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孤高の天才  作者: 深水晶
第三部 波瀾の幕開け
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第五十一話 カクテル

「ええと、色々すいません。僕舞い上がってしまって」

 ライオネルは言った。

「いや、全く気にしていない」

 私が答えると、ライオネルは複雑そうな表情で私を見つめた。

「……その、もしかして、僕、嫌われてたりとかします?」

「何故?」

「いや、気のせいなら別に良いんですけど。なんとなく」

「そんなことはない」

「ええと、僕が弟ってのは、実は迷惑だったりしますか?」

「借金の保証人とか、申し込みさえされなれば全く構わない」

「ああ、判ります。確かにそういうの、困りますよねぇ。同感です。でも僕、金使い荒くないですし、第一仕事が忙しくてそんな暇ありません。って、エリック兄さんはどうですか?」

「……仕事は忙しいが、急なオファーはあまりないので、ある意味暇かも知れない」

「…………」

「…………」

「いやぁ、天気が良いですねぇ」

「そうだな」

「…………」

「…………」

「えぇと、エリック兄さんは、食べ物何が好きですか? 僕はオムレツが大好きなんですよ。毎朝オムレツ食べてるんです」

「私は概ね何でも食べる。好き嫌いは特にないな」

「……あぁ、そうなんですかぁ。好き嫌いないのは良いですね」

「そうだな」

「あの、すると飲み物も好き嫌いはないんでしょうか?」

「飲み物は、うまい珈琲は好きだ。あと、酒なら、うまいブランデーには目がない。ボーナス全額注ぎ込んでも惜しくないくらいだ」

「あー、そうなんですか。僕はアルコール弱くて一滴も飲めないんですよね。なんだかエリック兄さんは強そうですね」

「自分では普通だと思っているが、時折強いと言われるな」

「少なくとも僕よりは断然強いですよ。まぁ、僕と比較したら大抵の人はみな強いですけどね」

「そうか」

「エリック兄さんは、カクテルとかは飲みます? 僕はアルコールダメなんですが、カクテルの名前覚えたり、シェイカー振って作ったりするの得意なんですよ。学生時代バイトしたりしてたんで。自宅にはカクテルラウンジとかも作ったんですよ。もし、エリック兄さんがお好きなら、僕、作りますよ」

「すまないが、私はカクテルは飲まない。カクテルを飲むくらいなら、生のままのリキュールなどをあおる方が好みだ。つまみはいらない。あっても、岩塩で十分だ」

「ってことはソルティー・ドックと言いたいところですが、もしやグレープフルーツジュースはNGですか?」

「駄目だな。苦手だ」

「じゃあ、アースクエークとかアブジンスキーとかドライ・マティーニのピールなしとかが良いのかな」

「アースクエークとかアブジンスキーとかドライ・マティーニというのは、どういう酒だ?」

「アースクエークは、ジンとウイスキーとペルノーをシェイクしたもので、ペルノーの代わりにアブサンを入れると、アブジンスキーです。ドライ・マティーニはドライ・ジンとドライ・ヴェルモットをシェイクするかステアするんです。兄さんは、ドライ・ヴェルモットは少なめにして、オリーブは入れない方が良いかもです。でもたぶん、ギムレットとかも割といけるんじゃないかなぁ。試してみたらどうです? もしなんだったら、兄さんのご希望をどんどん言ってもらえば、それに合わせて調整して作ります」

