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孤高の天才  作者: 深水晶
第二部 孤高の天才
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第四十六話 カースの指摘

 店から出ると、ラダーは伸びをしながら言った。

「で? あんた、これからどうすんの?」

「さあな。どうするかな」

「……なんかさ、あんた、本当読めそうで読めねぇ男だな。バカなのか、頭良いのかもちっとも判断できないぜ。俺をからかってるとか、翻弄してるってんなら、まだ理解の糸口が掴めそうなんだが。……で、たぶんそれに俺をつきあわす気はねぇんだな?」

「すまない、ラダー。しかし、ずいぶん物わかりが良いな?」

「……慣れたんだよ、あんたに。たぶん」

 どういう意味だろう?

「…………」

「で、俺に、具体的にどういった経緯で養父が殺されたのかも説明する気ないんだな?」

「……悪いと思っているよ」

「全然思ってねぇ! 思ってねぇよ!! あんたは!!」

 突然怒鳴られて、きょとんとした。

「……何故怒ってるんだ?」

「怒るだろうが! 普通!! 悪かったな!! どうせ俺は物わかりなんかよくねぇし、大人の卑怯な手段なんか理解できねぇし、小難しい理屈なんかちっとも判らねぇし判りたくもねぇよ!!」

「……そうか、我慢していたのか」

「今頃気付くなよ。……なんか本当腹が立ってきた。でも殴ってまたああいう事になるのはシャレにならねーしな。本当、あんた嘘みたいに打たれ弱いし。……本当頭痛いし、胃が痛くなりそうだよ」

「……頭が痛くなったり、胃が痛くなったりするのか?」

「当たり前だろ! 俺をいったい何だと思ってるんだよ!? 俺はあんたと違ってまっとうな人間なんだぞ!? そりゃまぁ、ちょっと特殊な育てられ方はしたかもしんねーけどさ……だけど、俺はあんたみたいな変態、じゃなかった変人と一緒くたにされたくねぇよ。純真無垢で素直で生きの良いピチピチの1八歳だぜ?」

「それを自分で言ってしまうのはどうかと思うが……まあ、否定はできないだろうな。しかし、お前は、お前で、十分すぎるほど個性的だと思うぞ?」

「この世にあんたにだけは言われたくねぇよ!! ったく勘弁してくれよ、リック。あんたは俺にはとても扱いきれねぇよ。……ああ、本当頭が痛い……」

 ラダーを見ていると、だんだん谷崎に担がれてるんじゃないだろうかという気がしてきた。

「……おい、リック……?」

 ふと、知らず、手が伸びていた。──ラダーの右耳の奥へと。

「……っ!?」

 思わず、息を呑んだ。

「……おい、リック? どうした? 真っ青な顔して」

 おそるおそる、指を離した。怪訝そうに見つめるラダーの顔は、本当にリアルすぎるくらいリアルで生気溢れる人間のようだ。その顔がだんだん心配そうに歪んで行く。私は、反射的に、ラダーの身体を抱きしめていた。温かく、適度な筋肉で覆われた、青年の身体。体臭まで本当にそっくり人間だ。……なのに、やはりそこにスイッチはあった。触れた瞬間に、慌てて離してしまったけれど。

「……ど、どうした? リック。なんか、震えてるぞ? っていうか、あんた、人に触れたり触れられたりするのって、苦手だったんじゃないのかよ?」

「……そうだな」

「そうだなって、あんた……どうした? 何があったんだよ。そんなにビビるような事があったのかよ? 何があってものほほんとしてマイペースで暢気そうなあんたがさ?」

「……のほほんとして、マイペースで、暢気そう? 私が?」

「そう見えるぜ。俺だけじゃないだろ? そりゃあんたは無愛想で、しかめ面してる事も多いけど、一人でにやにや笑ってること、多いだろ? あんたさ、俺に対して直接あんまり笑ったりしねぇけどさ、特にアイクに関することを考えてる時のあんたは、すごく不気味なくらいにやにや笑み崩れてるよ。でもまぁ、そういうあんたも嫌いじゃねぇから、諦めてるけど」

「お前に対して笑ったことがあんまりない?」

「ないだろ? どっちかっていうと、無表情で無愛想で。だから、初めて会った時、俺あんたのことちょっと恐かったぜ。真顔でほとんど無表情でさ、しかめ面で俺のこと睨むしさ。本気で脅し入れられてるか、敵意持たれてるか、嫌がらせされてるんだと思ったけどさ、あんた、普段からずっとそんなだもん。諦めるしかないだろ? まあ、あんたの笑顔はかなり恐いって知ってるからさ、別にそんな顔で笑って欲しいとか思わねぇけど──でもまともな普通の笑顔だったら、ちょっとくらい見たいなって思うぜ。たまにはな。あと、できれば心の準備ができてからさ」

