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孤高の天才  作者: 深水晶
第三部 波瀾の幕開け
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第六十話 ユーナシェン

 私はこの辺りの地理は全く良く判らなかったが、ラダーは迷いなく歩いている。

「ラダー、お前はこの辺りの地理は詳しいのか?」

「いや、全く。初めてだ」

 なんだって!? 愕然とする。

「ただ、道路地図は見たことはある」

 その台詞に安堵した。

「そうか。ではその記憶を頼りに歩いているのだな?」

「残念ながら俺が見た道路地図には大きな目印にならない店舗や施設、細い路地などの情報は記載されていなかった」

「……え?」

「だから、今それに新たに視覚で得た情報を補完して、予測を立てている」

「どういう予測だ?」

「宿泊施設は、主要幹線道路や駅などに近い場所が多い。歓楽街もな。ここからアルストンまでは車で二十分、モノレールで待ち時間無しなら五〜十分の距離だが、近くに駅は無いから、直接アルストンへ向かった方が早い。とりあえず宿泊施設が見つからなきゃ、バーとかでも良い。とにかくまだ営業していて、客の多い店だ。あんたもそういう店探してくれないか? で、谷崎に連絡取りたきゃ取れば良い」

「そうだ、迎えの方はどうしただろう」

「知らねぇよ。そこまでフォローできないぜ。プロなのか、そいつら」

「知らないが、おそらくは」

「なら、心配すんな。俺たちより上手く立ち回るだろう?」

 それもそうだ、と思った。

「だが、連絡は入れた方が良いだろうな。心配や迷惑をかけるわけにはいかない」

「あんたが常々、誰に対してもそう考えていてくれると助かると思うよ」

「つまり、そうではないという意味か?」

「そういうこと。あんたは谷崎以外に頼れる人間はいないのか?」

「いないことは無いが、巻き込みたくない」

 ジェレミーはきっと怒るだろうが。

「俺は巻き込んでも良いのかよ?」

「いいや、良くない。実を言えば、一番巻き込みたくなかったのは、お前だ」

「……迷惑なのかよ?」

「迷惑などとは言っていない。ただ、私はお前を守ってやりたいと思っていたから……」

「ってことは、あんたがあの物騒な連中に絡まれてた原因は、まさか俺か? 俺があんたにした話のせいでこんなことになってるとか言わないよな?」

「…………」

 一瞬、返事をしそこねた。

「……マジかよ。それでどうしてあんたは俺を責めないんだ? どうして俺のせいだって言わないんだよ!」

「……お前のせいではない。誰に問題があるとか、誰の責任ということでもない。あえて言うなら、黒幕というのがいるなら、その人間のせいだと思う」

 ルグランのせいだ、とするのはあまりにも私情が入りすぎているだろう、と思うから。谷崎の目的は真相解明なのだろうが、私の目的は私が大事だと思っているものを守ることだ。私情が入っているので、ついでにルグランが悪者ならば良いと感じているが、正直彼が根っからの犯罪者でなければ良いと思っている。別にそれは彼のことを思ってではない。自分の身近に犯罪者が、普通の顔をして存在していたら不快だからだ。なるべくそういう人種は、自分から遠いところ、例えばゴードン兄弟のように、存在はするらしいが、自分の日常には遠い、夢か幻のような存在であって欲しい。つまり、犯罪は日常ではなくダークサイドとでも呼ぶべき、一般人には関わりのない社会でのみ存在していて欲しいという願望だ。が、もし現実にそうであれば、警察は必要ないし、被害届けや告訴を出す人間も存在しない。願望や幻想を、現実と同一視してはならない。それは理解しているつもりだが、たぶん私はいまだに根性は据わっておらず、覚悟は出来ていないのだろう。自分の日常や常識が変化してしまうのが恐いのだ。例えば、銃撃戦とか。

「あのさ、さっきから疑問に思ってることなんだけどさ、リック。あんたの方こそ、こういうことに慣れているのか?」

「まさか、そんなことはない」

「そうか。けどさ、妙に落ち着き払って平然としているように見えるぜ? 俺は本当に、あんたって男が理解不能だよ。どうしようもなく打たれ弱くて、運動神経悪くて、ぼーっとしていて、そのくせ妙に肝は据わってる。頼りがいがあるのかないのか、頭が良いのか悪いのか、さっぱりだ。何か考えがあるのか、それとも何も考えてないのか、一体どっちなんだ?」

「……そう言えば」

「な、なんだ? 何か思いついたのか?」

「いや、夕食を食べ忘れたなと思って。ラダーは食べたか?」

 そう言うと、ラダーは一瞬固まった。

「ゆ、夕食? ……あ、いや食べてないけど、そんなのすっかり忘れてたよ。言われてみると、腹が空いてきたような気がするけどさ。あんた、余裕だな」

「そういうわけじゃない。ただ、考え事をするなら、食べてからの方がまとまりやすいかと思ってな。集中力を高めたいなら、腹を満たす前の方が良いが、疲れている時は効率が悪いからな」

