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孤高の天才  作者: 深水晶
第三部 波瀾の幕開け
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第六十四話 はったり

 注意深く観察したところ、さすがにラダーのように硝煙云々は判らないが、確かに、コート越しに銃でポイントされているような気がする。が、言われなければ、そうは思わなかっただろう。

 ラダーは恐くて目をそらせないと言ったが、私は彼ほど鋭い感知・認識能力はなく、この場の正確な状況も把握できなかったし、何より鈍感な質だったので、平静なまま近付くことができた。男は呼吸くらいはしているだろうが、ピクリとも動かない。顔も無表情だ。

「出エジプト記の二十一章十二節は覚えているか?」

 私の言葉に、男は眉をピクリと動かした。

「聖書を見て答えるのは駄目だ。あなたがそれに答えられないのならば、私の勘違いだ。あなたは私の待ち合わせ相手ではない。その場合は非礼を謝罪する」

 私の特技は、強心臓と面の皮の厚さと感情表現の乏しい顔だ。それらは、嘘やでまかせ、はったり等と組み合わさると、相手のペースを崩し、自分のペースに巻き込むのに、とても役立つ。

「……大変申し訳ないが、合言葉を忘れてしまった。だが、私は確かに、タニザキの迎えの者だ」

 確実さを求めるのならば、この男は、私達を、目が合う前、店から出た直後に、撃つべきだった。

 男の発言から、判ることは三点ある。一に、私達が谷崎と通じていることを知っている。二に、私と谷崎の間で合言葉の取り決めなどなかったことを知らない。三に、この場で射殺せずに、何処かへ連れ出そうとしているということだ。

 これらはラダーの言う事を信じ、この男が本来の迎えの男を射殺したならば、という前提の話だ。そうでなければ、大変な誤解・勘違いということになってしまう。だから、まずは一つ確認する。

「ならば、銃口を向けるのはやめてくれないか。連れが脅えている」

 やんわりと、穏やかな笑みを浮かべながら言う。

「それとも谷崎は、私たちを射殺、あるいは銃で脅すように、君に命令したのかな?」

 まるで幼い子供を優しくあやすように、畳み掛けるように、微笑みながら、相手に行動を促すように、ゆっくりと言う。

「それとも、初対面で銃を向けるような人間についていくようなお人好しがいると思っているのかね?」

 これで相手が反応してくれれば、相手が銃をポイントしているかどうか、確認できる。誤りならば、せいぜい赤っ恥をかくだけだ。大した反応が得られなかったとしても、私は相手が嘘を言えば判る自信があった。とはいえそう思う根拠は特にない。あえて言うならば勘だ。

 私の言葉に、男は虚を突かれたような呆然とした表情で、私を見つめている。どうやら彼は動揺しているらしかった。おそらくプロではないか、場数を踏んでいないのだろう。良かった、と胸を撫で下ろす。だが、これだけでは判断のしようがない。何か一言で良いから話してくれれば判る気がするのだが。

「すまなかった」

 男はそう言って、懐から手を出した。

「こちらもあなた方が本物だという確証が取れない限りは、警戒が必要なのでね。失礼した」

 と、男は言った。

「移動は車なのか?」

 と尋ねると、男は頷き、

「裏に停めてある。他の仲間もそこにいる」

 と答えた。私はちらりとラダーを見た。ラダーは厳しい表情を崩さない。という事はまだ安全は確保できていないという事だろうか。

「何処へ行くんだ?」

「それは車の中で話そう。ここでは危険だ」

 私は辺りをそっと見回す。

「監視の目があるとでも?」

「その可能性はある」

 男は低く答える。

「……ところで」

 私はにっこりと微笑み、告げる。

「君はいったい何者だ? 誰の使いでここに来た?」

「……どういう意味だ?」

 男はいぶかしげに眉をひそめる。私はことさらゆっくり、穏やかな口調で、意味ありげに悠然と告げた。

「我々と谷崎との間には、合い言葉の取り決めなどは一切ない。なのに、君はどうしてそのことを知らないんだ?」

 その瞬間、男の表情が変わった。男が自分の懐に手を入れようとした時、ラダーが素早く男の胸元に飛び込み、男の腕を掴み、鳩尾を膝で蹴りつけ、背中へねじり上げ、気絶させた。

「……っ!!」

 ラダーに目線で促され、男の懐を探ると、そこには革製のホルダーで吊られた無骨な拳銃があった。それを見た瞬間、一気に冷たい汗がふき出した。

「……本当にあるとはな」

 汗を拭いながら言うと、ラダーは舌打ちした。

「信じてなかったのかよ」

「すまない。半信半疑だった」

 謝罪と共に頭を下げると、ラダーは顔をしかめたが、何も言わずに溜息をついた。

「……とにかくすぐにここを離れようぜ。心臓に悪い。寿命が縮みそうだ。特にあんたのせいでな」

 ラダーの言葉に私は首を傾げる。

「私のせいか?」

「当たり前だろ。あんたの心臓には毛が生えてて気にならないだろうけど、俺の心臓はヤワなんだよ。あんたに付き合ってたら、どれだけ寿命や幸運があっても足りないよ」

「では神の加護を期待しよう」

「そんなもんで足りるもんか。そいつに悪魔の慈悲を加えたってまだ足りない」

 私は苦笑した。

「それではさっさと逃げるとしようか」

「言われなくてもそうするさ」

 そう言って、ラダーは男の懐を探り、他に何か持っていないか確認する。大ぶりなナイフを見つけて、顔をしかめた。

「おい、リック。あんた、俺が助けなかったら、これで刺されるところだったぜ」

「お前が助けてくれただろう」

「……それを期待してあんな事したのか?」

「いいや。実はあまり考えなかった」

 私の言葉に、ラダーは顔をくしゃくしゃに歪めた。

「……見捨てられるもんなら、あんたを見捨ててとっとと逃げたいよ」

 ラダーは呻くようにそう言った。

というわけでmixi公開分を一気にUPしました。

暫く更新停滞します。

ってヤなところで終わってますが。

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