 ……なんだかひどいことを言われているような気がする。

「私だって人並みに笑うことくらいあるぞ?」

「……少なくとも俺はそんなの見たことねぇよ。だから想像もつかない」

 きっぱりラダーは言い放った。

「そんなにひどいか?」

「全くひどい。まともに見られたもんじゃない。あんたはさ、顔の作りはまともなのに、笑顔がまともじゃないんだよ。笑っていても、目が笑ってるように見えないから不気味で恐いんだけどさ。……でも、何故だかアイクに対してはまともに普通にちゃんと笑ってるんだよ。それってどうだろうとか思わねぇでもないけどさ、それがあんただって納得しちまったらそれまでって言うか。俺もアイクのことは嫌いじゃないけどさ、例えば俺ってアイクに負けてんの?とか思ったりしないでもねぇし。……いや、別に勝ち負けの問題じゃないし、あんたの中の優先順位がどうだろうと、俺には関係ないんだけどさ。目の前にいる俺より、ディスプレイの中の目の見えないアイクの方に良い笑顔向けるってのはどうなのとか……別に本当そんなのはどうだって良いんだけどさ……ただ、ちょっと……」

「笑えば良いのか?」

「いや! 待て!! そういうのはダメだ!! リック、絶対やめてくれ!! まだ心の準備ができてない!! 俺の心臓がショックで止まったらどうしてくれる気だ!?」

「……どうしてそこまで身構えられきゃならないんだ?」

「だってあんたの笑顔恐いんだよ!! あんなの一度見れば十分だから!! マジでこえぇんだよ!! 勘弁してくれよ!!」

 そこまで泣きつかれるほど恐いのか……。さすがにかなり凹んでしまう。

「ああ!! 別にそこで落ち込むな!! そういうつもりで言ったんじゃない!!」

「……じゃあ、どういうつもりだと言うんだ?」

 半ば愚痴っぽく言うと、ラダーは肩をすくめた。

「……いや、悪い、室長。あんたを凹ますつもりで言ったわけじゃないんだ。ただ、俺は本当のことを言っただけで……あっ!!」

 ……そうか、そんなに恐いのか……。なんだか、ちょっと泣けて来そうだ……。

「だから!! 落ち込むなって!! ああ、くそ!! これじゃ俺がいじめてるみたいじゃないか!! ……リック、ちょっと、頼むぜ。あのな、あんたの笑顔は確かに恐いし不気味だけど、あんた自身は恐くないし、不気味だとも思ってねぇよ。ってどうしてまたそこで凹むんだ?」

「……お前が凹ませてるんだろう……」

 ほとんど愚痴だ。泣きも入ってるかもしれない。

「……だけどさ、そんなことどうだって良いくらい、俺、あんたのこと好きだぜ?」

「でも笑顔は恐いのだろう?」

「……だって俺は嘘はつけないし……」

 私だって、落ち込みたくはないが、これで落ち込まない方がどうかしていると思う。

「悪かった! 俺が本当悪かったって!! あんたの笑顔についてはもう何も言わないことにする!!」

 ……既に十分すぎるほど言われたと思うが。

「だから、そういう恨みがましい目で見るな!! 頼む!! 勘弁してくれ!! うぅ、くそ……どう考えてもいじめられてるのは俺の方だと思うのに、なんで俺ばっかりこんな負い目に感じなきゃならないんだ。……あんた、本当それで三1歳の男かよ? とても俺より1三歳も年上に見えないぜ?」

