第四十九話 事情二
「さて、と。カース、君は何が目的で、ジーンハイムさんの後をつけたのかな?」
「判ってるだろ。養父のことだ。何故、あの人は殺されたんだ?」
「すみません、谷崎さん」
私は頭を下げる。
「……カース」
谷崎は真顔で、硬い口調で言う。
「君はいったい何が目的だ? それを知ってどうする? 敵討ちでもする気か? それはさぞや気分が良いだろうね。犯罪者として処罰されることがなければの話だが」
「…………」
谷崎の言葉に、ラダーはぐっと黙り込み、抗議の代わりに睨みつけた。
「まさか図星とは言わないだろうね、カース。無論、ジョーゼフが慈しみ大切に育てた、聡明で賢明な君が、そんな愚かな真似をするはずがないだろう。違うかね?」
「……本当にヤなオッサンだな、あんた。嫌味が更にグレードアップしてねぇか?」
「これくらい先輩にとっては序の口だよ、カースくん。先輩を敵に回すと、再帰不能になるよ。気をつけて、カースくん」
「お前は余計な口を挟むな、ライオネル」
私はと言えば、谷崎の全身から発せられる威圧感に圧倒されていた。
「別に敵討ちしようとかそういうことは考えてねぇよ。っていうか、俺が知ったらそういうことを考えそうにひどい殺され方をしたのかよ、養父は」
「ジーンハイムさん?」
「具体的なことは何も話していません。ただ、二年半前に死んだとだけ」
「なるほど。……カース」
「なんだよ。俺は悪いことは何一つしちゃいないぜ? だいたいなんで当事者の俺に隠して、部外者の室長には話すんだよ。それって差別だろ? そんなに俺が信用できないかよ。その上、室長まで抱き込みやがって。ひどいのはあんただろう? どう考えたって、可哀想なのは俺で、ひどい目に合っているのも俺だ。弱い者いじめはよしてくれよ。俺が可哀想だと思わないのかよ?」
「残念ながら、ちっとも思わないな。哀願したいなら、涙の一つも流してみたらどうかね、カース」
「あ、哀願なんかしてねぇよ!!」
「そうか。では私の気のせいだな」
「うぅ、くそ。やっぱりあんた、性格悪すぎるぜ。友達少ないだろ」
「君よりは多いと思うがね、カース。それで、君はこのライオネルと会いたかったのか? 彼に会ってどうするつもりだった? この世でライオネルほど頼りがいのない人間も珍しいと思うが、そんな相手でもいないよりはましだというなら、目の前にこうしていることではあるし、頼りにしてみてはどうかね? 私は傍観してあげよう。さあ、遠慮なく相談したまえ」
「そ、そんなこと言って先輩、僕が何か下手を打ったら、問答無用でいじめる気ですね!?」
「無論、私はカースのことも、ライオネルのことも、信頼しているよ。まさか彼らが私の思いを無駄にするはずはないだろうからね」
「か、勘弁してくれよ! 谷崎さん!! あんたはそんなに純朴で世間知らずの俺をいじめて楽しいのかよ!?」
「いじめる? 失敬だな。こんなに君のために心を砕き、親身になって、ジョーゼフの代わりの保護者役を買って出ているというのに、つれないことを言うね。哀しみのあまり、涙で目がうるんでしまいそうだ」
「あ、ああああんたはっ!! そんなこと露ほども思ってないくせに、わざとらしいんだよ!! あんたがそんなタマかよ?! どうせ俺の反応楽しんでいるくせに!! せ、性格悪ぃよ!! あ、あんたなんか大っ嫌いだっ!!」
「そういうことを言うかね。ならば、来週からの君への送金はストップしよう。君も社会人になって、会社から給料もらって、社員寮で暮らすようになったから、生活には困らないだろう。元々多すぎる送金額だったのだからね」
「ちょっ……っ!! 待った!! 俺、人より燃費悪くて、エンゲル係数高いんだよ!! 育ち盛りの若者の食費を削る気か!?」
「君はこれ以上どこをどう育てるつもりだ? 大丈夫、身体を維持するのには問題ない。現在の君が必要以上に食べ過ぎているだけだ。なんなら君のために、君が1日に必要とする最低摂取量を、私が計算してあげても良い。なんなら、毎月の献立を考えてあげようか? 朝と夜は寮で出るから、昼だけで十分だろう」
「そんな殺生な!! 食べるのは俺の数少ない楽しみの一つなんだぜ!?」
「心配しなくても、君に餓死しろとは言っていない。安心したまえ、カース」
「ううぅ、あんたずるいよ。悪徳弁護士だ。訴えてやる」
「誰がどう見ても君は食べ過ぎだよ。まったくジョーゼフは甘やかせ過ぎたな。節制は悪くないよ、カース」
「そりゃ自分で好んでやるならともかく、どうして俺がそんな……っ!!」
「大丈夫。君の老後のためにしっかり貯金してあげよう。なんだったら、更に増やすために、株券などを購入して、運用してあげても良い」
「俺の老後より、あんたの老後のが先だろ!? 俺より二0歳年上なんだから!!」
「まったく君は口が悪いね、カース。そんなに私を傷付けて楽しいかね?」
「傷付いてない!! あんたはちっとも傷付いてないから!!」
「君は私自身よりも私のことが理解できるというのかい? まるで超能力者だな、カース。尊敬するよ」
「うわあぁあっ!! あんたと話してると、頭がおかしくなる!! 勘弁してくれよ!! 俺をいじめるのはよしてくれ!! そんなだから、いまだそのトシで独身なんだぜ?」
「……ああ、僕でさえ恐ろしくてとても言えないことを……」
「カース、それにライオネル」
「え、えぇっ!? 僕も!?」
谷崎はにっこり穏やかに微笑んだ。
「二人とも、私と一緒にいるのが嫌なら、さっさと帰って良いんだよ? 無論、君たちがそれを望むなら、私は止めない」
「…………」
ラダー、ライオネルは勿論、私の背中まで、ぞっと寒気が走った。
「どうしたんだ? カース、ライオネル。何故席を立たないのかね?」
「「すみませんでした」」
二人はその場で深々と頭を下げた。
「…………」
私はそれを呆然と見つめる。
「君たちが何を謝っているのか皆目見当がつかないね」
そう言って、谷崎は悠然と珈琲を口へ運んだ。
「暴言でした」
とラダーは頭を下げ、
「緊張が足りませんでした」
と、ライオネルが頭を下げる。谷崎は溜息をついた。
「……これから先が思いやられるな」
そこで、私も頭を下げた。
「大変お世話をかけます、谷崎さん」
それを聞いて谷崎は苦笑した。