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孤高の天才  作者: 深水晶
第三部 波瀾の幕開け
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第五十七話 小休憩

 呆然とする私に、バイクに跨った男――カース・ケイム=リヤオス=アレル・ドーン=ラダー――は怒鳴りつける。

「ちったぁ、俺の苦労を判ってくれよ!! 俺は万能じゃないんだぜ!!」

 そう言いながら、彼は私の方へバイクごと突っ込んで来る。

「!?」

 ギリギリで私の傍らをかすめ去り、私たちを取り囲もうとした男たちを追い払い、あるいは死なない程度になぎ倒し、戻って来るとキィッと音を立てて私の傍らに停車し、低い声で、

「乗れ」

 と言った。慌ててバイクに跨ろうとした瞬間、ラダーは私を不意に突き飛ばした。遅れて耳に届く銃声。バイクは倒れ、私はラダーに覆い被さられた状態で地面に倒され、腰や背中をしたたかに打った。次の瞬間、ラダーは跳ね起き、

「アッタマ来た!」

 と叫ぶと、倒れたバイクを引き起こし、銃を撃った男を追い回し、バイクで跳ね飛ばした。

「ラ、ラダー!?」

 ヘルメットで表情は判らないが、たぶん間違いなく目の色が変わっている。相手が武器を持っていようが、いなかろうが、周辺に立っている男は全て倒れるまでバイクで追い回し、殴り、蹴る。

「や、やり過ぎだ!!」

 私は思わず悲鳴を上げた。いつの間にかルグランと車椅子の男は消えており、辺りは黒服だけになっていた。が、全く容赦も手加減もないラダーに、次第に距離を置きつつあった。

「もう、その辺にしておけ!! 危険だ!!」

 私が悲鳴のような声を上げると、ラダーはぼやいた。

「誰のせいだと思ってるんだ」

 しかし、私の近くに車体を止めて、もう一度言う。

「さっさと乗れよ」

 私は一も二もなくそれに従う。

「ちょっと荒っぽくなるから、しっかり掴まっておけよ、リック」

「判った」

 ちょっぴりほっとしながら、頷いた。私がこわごわ腕を回し掴まると、ラダーはバイクを発進させた。激しく車体を振りながらの蛇行運転に血の気を失いそうになりながら、必死に掴まり、スピードと動きに耐えられずに、両目をぎゅっと瞑った。頭がクラクラする。ある程度の距離をそうやって蛇行したが、途中でラダーは直進に切り替えた。私はほっと息をつく。ラダーはしかし、スピードは緩めない。何も言わない。真っ直ぐに走り続ける。ラダーは未だ緊張を解いてはいない。彼が今、何を考えているのか、まるで読めなかった。シェイルガルム駅周辺を通ったが、ラダーは素通りする。途中でどうやらこれはアルストンに向かっているらしいと気付いたが、ラダーは途中で道を折れ、ガソリンスタンドに寄った。

「俺はガソリンを補充するから、その間に中に入って珈琲でも飲んでいてくれ」

「ラダー、どうして……」

 私が言いかけると、ラダーはヘルメットを外し、大きな溜め息をついた。

「別に感謝してくれとか、親切の押売とかはしないけどな。もうちょっとこう、何か別の言葉があるんじゃないかって……あぁ、くそ。愚痴か」

 思わず赤面した。

「す、すまない。助かった」

「もう別に良いよ。なんか俺が無理矢理言わせたっぽいし」

「いや、本当に助かった。お前がいなかったら、どうなっていたかと思うと恐ろしい。絶対私一人では切り抜けられなかった」

「だったら迂濶にそうなるような事すんな」

 ラダーは吐き捨てるように言った。

「本当にすまない」

 私が頭を下げてそう言うと、ラダーはグシャグシャと自分の髪を掻き乱した。

「ああ、もう、クソ。あんたがバカなのは良く判った。あんた、本当すっげーバカ。救いがたいバカ。信じらんねぇバカ。バカバカしくって本当呆れるくらいの超絶バカ。……畜生、どうして俺がこんな思いしなくちゃならねぇんだ。おい、あんた、リック。俺の話聞いてるか?」

