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孤高の天才  作者: 深水晶
第三部 波瀾の幕開け
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第五十話 事情三

「そんなに緊張しないでください」

 ……たぶん、それは無理だと思う。

「これではまるで私一人が悪役だな」

「……あんたも少し自覚してくれよ……」

 ぼそりと小声でラダーは呟いた。

「何か言ったかね? カース」

「あ、いえ! なんでもありません!! ごめんなさい!!」

 ラダーは慌てて、しゃちほこばって、そう叫んだ。

「……さて。折角ここでこの三人が集まったのですから、少しは有益な会話をしましょう」

「…………」

「実は、あなたにライオネルのことを尋ねられる以前は勿論、あなたにお会いする以前より、この男──ライオネル・ラダー──から、あなたの名前は聞き及んでおりましたね。それで不躾ながら、独自に調査を外部に依頼しておりまして、実は本日の午後、その調査結果が上がって来たのです」

「…………」

「その結果、あなたはこの男の、私の後輩であり、ジョーゼフ・ラダーの異父弟であるライオネルの、同母兄であるとほぼ断定できると判明しました」

「……まさか」

 思わず呟いた。

「そうですね。あなたの立場であれば、そうおっしゃるのも無理はありません。しかし、あなたは、幼少時、セガルミトラの下町に住んでいましたね?」

 どきり、とした。

「幸い、あなたは目立つ子供のようでしたので、調査は思ったより早く終わりました。とは言え、あなたと実際にお会いするまでには終わらなかったのですが。それでも月曜に依頼した調査の結果が土曜には届くとは思いも寄りませんでしたので、大変驚きました。そこへ先程私の事務所を出たばかりのあなたからの連絡ですからね。この隣の男がうるさくて、仕様がないので、あなたには本当に迷惑で困惑する事だろうと推測されますが、あなたとライオネルを引き合わせようと思ったのです。それは勿論複雑な事情がありますので、涙の再会というわけには行かず、紆余曲折あるだろうことは予測できましたが、それにお邪魔虫がついてくることまでは想定できませんでした。上手く行けば一度で話が済むだろうと思ったのですが、世の中予測通りにはなかなか行かないものですね。それに、このライオネルが、バカなのは知っていましたが、出会い頭にその話をするとも思っていなかったので、意表を突かれました。私としては、ジョーゼフの弟としてまず紹介して、一緒にヘルベルトの元へ行き、その後で改めて紹介するつもりだったのですが。大変困惑されたでしょう。私も事前に釘を刺しておけば良かったのですが、大変迂闊でした」

「えぇっ!? ぼ、僕が悪いんですか!?」

「……お前は、初めて目にした見ず知らずの男に突然、自分は弟だと名乗りを上げられる人間の気持ちが理解できないのか? ライオネル。それで良く弁護士が勤まるな」

「…………」

「まあ、父親と同じように検察官になりたくてもなれなかったというのは、良く判る」

「……せ、先輩……さすがにそれはきついですよ……」

「毎回お前の尻ぬぐいさせられる私の気持ちになってみろ」

「…………」

 混乱している。

「……その、質問なのですが」

 私は口を開いた。

「それは、事実なのですか?」

 私が尋ねると、谷崎は頷いた。

「あなたの母親の名はエリザベス。ジーンハイム家の三女として生まれ、1六歳の時に、シャンソン歌手としてプロデビューしたものの、なかなか芽が出ず、転々と舞台を変えてはみたものの、結局最後まで売れなかった不遇の女性です。その際に幾人かのパトロンを持ち、その内の幾人かと男女の仲になったようですが、それを持って『ふしだら』というのならば、確かにそうかも知れませんが、売れない歌手がパトロンを持つことは、そう不思議でもありません。結局彼女は歌手としての道を諦めて、彼女の熱烈なファンであり、ジョーゼフ・ラダーの父であるゲイリー・ラダーのプロポーズを受けて、結婚しました。そうして生まれたのが、ライオネルです。あなたよりちょうど三歳年下になりますね」

「…………」

「あなたとしてはおそらく、今更弟が現れても、なんの感慨も実感もないのでしょう。あなたの叔父であるアーヴィン氏は、あなたを実子として可愛がったそうですから。……たぶん、会うことがかなわないのなら、真実を伏せるべきだと彼は考えたのでしょうね。あなたとライオネルの母であるエリザベスは、ライオネルが八歳の頃に、子宮癌で死亡しました」

「…………」

「ゲイリー氏は、支配的な性格の強い人で、妻や子に対して、異常なくらい束縛的で権威的な男性でした。彼は、自分の妻や子を、自分の所有物と見なして、様々なことを規制し、禁止しました。そのためにジョーゼフは人間嫌いになり、権威や社会というものに反発し、ライオネルは逆に、何を言われても平気で鈍感な、こういうふうな軽薄で軽率で浅薄な男に育ちました」

