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孤高の天才  作者: 深水晶
第三部 波瀾の幕開け
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第五十四話 リカルド(二)

「そんなに心配そうに見つめないでくださいよ。深刻な話じゃありませんから」

「だが、住む部屋を確保しないと大変だろう?」

「そりゃ、どうにかなりますってば。俺も子供じゃないですし」

「毎晩のように飲んでいるのか? ずっと」

「……いや。俺は元々酒好きですけどね。メシは抜いても、酒は毎晩欠かしません。だから心配するような事はありませんよ」

「悩み事があるんだろう?」

「そりゃまあ、無いと言ったら嘘になりますけど、別にエリックに言ってどうにかなるような問題じゃありませんし、覚悟決めてぶち当たってきますよ。……まあ、最初から結果は判ってるんで、今更落ち込んだりメゲたりしませんって」

「お前は、大丈夫なのか?」

 そう尋ねると、リカルドはにやりと笑った。

「大丈夫ですよ。心配いりません」

「……お前は、先週も『大丈夫』だと言ったな」

「…………」

 リカルドの表情が一瞬、固まった。

「……あの時は本当に『大丈夫』だったのか?」

 リカルドは暫く私の顔を真顔で見つめ、それから言った。

「大丈夫でしたよ。何をどうもって、『大丈夫』と表現すべきか判りませんが、俺自身のことでしたら、大丈夫、です」

「……たまには愚痴を言ったり、息抜きしたりした方が良いんだぞ? リカルド」

「息抜きだったら十分しましたよ。俺は、プライベートのストレスは仕事で解消するし、仕事のストレスはプライベートで解消するんです。気分の切り替えはきっちり出来てるし、仕事にもプライベートにも、無理なんかしないし、悪影響も出さないですよ。俺、結構タフで立ち直り早いですから」

「……本当に?」

 私の言葉に、リカルドは苦笑した。

「やだなぁ、エリック先輩。俺はそういう事で嘘は言いませんよ。まあ、単に俺が不甲斐ないというかバカで意気地がないだけの話ですから。きっちり振られる覚悟はもう出来ましたし、もういつバッサリ切られても平気ですよ。俺、こう見えても結構モテモテですから。余興の手品もバッチリですし」

「私に力になれる事はないのか?」

「今のところ無いですよ。あ、でも良さそうなアパートとか知ってたら教えていただけると有り難いですが」

「……そう言われてパッと思いつくところは無いが……時間を貰えるならば、人に聞いてみよう」

「そう言っていただけると有り難いです。いや、本当、住むところに関しては、困ってますし。とにかく次の落ち着き先を決めない事には、荷物を運び出す事もできませんからねぇ。姉貴がモーテルやってるとか言いましたけど、雇われ者なんで、不動産関係への口利きとか全く無いんですよね」

 その時、ふと、シンプソン夫人のことを思い出した。彼女は確か、いくつかの不動産を持っているというような事を言っていなかっただろうか。

「……とにかく、できるだけ力になる。伝手は全部当たってみるよ。任せろとは言えないが、努力する」

「……有り難うございます、室長。……あ、いかん。すぐに慣れてる呼び名になってしまうな。……でもまあ、本当ご心配かけてすみません。あと、カースには『このおしゃべりめ!』と言っておいてください。まあ、口止めもしませんでしたけどね」

「私がここにいると迷惑か?」

「そんなことはありませんよ。……俺、あなたのこと、本当好きですし、尊敬してますし。寮に入るのも悪くないなと思いましたし。……けどまあ、逆にご迷惑になるといけないので、そこはその、立派な大人で社会人なわけですので、自己解決してから、ご報告しようかと」

「水臭い、と私が言うことは想定していなかったか?」

「……いや、室長は、そういうの、苦手でしょう? 大丈夫ですよ。なんとかなります。というか、なんとかしなきゃならないので。だから、室長こそ、無理とかしないでくださいね。うちの研究室は本当、室長がいなかったら、三日と保たずに崩壊しますから。ね?」

「……しかし、お前に倒られたら、私はとても困るのだが?」

 そう言うと、リカルドは一瞬目を瞠った。

「……え?」

「お前に今、抜けられたり倒れられたりしたら、アイクはどうなると思う? うちの研究室はちっとも余裕なんかないからな。一人でも欠けたら機能しない。私はいつもお前を頼りにしてるよ、リカルド」

「…………あ」

 リカルドは真っ赤な顔になって俯いた。

「……その」

「なんだ?」

「……すみませんでした。し、心配かけて。その、俺、別に水臭いとか信頼してないとかじゃなくて、その、室長に迷惑とか心配かけたくなくて。こんなの、どってことないですし、俺一人でどうにかなりますし。あの、でも、その……」

「私だけじゃない。皆、お前に期待しているし、頼りにしている。カースは確かにお前のことを心配していた。カースが教えてくれたから、私はこの店に来てお前と話をすることができた。……知っているか? シエラはお前のことを高く評価しているんだぞ? でもまあ、彼女はあの通りの性格だからな。悔しいから本人の前では言ってやらないと言っていた」