「聞いてはいるが……何が言いたいのかは、さっぱり判らない」

「だぁっ! クソ、このバカ。俺はあんたに怒ってんだよ!」

「そうなのか? しかし何故だ?」

「何故もクソもねぇだろ、バカ! 俺の脳神経ぶっちギレさせる気か? 怒りすぎてショートしそうだぜ、クソっ。あぁ、もう、考えるな。あんたは何も考えない方が良い。そういうのは後回しにして、とりあえず俺の用事が済むまで、おとなしく珈琲飲んで待っててくれ。何かあれば、すぐに助けを呼べ。たぶん大丈夫だと思うけど、絶対という保証はないからな。とりあえず俺はガソリン入れるし、頭もちょっと冷やしたいからあっち行ってろ。俺は今、あんたを殴り倒して気絶させてやりたい気持ちでいっぱいなんだ」

 気絶させられては困るので、素直に従った。だが私にはちっとも判らない事だらけだ。

 ラダーの出現した理由もだが、ルグランの目的、車椅子の男の正体、それからその目的。ここで一人考えあぐねていても答えは出ない。出ないと判っているのだが……。

「何をぼんやり突っ立ってるんだ?」

 呆れたようなラダーの声が降って来た。ラダーは私が手にしたままの紙カップを覗き込んだ。

「冷めてるだろ、その珈琲。それともまずくて口に合わなかった?」

「……別にそういうわけではない」

 私が言うと、ラダーは肩をすくめた。

「どうだかな。あんた、意外と贅沢で我が儘だし。ま、飲みたくなけりゃ、無理して飲む必要ねぇよ。悪かったな、こんなとこで」

 そう言うと、ラダーはひょいと私の手の中から紙カップを取り上げ、一息に飲み干した。

「……あ」

「ま、いいや。さっさと行こうぜ」

「……行くって何処へだ?」

「あ? 決まってんだろ、寮に。他に何処へ行くってんだよ?」

「ライオネルと約束があるんだが……」

「約束? やめとけよ。大体、あんた、約束あるなら、なんであんなとこであんな事してんだよ? 断りの連絡入れるなら、ここでしておけよ。俺は待ってるから」

「いや、しかし……」

「しかしもクソもねぇよ。あんた、自分の立場判ってる? それ以上つべこべ抜かしたら、マジでぶん殴って気絶させるぞ」

「……判った。言う通りにする」

「そうしてくれ」

 私は渋々ながら、教えて貰ったライオネルの自宅に電話した。ライオネルは快く了承してくれた。

[じゃあ、また、その内来てくださいね]

「大変申し訳ない。連絡も遅くなってしまったし」

[いいですよ。そんなこと。気にしないでください。僕、エリック兄さんに何か良くないことでもあったんじゃないかと、冷や冷やしてましたから。無事だと判れば十分です。本当に良かったですよ〜]

 既に十分何かあった、とは彼にはとても言えない。

「……そうか。では、また連絡する」

[はい。待ってます。じゃあ、おやすみなさい]

「おやすみ、ライオネル」

 そうして電話を切った。ラダーは無言でヘルメットを被った。

「ラダー」

「……話は後にしようぜ。まだ油断できない」

「…………」

 寮ならば安心できるのだろうか。それはまだ良く判らなかった。敵の正体も、その目的も、未だ良く判っていなかった。私の名も正体も、あそこにルグランがいたからには、当然知られているだろう。もしかしたら、ラダーのことだって。

「……ラダー、話を聞いてくれ」

「何だ?」

「……とりあえず、谷崎氏のところへ行こう。彼に連絡を取る」

「何故だ?」

 問われて、一瞬言葉に詰まるが、しかしとにかくここは、寮へ戻るより安全だと思われる。無論、谷崎氏には迷惑をかけることになるが。

「……念のためだ。私が脅えているからというのは、理由になるか?」

「脅えて? ……の割には言葉は流暢だな。まあ、良い。あのオッサンを頼るのはあんまり良い気分じゃないが、あんたがそうしたいって言うなら、そうするさ。俺じゃ信用できないんだろ?」

「そういうわけじゃない」

「……まあ、そういう事にしておくさ。でも、俺は黙って傍観したり、席を外せと言われても、もう素直に従ったりしないぜ。十分過ぎるほど巻き込まれてるんだからな」

「…………」

「あんたと谷崎が俺に何を隠してるのか知らないけど、俺はもうこんな思いをするのはこりごりだぜ。心臓が潰れちまうかと思った。……あんたさ、本当、打たれ弱くて、だらしがねぇんだから、その辺きっちり自覚しろよ。な?」

「…………」

「谷崎のオッサンに連絡するんだろ? するならさっさとしろよ。待っててやるから。でも、これ以上は譲歩しないからな」

「……すまない、ラダー」

 そう言って、私は公衆電話の受話器を取り、谷崎氏の自宅へとかけた。

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