「……食べてからの方がうまいアイディアが思いつけるってこと?」

「本当は、多少空腹である方が、考えごとをするには最適だと思うが、人間食べ物や飲み物のことを考えている時は、それ以外のことを考えるのは苦痛だ。たぶん、生きるのにそれが必要不可欠だからだろう。空腹時に食べず、喉が渇いた時に飲まずにいたら、死にかねないからな」

「で、何か考えてるのか? リック」

「いいや、残念ながら、何も考えていない。が、とりあえずどこかで食事をしないか?」

「き、緊張感のない男だな!! あんたってやつは!! く、くそ!! き、期待して損した!! やっぱり俺一人で対策を考えないとダメなのかよ!! そういうの苦手なのに!!」

「……苦手なのか?」

「苦手だよ。何も考えずに動いた方が楽だ。俺、はっきり言って頭悪いんだよ。記憶力と専門以外はさっぱりなんだ」

「お前の専門というのは何だ? 言語も苦手だと言っていたな」

「……リック。あんたいまだに俺の経歴見てないだろ?」

 ぎくりとした。

「いや、別に良いけどな。今更だし。もう諦めた。……一応専門は工学と物理だよ。あと数学全般が得意だ」

「それじゃうちのチームじゃない方が良かったんじゃないか?」

「あ、あんた今更俺を追い出す気か!?」

「まさか。ただ、工学と物理は、うちにはあまり関係ないからな。数学はプログラミングする際には理解出来ていた方が判りやすいとは思うが」

「なんだよ。俺はお呼びじゃないと言われてるのか?」

「何故そんなことを言うんだ? 勿体ないと思っているだけだ。本当に私のところで良かったのか?」

「……あんたのところが良かったんだよ。来て良かったとも思ってる。上司であるあんたがそういう性格なのは、少々まいってるけどな。っていうか本当、俺を本気で追い出そうという気がないなら、そういう言い方はやめてくれ」

「すまん」

「別に謝って欲しいとは思わねぇよ。困ったことに、まいってるし弱ってるけど、嫌だとは思ってないし。まあ、あんたがもうちょっと頼りになる男だと、もっと楽で、尊敬できたかなと思うけど」

「……私は尊敬できないと言われてるのか?」

「全く尊敬してないってことは無いよ。すごいなと思ってる部分はある。ただ、あんたは呆れるくらいどうしようもないところもあるからな。修行不足の俺には、荷が重すぎるよ。けど、なるべく頑張ってあんたを助けてやりたいとは思ってるよ。それに、これが俺のせいなら他人事じゃない」

「待て、ラダー。それはいかん。今回の事は私の不注意だ。お前には関係ない。お前はおとなしくしていてくれ」

「今更そういう事を言うのかよ? それに俺には関係ないって?」

「ああ、無関係だ。だから気にするな」

「……そう言ってまたこういう事をしでかす気か?」

「しない。自分の迂濶さにはつくづく反省したからな」

「あんたは、俺を信用していないのか? それとも子供扱いしてるのか?」

「そんなことはない」

「じゃあ、何で? あんたいまだに、俺に詳しい理由や説明してないんたぜ?」

「お前のことが好きだよ、ラダー。だから絶対教えない。そういう期待はするな」

「……そ、そりゃひどくないか? リック」

「お前がどう思おうと、私には関係ない。悪かったな、ラダー。これから先は私に任せてくれ。この辺りの地理には疎いから、多少お前の力は借りたいと思うが、何とかしよう」

「ほ、本気かよ?」

「うむ。やる気のない怠惰な態度ですまなかった、ラダー。反省した」

「…………」

 ラダーは困惑の表情をしている。

「まず、ここは一体どこだ?」

「アルストンから離れた隣の街ユーナシェンの東街区の外れだ。」

「ああ、ユーナシェンなのか」

「知っているのか?」

「ああ、うちに入れているスーパーコンピューターを入れた業者の営業所がある。行ったことは無いがな」

「なんだよ。それ知ってる内に入るのか?」

「さして参考にはならないが、多少は心当たりがなくもない」

「どういう意味だ?」

「ラダー、モノレールはどちらの方角だ?」

「こっから南の方角だよ。途中まで主要幹線は外して、多少内陸寄りの道を走って来たからな。けど、近隣に駅はない。さっきのガソリンスタンドは国道だ。現在地点から南に二本下った道を東に進むとある」

「そうか。するともう1本北に大通りがあるはずだな」

「ああ、あるよ」

「たぶんそこに二十四時間営業のレストランがあるはずだ」

「そんなものがあるのか? 夜中や早朝なんか、誰も行かないだろう、そんなところ」

「ラダー、お前はその手の店に行ったことがないのか? カルディックにもあるはずだぞ?」

「悪かったな。俺は世間知らずなんだよ」

「そうか、すまなかった」

「……別に良いけどさ。じゃあ、そこに行けば良いんだな」

「ああ。潰れてなければまだあるはずだ」

「不安になるようなこと言うなよ」

 ラダーはぼやいた。

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