「シエラが?」

「ああ。お前のことを優秀だと言っていた。どうもシエラはプログラミングが苦手なことを気にしているらしい」

「そんなの。俺やロルフに任せておけば良いのに。だって、シエラだって、シエラにしかできない仕事が出来るし。俺は、シエラの細やかなアイディアとか、丁寧な企画書とか、好きですよ。口だけじゃないなと思いますし。ほら、時折いるじゃないですか。自分が女であることを武器にする女って。いざとなったら泣き落としですよ。そんなの仕事に関係ないじゃないですか。理論的じゃないし、おとなげないですよ。それに対してどうこう言うのもおとなげないとは思いますけど。……シエラの態度は時折ムカつきますけど、シエラは自分が女だってことは利用しませんしね。それに、誰が相手だろうと遠慮しないところも結構好きです。まあ、室長に対してだけは別格ですけどね」

「……いや、私は……」

「勿論判ってますって。俺もそういう意味でシエラのことは好きじゃないですし。傍目で見る分にはイイ女だなぁと思いますけど、一緒に仕事したり、恋人として付き合うのは別問題です。友人としてたまに飲みに付き合ったりとかなら、全然平気ですけど。なんかどうも、シエラには女を感じないんですよね。あれほど女っぽい女もいないと思うんですけど。色気がないというよりは、たぶんタイプじゃないって事だと思います。いや、勿体ないと時折思うことはありますが。ですから、室長の気持ちも良く判りますよ」

「……ラダーに、ちゃんと断った方が良いと言われたのだが、リカルドはどう思う?」

 そう尋ねると、リカルドは苦笑した。

「シエラにですか? どうかな。室長の場合、下手に口出すと藪蛇になっちゃうんじゃないかな。かえって押し切られて付き合うことになったりしたら、余計泥沼なんじゃないかと」

「……そんなに優柔不断に見えるか?」

「優柔不断というか、優しいんですよ、室長は。優しすぎるというか。シエラも判っているから、告白したりしないんだと思いますよ。あれはどう見てもただの憧れでしょう? シエラも意外とガキくさいところがあるから。あれは、別の男がシエラを女にしてやるっきゃ無いでしょう。まあ、俺は遠慮するので、どこか誰か、完全無欠の色男が現れてあいつの目を覚まさせてやるのが一番ですけど、ま、完全無欠の色男じゃかえって駄目でしょうね」

「……そうなのか?」

「シエラ、結構姉御肌で面倒見良いでしょう。だから逆に、だらしなく弱っちくて情けない方が、良いんじゃありません? まあ、相手の男が気の毒ですが。尻に敷かれること間違いなしですし」

「……悪い子ではないんだがな」

「ええ。あの口と態度が無ければ、口説いてもいいなと一瞬思いますよ。まあ、一瞬だけですぐ正気に返りますが」

「……シエラにばれたら、私もリカルドも叱られるな」

「大丈夫ですって。室長が暴露しなければ」

「じゃあ、この事は内緒だな」

「ええ。内緒です。……じゃあ、この話はもう打ち切りということで。今日は飲み明かしましょう」

「予定がなければYesと答えるところだったのだが、すまない、この後行くところがあるんだ」

「へえ? そりゃまた。美人を口説きにでも行くんですか?」

「そういう艶っぽい話じゃない。ただ、生き別れの兄弟というやつらしい」

「へ? 生き別れ?」

 リカルドは一瞬、きょとんとした。

「……では、週明け、また職場で会おう。それまでにアルコールは抜いておいてくれ」

「……ははは、大丈夫ですよ。じゃあ、また来週」

「ああ。では、ほどほどにな。じゃあ、リカルド。気を付けて」

「室長こそ。変な女に引っ掛からないでくださいね。シエラが嫉妬でヒステリーでも起こすと大変ですから」

「……その冗談はあまり笑えないぞ? リカルド」

「あー、そうですね。じゃあ、俺が悔しがるからということで」

「……何を言ってるんだ」

「そりゃもう、室長の貴重な女を口説く場面または、女に口説き倒される場面を見損ねた俺が地団駄を踏むと」

「……そうはならないと思うよ。そういうことがたまにあっても良いものだとは思うけれどね」

「……もしかして室長、女嫌いですか?」

「いや、そういう事はない。普通にちゃんと恋愛したこともある」

 片思いが恋愛の範疇に入るのならば。

「そうですか。そりゃ良かった。そのトシで浮いた噂の一つもないのって、多少問題ですからね」

「……問題なのか?」

「そんな深刻な問題でもないですけどね。でも、室長は役職付きですし、上役とかうるさく言われませんか?」

「どうかな。言われたことはまだ無いが」

「そうなんですか。じゃあ、別にアストじゃ妻帯しろとか言われないんですね。なら、俺も安心して独身生活をエンジョイできるってわけだ」

「研究者はたいがい結婚は遅い男が多いからな。たぶん、自分にとっての一番の比重がどこにあるかという問題だろう」

「室長はアイクを愛しちゃってますもんねぇ。自分の息子が生まれたらアイクって名付けそうなくらい」

「さすがに同じ名は付けないよ。どちらのアイクか混同したら困るじゃないか」

「あははっ。そりゃそうですね。じゃ、用事があるのに、面倒かけてすみませんでした。おやすみなさい、室長」

「ああ、おやすみ、リカルド」

 そうして私は店を出た。

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