第五十二話 兄弟
「どうします? このまま直接僕の家に来ますか?」
「実は、少々気になる事がある。だから、その用件を済ませた後でも構わないか?」
「別に構いませんよ。僕はずっとエリック兄さんのことを捜してたんです。忙しいなら、今日でなくても良いですよ。もう会えたんですから。会おうと思えばいつでも会えるのなら、それだけでとても素敵だと思いますよ」
「……そういうものか?」
「そうですよ。ずっと会いたいと思ってた人に会えたんですから。僕はジョーゼフ兄さんのことも好きでしたが、僕とジョーゼフ兄さんは正反対の性格で、ジョーゼフ兄さんは寡黙な人なんですが、人と話すことも、人の話を聞くことも、苦手というか嫌いというか、それどころか、人と──それが実の弟である僕であっても──顔や目線を合わせるのが苦手で、見られるのもイヤという人で、だからむしろ、ついたてとか扉とか壁越しか、電話の方が会話になる人だったんですよね。だから、相手の目や顔を見て話せるというのは、すごく素敵ですよ。僕は、ずっとテレビドラマや映画や小説なんかに出てくる『家族』とか『兄弟』とかに、憧れていましたから」
「…………」
きちんとした高等教育を受け、見るからにきちんとした家庭で生まれ育ったはずの青年が、そんなものに憧れを抱く家庭というものが、いかなるものであるのか、私にはまるで見当もつかなかった。目の前にいる青年ライオネルには、陰はない。むしろ幸福そうで、健やかそうだ。君に家族や兄弟はいたはずではないのか、などと言うことは出来なかった。それはたぶん彼にとって、あまり喜ばしいものではなかったのだろう。彼はにこにこ笑っているが、私には未だ理解できない不可解な存在だった。別に嫌いだとは思わない──が、苦手意識は感じる。けれど、不思議と厭だとは思わなかった。
「……私は、あまりそういったことは、理解できないんだ」
だから申し訳ない、などとは言わない。口先だけでそう言うのは簡単だが、私はちっともそうは思っていない。
「だが、私は幸せな人間だと思っているし、思い悩むことも、不満も何一つない。……だから、今更実の母だとか、弟だとか言われても、ピンと来ない。君のことは嫌いではない。嫌いではないと思うが、初めて会ったばかりの君に、それほど親近感とか、情愛のようなものは、抱けない。……それでも君は、構わないのか?」
「良いですよ。僕は、細かいことはあんまり気にしないんです。エリック兄さんが不快だったら、どうしようもないですが、僕、今のところ嫌われてはいないんですよね? だったら、これから知り合って仲良くなれば良いんですよ。なれると思います。僕はエリック兄さんのこと、まだ何も知らないですけど、あなたのことが好きです。ずっと好きだと思っていました。現在のあなたのことは何一つ知りませんが、あなたの過去の少年時代の話だけでも、ウキウキわくわくしましたよ。僕は、たぶん脳天気で楽天家で、たぶんちょっと図々しいんです。それはまあ自覚してるし、自分でもちょっと反省したりするんですけど。なので、ご不快だったら言ってくださいね。僕はどうも迂闊なので、そういうのあんまり良く判らなかったりするので。バカなので、問題あったら遠慮しないで指摘してください。勿論自分でもなるべく注意しますけど」
「判った、そうする」
ライオネルと互いの連絡先の交換をし、今晩の約束をすると、別れた。