「良いのか?」

「良いも何も、カクテルというのは、飲む人に合わせて作るものですよ。それで良いんです」

「ステアとシェイクはどう違うんだ?」

「んー、まずステアはバースプーンって柄の長いスプーンででかき混ぜたものなんです。だから混ざりやすいものか大雑把に混ぜたい時に使う手法なんです。他の手法に比べて割合材料の酒の特徴が一番残りやすいカクテルかなぁ。って僕は自分では飲めないんで、自分では確認できないんですが。この手法では、たくさん量があるカクテルも作れます。で、シェイクはシェイカーっていう、カクテルの材料を氷と一緒にを混ぜる器具に入れて振ることで混ぜ合わせるんです。ステアよりも良く混ぜることが可能で、しっかりきれいに振ると細かい気泡が入って、アルコール度数が強い酒でも、口当たりが優しくまろやかになります。が、一度に少量しか作れません。他にも、ビルドと言って混ぜ合わせないで、直接グラスに、いくつかの層になるよう、静かに流し込んで、各種の層の味や香りの違いを楽しむカクテルや、ブレンドと言って、ミキサーを使って細かく砕いた氷と一緒にかなりしっかり細かく均一に混ぜるカクテルがあります。ですが、シェイクやステアが一番使われることの多い手法かなって思います。ところで最初に断っておきますけど、僕はビルドタイプのカクテルは作れません。すぐ混ざって濁って汚くなっちゃいます。で、ミキサーは持ってないので、自宅ではブレンドは作れません。だから、シェイクとステアで作るカクテル以外は作れないんです」

「そうなのか」

「あと、ソルティー・ドックとかでスノースタイルと呼ばれるグラスの縁を塩で飾るスタイルがあるんですが、不器用なので、きれいに作れません。かっこ悪くても良いなら、頑張りますけど」

「よほどカクテルが好きなんだな。自分で飲めなくても良いのか?」

「確かに僕は飲めませんが、相手の顔や反応を見ながら作れるので、どちらかというと、そちらの方が楽しいですね。一応元々のレシピはあるんだけど、相手に合わせてカスタマイズするんです。だから、カクテルというのは、極端な話、それを飲む人間の数だけ作れるんですよ。まぁ、実際にそれを実行するのはなかなか難しいですが、相手の反応を見て、より相手の好みに近付けるよう、分量や手法を変えていくのは、法廷での駆け引きよりも興味深くて、エキサイティングですよ」

「そんなに好きなら、そっちを本職にすれば良かったのに」

「それは無理ですね。だいたい、検察の試験に落ちただけで、オカンムリなのに、バーテンダーになるなんて言ったら殺されちゃいます。それに、僕は不器用で、バーテンダーとしては三流ですから、趣味で良いんです。歌って踊れて、カクテルも作れる弁護士なんてかっこいいでしょう? マスメディアがぜひ取材に来てくれれば良いのにと思うんですが、全然ダメですね。もっと本職頑張って有名になれたら、取材に来てくれるのかなぁと思ってるんですが。でも、長年の目的はとりあえず達成できたから、今更有名にならなくても良いかって思ってるんですけど」

「長年の目的?」

「エリック兄さんに会うことですよ。僕はぜひとも会いたかったので」

「何故だ?」

「何故って。理由なんかよく判りません。会いたかったから、会おうと思っただけです」

「会った今は?」

「想像してたのと、全然違ったけど、楽しいし、嬉しいですよ。会えて良かったです」

「……私は君が楽しくなるようなことも、嬉しくなるようなことも、何もしていないと思うが」

「今、目の前にいてくれるという事実だけで十分ですよ。最高の気分です」

 何故、彼はそう思えるのだろう。

「僕はどうも、ジョーゼフ兄さんとはあんまりテンポが合わなくて、ジョーゼフ兄さんを不快にさせるばっかりで、ちっともまともに会話できなかったから、すっごく嬉しいですよ」

「会話?」

「今、してるじゃないですか」

「…………」

 相手の顔をじっと見つめた。ライオネルはにこにこ楽しそうに笑っている。本気なのか、冗談なのか、判別しにくい顔だ。

「エリック兄さんは、土日が休みなんですよね。じゃあ、明日にでも飲みに来ませんか?」

「悪いが、日曜日には酒を飲まないことにしている。だが、どうしてもと言うなら、今日にしよう。君の都合が良ければだが」

 そう言うと、ライオネルは瞳を輝かせた。

「良いんですか!?」

「私は日曜日以外ならいつでも構わない。君の自宅が遠いようなら、むしろ土曜日か金曜日の方が良いだろう」

「じゃあ、今日来てください! うわぁ、夢見てるみたいだ!!」

 ライオネルは子供のようにはしゃいだ。

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