「……なんか引っ掛かる言い方ですよ、先輩……」

「あなたの過去も、当然調べさせていただきました。あなたは生母の弟である、ジーンハイム家の次男で、エリザベスのすぐ下の弟であるアーヴィン氏の養子となり、養育された。彼は1八歳の時に、幼馴染みの女性と結婚したが、彼女は非常に病弱で、とても子供を産める見込みはなかった。しかも、彼女の生命は保ってあと数年と言われていた。そんな先行き短い彼女と正式な婚姻をしたのも、姉の子であるあなたを自分の子としたのも、彼の誠実で優しい心根の表れだと想像できます。たぶん、十中八九、彼が姉の子供を養子としたのは、自分と妻の間には決して子供を授かることがないと知っていたからでしょう。あなたが義理の母である、彼の妻と接したのは、あなたが養子となって一年半の間、彼女が没したのは、あなたがまだ二歳の頃でした。その時点で、一度はあなたの生母であるエリザベスは、あなたを引き取ると申し出たそうなのですが、彼はそれを拒みました。その件で揉めたそうですが、結局訴訟にまでは至らずに、彼女の方が引き下がりました。彼女には、あなたを養育するだけの生活力がなかったからです」

「…………」

「妻を亡くしてからの彼は、大変あなたに愛情を注ぎ、そのために、一心発起して、親族たちから資金を借り、個人経営のレストランを始めました。それがだんだんと軌道に乗り、その十年後には、そのレストランはフランチャイズ式のチェーン店の本店となり、彼はその取締役社長となった。その頃には生活は裕福になり、仕事もますます忙しくなり、あなたと接する時間が減ってしまったことを、彼は友人などに嘆いていたようですが、だからと言って、一度初めて仕事を放り出すこともできず、忙しい毎日を送っていたようです。そのため、あなたの養育はほとんど通いの家政婦にゆだねられており、あなたとあなたの養育者であるアーヴィン氏が接するのは、日曜日くらいだった。あなたは、幼い頃、教会へ礼拝へ行くことを大変楽しみにしていたそうですね。小学校一年生の頃の作文には、神父になるとまで書いたとか」

「……そんなことまで調べたのですか?」

 本人すら半ば忘れていたような事だ。

「一見関係ないことのようですが、確実に本人だということを調べ、そうと認めるためには、実に様々な情報が必要なのです。無論、プライベートの侵害にもなりかねませんが、確かに本人だと証明するのは、大変な事です。……具体的な資料はここにあります。あなたが望むのなら、あなたにお渡しします。控えやコピーはありません」

「……本当ですね?」

「はい。……とにかく、これらの証拠を元に、あなたがほぼ確実に、ライオネルの実の兄だという事が判明いたしました。あなたが、この男の兄などと呼ばれたくないという気持ちは良く判ります。私もそうだと言われたら、まず間違いなく『そんなはずはない』と主張することでしょう」

「……何故そこまで言われなきゃならないんですか? 先輩……」

 泣きそうな声で、ライオネルが言った。私は谷崎から書類を受け取り、目を通した。中には、市民登録票の写しまで同封されていた。

「……これだけ証拠を揃えられたら、確かに間違いはなさそうですね」

「私は、あなたが恵まれた環境に生まれ育ったように見受けられました。あなたは愛されて、慈しまれて、育てられた。……しかし、あなたには、少々、人とのふれ合いが不足していたように──特に、女性による保護や愛情が欠けていたように──思われました。これは、余計な指摘だとは思いますが、あなたは、昔から人とのコミュニケーションが苦手だった。……私の友人、ジョーゼフは過剰すぎる干渉によって、あなたはそれが不足がちだったために。あなたは、誰かの助けが欲しいと思ったことはありませんでしたか?」

「…………」

「あなたには幸い、ジェレミー・クォートさんという友人がいた。彼はとても真面目で、誠実な人だ。彼の家庭環境は、あまり裕福ではないけれど、良好で、健康的だ。あなたは、彼の両親とも非常に仲が良く、まるで実の息子のように可愛がられたそうですね。しかし、所詮他人の子供で、他人の肉親です。あなたは、とても愛情に飢えている──なのに、自分ではそうと自覚していない。……憶測ですが」

「……あなたにそこまで言われる必要があるようには、思いません。谷崎さん」

 私が言うと、谷崎は頷いた。

「その通りでしょう。……ですから、これは私の『お節介』です。相手が『これ』なのは、もしかせずとも不足でしょうが、とりあえず、しばらく二人きりで話してみてください。あまりにあなたとは共通項目が少ないために、かなり非常に戸惑うでしょうが、おそらく時間の無駄にはなりません」

「…………」

「……というわけで、無駄にしないよう、努力しろよ、ライオネル。無駄にしたら、見捨ててやるからな」

 谷崎はライオネルに言い、

「だから、なんでそう、先輩は僕に厳しいんですか」

 と、ライオネルは嘆いた。

「って俺は席を外せってこと?!」

 ラダーが叫ぶと、谷崎は頷いた。

「当たり前だ。初めて会う実の兄弟の会話だ。邪魔をするのは無粋というものだろう。違うか? カース」

「……勝手に人の都合を決めるなよな」

「お前のことは私が送ってやるから安心すると良い」

「……あんたの口からその台詞が出たというだけで、もう既に安心なんかできないよ」

 ラダーはぼやいたが、谷崎と共に席を立った。

「じゃあな、室長。先に戻ってるぜ」

「……それでは、私はこれで失礼します。二人ともごゆっくり」

「「…………」」

 そうして、私とライオネルは、二人で、ラダーと谷崎の背中を見送った。

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