり体力ある方じゃないだろ。しょっちゅう青い顔して」
「……私はそういうイメージなのか?」
「少なくとも、筋骨逞しいとか、頑健だとか、健康優良なんてのには縁遠いだろ?」
「それなりに健康だと思っているのだが」
「……誰もそうは思わねぇよ。大酒飲みで、アル中で、ブランデーオタクだし。だから、研究室の連中だってあんたを心配してんじゃねぇか」
「別にアルコール中毒ではないぞ」
「あんたのは尋常じゃない飲み方なんだよ。肝臓かすい臓壊しても知らねぇぞ」
「安心しろ。それなりに節制はしている」
「……嘘くせぇよ」
ラダーの言葉にため息をついた。
「とりあえず距離をある程度稼いだら、何処かで仮眠取って、朝になったらアシを確保しようぜ。無理は禁物だぜ、イイトシなんだから」
「……お前に比べたら、軟弱に見えるだろうが、そもそもお前を比較対象にすること事態間違ってる気がするぞ。お前より体力・筋力・身体能力がある人間なんて、この世にいないだろう」
「ひでぇな。俺は化物かよ?」
一瞬ギクリとした。慌てて取り繕おうとしたが、私の動揺を即座に感知したラダーが、白い目で私を見た。
「……うっわ、そういう目で俺を見てたのかよ。ひっでー。俺はこう見えてナイーブなんだぜ?」
「知っている。すまん」
「そこで本気で謝られる方がダメージでかくて凹むんだけど!」
ラダーはムッとして強い口調で言った。
「……すまん」
どう言えば良いのか判らない。ついまた謝ってしまった。
「……も、良いよ。ヒーローでも化物でも。深く考えねーことにする。ムカつくから」
「すまん」
「だから謝るなって! 本当、俺の神経逆撫でするのが得意だな。とりあえず過度の期待されなきゃどうだって良いよ。本当はどうだって良くないけど、我慢する」
「……迷惑かけている」
「そう思うなら、自重しろよ。あんたの言動は、滅茶苦茶で無謀でとんでもねぇよ。そのくせ本人だけは平然としてるんだから、腹立てるだけ損した気分になる」
「すまん」
謝ると、ラダーは無言で私を見た。
「次に謝ったりしたら、死なない程度に首を絞めて気絶させてやる」
本気の目つきだった。
そろそろクライマックス近くなってきました。
次回アクションあり。
やたらカースに力入っているのは、お気に入りキャラだからです。
主人公は実はあまり好きになれないので、眼鏡キャラにしてみました(眼鏡好きなので、少しは愛着わくだろうと期待して)。
しかし、やたら言動がオッサンくさいので、時折どうしたもんかなと思います(そういうキャラに設定したからですが)。
谷崎の性格についてはほとんど趣味な気がします。
谷崎とライオネルのコンビは、エリックとカースのやり取りの次に、書いてて楽しいです。
ところでジェレミー可哀想だなと最近思っています(出番ない)。
恋愛要素は非常に薄いですが、メインではなく付加的ですが一応多少はあります。
研究室メンバーも誰と誰が、とか考えて書いています。
その辺の話はまだまだ先になりますが。