第四十七話 ライオネル
「第三部 波瀾の幕開け」開始です。
ラダーと別れ、リカルドの自宅に連絡を入れてみたが、誰も出なかった。昼間から酒場が開いているはずはないから、とりあえず後に回すことにして、谷崎の事務所へかけた。
「はい、谷崎法律事務所です」
「すみません、先程お邪魔したジーンハイムと申しますが、谷崎氏はお手が空いてらっしゃいますでしょうか」
「しばらくお待ちくださいませ」
そうして、しばらく待たされる。さほど長い時間ではなかった。
「お待たせしました」
谷崎本人が出る。
「すみません、お忙しいのに」
「いえ、お気になさらずに。いったいどういったご用件でしょうか」
「そのラダー、カースから聞いたのですが、谷崎さんは、ライオネル・ラダーという人物をご存知ですか? できればその方についてお聞きしたいことがありまして」
「ジーンハイムさん。あなたはしばらくお時間が取れますか?」
「はい、私は今日・明日は休日ですから。そちらへ向かえばよろしいでしょうか」
「いえ、それでは時間の無駄です。互いの現在地点の中間辺りで話をするのが最適でしょう。あなたは現在会社の寮の近くにいらっしゃいますか?」
「はい、います」
「では、駅からモノレールに乗って、サーティル駅で降りてください。改札口を出た辺りで待ち合わせしましょう」
「サーティル?」
「ヘルベルト・ノーマンが近くにいるのです」
「先程紹介状を書いてくださった方ですね?」
「そうです。『崩壊』前文明研究家の。ついでですから、直接ご紹介いたしましょう。もう一人同行者がいますが、よろしいでしょうか」
「はい、そちらのご都合が悪くなければ、こちらは構いません」
「そうですか。ではサーティル駅でお会いいたしましょう」
通話を切ると、すぐに駅へと向かった。サーティル駅行きの切符を買い、目的地へ到着すると、谷崎が金髪の青年と共に私を待っていた。
「谷崎さん、すみません」
「いえ。あなたを驚かせようと、同行者の名前は伏せていたのですが、どうやらあだになったようですね」
「え?」
谷崎は私の背後を見つめている。そちらを振り返ると、ラダーが立っていた。
「……ライオネル?」
ラダーはぽつりと呟いた。
「そうだ、間違いない。ライオネルだ。あんた、ライオネル・ラダーだろう? 俺の養父のジョーゼフの異母弟の!」
興奮したように言うラダーの視線の先にいるのは、谷崎の同行者の青年だった。彼とは初めて会うはずだったが、何故かどこか見覚えがあるような気がした。しかし、今はそれよりも。
「すみません」
思わず赤面した。注意していたつもりだったのに、私はうかうかと、今一番後をつけられてはならない人物につけられ、しかも彼の目的とする人物の元へ案内してしまったのだ。
「済んだことは仕方ありません。私も少々迂濶でした」
すると、ラダーはむっとした口調で言った。
「元はと言えば、あんたが当事者の俺に、隠し事なんかするからいけないんだろ?」
「だから、私よりは幾分つけ込みやすそうなジーンハイムさんを利用することにしたと?」
私はますます恥ずかしさといたたまれなさで、顔が熱くなった。
「おい、室長は悪くないんだから、そういう言い方はよしてくれよ、谷崎さん。確かに俺は、室長を利用したよ。それについては悪いと思ってる。だけど、あんたも室長も、俺に隠し事なんかするからだぜ? 俺がそれを知りたいと思うのは、当然だろう? ところで、あんた、ライオネルだろ? 俺が見たあんたの写真は1六歳だけど、面影が残ってる。それよりも驚いたな、あんたと室長って、親戚か何かだったの?」
「え?!」
私は驚き、ライオネルと呼ばれた青年は苦笑した。
「どうしてそう思うの?」
「だってそっくりだろ? 特に目元が」
「僕はあまり母には似なかったと思うんだけど……そんなに似てるかい? カース」
「似てるよ。知らなかったら、兄弟かと思うところだ」
……まさか。目の前の青年を凝視する。義父にはあまり似ていない。だが、彼の顔は確かに既視感を覚えさせる。しかし、私の親戚にラダーなどという家はない。
「死んだ母には実家に残してきた息子が一人いると聞いていました。彼女はそれをいつも悔やみ、連れて来れば良かったと時折嘆きました。だが、父は決してそれを許さなかったでしょう。母の話を聞く度に、僕の異父兄はどういう人だろうと、想像していましたよ、ジーンハイムさん」
「……まさか」
「僕はあなたの異父弟です」
「…………」
頭がくらり、とした。私の……弟? 母親が同じ弟だと?
「私に……母親などはいない」
「では、キャベツ畑や、木のうろ、あるいは桃の中から生まれたとでも?」
苦笑しながらライオネルが言う。
「…………」
「……室長」
ラダーが心配そうな声を上げる。
「いたとしても、あなたの母である女性とは別人だ。私の実の母は――一族の恥じさらしで、人には言えないような生活をしていた。少なくとも、まともな家に嫁げる女ではなかった。だから、別人だ。あなたの勘違いだと思う」
「…………」
「挨拶が遅れてしまったが、ライオネルさん。私の名前は、エリック=リチャーハイム=イーマントリック=ジーンハイムと言います。しかし長いので、ジーンハイムまたはエリックで結構です」
「……ジーンハイムさん。あなたはもしかして、ご自分の母親について、何もお聞きおよびではないのですか?」
「その話は今、ここでしなくてはならない会話なのですか? ライオネルさん」
「……申し訳ありません。僕はずっとあなたに会うことをとても楽しみにしていたので、つい興奮して先走ってしまいました。ご気分を悪くしてしまったようですね。配慮が足りませんでした」
「…………」
谷崎は溜息をついた。
「いずれにせよ、今日の予定は半ばキャンセルですね。先方に伝えてきます」
谷崎の言葉にライオネルがはっと表情を変える。
「それだったら先輩、僕が……」
「いや、君は彼らといてくれ。こんなところで立ち話もなんだから、近くにある喫茶店にでも移動した方が良いだろう」
「…………」
「それではまた後で」
谷崎は背を向け、歩き去ってしまう。残された我々三名はしばらくその場に無言で立ち尽くした。気を変えるように、ラダーは妙に明るい声を上げた。
「ほら、あそこに喫茶店があるみたいだぜ。あそこなら谷崎も判りやすいだろう。窓際が空いてるみたいだから、あそこへ行こうぜ」
「…………」
「……あの、すみません。配慮が足りませんでした。だから、その、睨まないでくださるとありがたいのですが」
困ったようにライオネルが言う。
「心配すんな、ライオネル。室長は普段からこういう仏頂面だ」
「…………」
「とにかく、室長、あんたもだ、もう少し大人になれよ」
「…………」
しばらく、互いに顔を見合わせあった挙句、結局ラダーの言い分に従った。大人になれ、というのはともかく。
というわけで更に新キャラ登場です。