第六十一話 プレーティズ
そのレストランの名は「プレーティズ」。フランチャイズチェーンであり、個々の店舗は各々の経営者が本部に対しロイヤリティーや出資金を支払うことによりノウハウやマニュアルの提供・アドバイザーの指導を受けて経営され、本店のみが本部直営となっている。
プレーティズはかつて義父が経営していたレストランだった。システム、ノウハウやマニュアルなどはほぼそのまま、経営者が変わり、店舗の内装や店名が変わった他は以前と同じ場所にまだ残っていた。以前にこの店に来たのは学生時代で、十年以上前のことだ。街並みはすっかり変わってしまい、まるで見知らぬ場所のようだ。元々馴染みの店とは言い難かったから、変わってしまったことに対する感慨というのはあるようでない。見知らぬ店のようだという感想は、むしろ救いに近いと思った。それでも、記憶は勝手に蘇り、現在のそれと比較する。
「まだあったんだな」
「……言い出しっぺにそれ言われるのって、同行者としては非常に微妙なんだけどな、リック」
「微妙?」
「あんたの感情は読みにくいからな。あって良かったのか、その逆なのか、それともそれ以外に何かあるのか、脅えるだろう?」
「いや、単に久しぶりに来たので少々感慨に耽っていたのだ」
「感慨?」
「以前この店に来た時は義父は存命していたからな」
「そうだったのか。……懐かしい?」
「いや、あの頃の面影は全くないからな。懐かしいとは全く思わない」
「……そうか」
ラダーは複雑そうな表情で首を振った。何故か唇が引きつっている。私がじっと見つめていると、彼は目をそらし、店を見た。
「とにかく早く中に入ろうぜ。腹減ってるんだろう?」
「そうだな」
頷き、共に店内へ入った。店の中も外もすっかり変わったらしいというのは、ジェレミーから聞いて知っていたのだが、実際に目で見ると、本当に面影一つ残っておらず、最後に来てから何年も経過したために、全く知らない店のように見えた。もしかしたら、改装直後に来てもそういう印象しか持たなかったかもしれない。とすると、これまで一度も足を向けようとしなかったのは、身構え過ぎだった。たぶんそんなに深刻に考えたり、囚われたりする必要はなかったのだろう。
店員に席に案内されて座ると、ラダーは早速メニューを開いた。
「うわ。何このメニュー。な、なんかやたら種類が多くないか?」
「さまざまな客のニーズに応えられなければ、採算が取れないからな。バリエーションが豊富、しかし経費をおさえて低価格で、誰にでもほどほどにうまい、どんなニーズにも対応し、温かい料理を速やかに出す、のがコンセプトだ」
「やけに詳しいな。常連だったのか?」
「いや、三回しか食事したことはない。ああ、でもこの店がまだ普通のレストランだった頃にはもっと来たはずだな」
「待てよ。それ、何年前の話だ?」
「さて、何年前だったかな。たぶん二十年以上前か。それ以降は、八年ほど前の改装前に来たきりだ」
「そんなに長くあるのか。じゃあ、改装前の店とかに、思い入れがあるのか?」
「別にそういうわけじゃない。思い出は多少ないこともないが。ところで注文は決まったか?」
「あ、いや、まだだ」
「私はタコとトマトのリゾットにする。決まったら注文しておいてくれ。ちょっと電話して来る」
「了解」
私は立ち上がった。さて電話はどこだっただろう。入った時に見かけた気がする。会計カウンターの近辺だったかな、と思う。
電話は会計カウンターの斜め向かいの隅にあった。弁護士谷崎へ電話をかける。
ワンコールで、相手が受話器を取る。
「はい、谷崎です」
本人だ。
「ジーンハイムです」
そう告げた途端、谷崎は良かった、と声を漏らした。
「今、何処にいるのですか? 怪我はありませんか? すぐに迎えの車を回します」
「ご心配おかけしてすみません。我々二人とも無事です。不運なことに、鉢合わせしてしまったので」
「ええ、こちらでも把握しています。ですから、非常に心配していました。今は何処にいらっしゃるのですか?」
「父の店です」
「え?」
「私の過去は調べたのでしょう? ならば、店の名を言わずとも、ご存じなのでは?」
「……判りました。では、後ほど」
「これから食事なので、ゆっくりでかまいません」
そう言ってから、ふと、先ほどガソリンスタンドでラダーが言った、迎えの確認方法という言葉を思い出した。
「ところで、谷崎さん。念のため、あなたの迎えだと確認する方法があった方が良いのではないかと思うのですが」
「……ああ。言われてみればそうですね。では、迎えの者には、聖書を持たせてあなたのいらっしゃる店の近くに立たせましょう。……いかがですか?」
「判りました。では、お手数おかけしますが、お願いいたします」
「いえ。また、後ほどお会いしましょう。くれぐれも、お気を付けて」
「はい。お心遣いありがとうございます。では、失礼いたします」
通話を切った。