「うるさい、年の事は口にするな」

「……あのさ、リック。男の価値は顔じゃないと思うぜ?」

「…………」

「ところで聞きたいことが一つだけあるんだけど」

「…………」

「って無視かよ?! あのさ、あんたに友人がいるのは判った。でも、本当にマジでその年齢で恋人いないのか?」

「いないとまずいとでも言うのか?」

「…………なんかさ」

 ぽつり、とラダーは言った。

「もしかして、あんた、人間にあんまり興味ないとか言わないよな?」

「どういう意味だ?」

「……あんたさ、悪いやつじゃないと思うんだけどな、なんかすげー人間関係希薄っていうか、一線引いて、故意に深く関わり合いにならないようにしているっていうか、そういう感じしてさ。それって何なの? 俺はさ、人間が──他人が好きで、誰かと一緒にいたり、会話したりするのってすげー楽しいんだ。それがどういう内容でも、だいたいはさ。それって誰でも良いってわけでもないんだけどさ、でもなるべく大勢の人に会って話して仲良くなりたいって思うんだ。でもさ、あんたはどうなの? 俺は、ロルフやアンリやリカルドやユージンや、ちょっぴり苦手だけどシエラとも友達に、仲間になりたいって思うけどさ、あんたとも友達になりたいんだ。でも、あんたが俺なんかと友達になりたくないって言うなら、それって俺の一方通行なんだ。絶対実らない友情の片思いってやつなわけ。片思いって言うと語弊があるけど、それでも、こっちが友達になりたくても、あんたがなりたくないなら、そりゃ不可能だろ? だから、あんたが人間に興味ないって思ってるんじゃなけりゃ良いなって思ってる。そもそも、俺は人間とも機械とも友達になれるような、そういう人間だと思ってたんだ。あんたのことを、ずっと。あのPR映像見てから、実物のあんたに会うまで」

「…………」

「だから、時折ちょっと恐いんだよ。それは勿論俺の考えすぎだと思うんだけど……でも、もし、本当にあんたが人間には興味がないっていう人間だったら、すごく恐いよ。それってさ、自分自身にも興味ないってことだろ? だって、自分も『人間』なんだから。そういう人間と友達になれるかどうかってのは、不安だよ。俺は人間だし、俺が人間である限りずっと受け入れてもらえないかもしれないし。そんなのつまらねぇし、悔しいし、淋しいよ」

 ……どうだろう。とりわけ人間が嫌いだとも、興味がないとも思っていないはずだが、だからといって、自分が人間と機械を分け隔てなく愛せる人間だとも思えない。そんなにできた人間だとは思えない。

 たぶん、もしかしなくとも、私には『情愛』とか『愛情』というものが、この世で一番理解できない。自分が本当に、誰かを何かを愛せているのかと、時折不安になる程度には。愛しているつもりだ。つもりではいるが、それが他人のそれと比較できない以上──愛情や、心や感情は目に見ることも、それを計ることもできない──それが本当に、他人とそれと同じものなのかは、一生判らない。理解不可能だ。

「……お前のことは好きだよ、ラダー」

 たぶん、それは本当のこと。

「だから、お前のためになることは、アイクに対してそうであるように、何でもしてやりたいと思っている」

「……そこでアイクを引き合いに出されるところが微妙なんだが、あんたにとっては破格の待遇と言って良いところなんだろうな。まあ、良くしてもらってるとは思ってるよ。別格扱いされてるかなとも思うし。……なんかロルフが気の毒になる程度には」

「ロルフが? 何故だ?」

「……ロルフはあんたのことすげー慕ってるし、盲目的と言って良いくらい尊敬して憧憬しまくってるだろ? ちょっと俺にはついていけないかもと思う程度には。ユージンもまあその点においては、似たり寄ったりで、シエラも方向性は違うけどそんな感じだし、まともなのはリカルドとアンリだけかなとか思うけど、アンリはちょっとあんたに夢見過ぎてる感じするよな。まあ、悪くないとは思うけど」

「私は部下を差別したことはないし、冷たく扱ったこともないぞ?」

「そうだろうと思うよ。けど、俺のことは面倒見過ぎだろ? 自分ではそう思わないか?」

「そうなのか?」

「いや、あんたに聞かれたって困るけど。俺は嬉しいけど、ロルフがちょっと可哀想だなと。っていうか、本当可哀想だから、もっと構ってやれよってそういうこと。仕事のことだけじゃなくてさ。ロルフが人身御供に自ら進んでなったのも、あんたのためを思ってだろ? たまにと言わず、毎日でもロルフのところへ顔出してやれよ。そうしたらきっとロルフは喜ぶからさ」

「……まるで私は極悪人だな」

「似たようなもんだろ? あと、シエラはあんたのこと男として見てるし、ちょっとどうかと思うくらい理想化して見てるみたいだから、一度くらいはっきり言ってやった方が親切だと思うぜ。あんたのことずるずる引っ張ってる間は、シエラも他の男なんか眼中に入らないだろうからな。シエラのこともらってやるつもりがないなら、シエラが婚期を逃したりしないように、早い内に身を固めるか、ちゃんと断りを入れておけよ。どう見たってあんたがシエラにその気がないのは明白なのに、シエラはそれを全く理解してなくて、あんたのことを紳士だと思っているようだからな。ユージンは……ユージンはあれで普通に幸せみたいだから、まあ良いとして」

「…………」

「それで、リカルドだけどさ、たぶんなんかプライベートで切羽詰まってるぜ? それって俺や室長が口挟むようなことじゃなさそうなんだけどさ、一度酒飲みにでも誘って聞いてやったらどうだ? あれは素面じゃ絶対プライベートのことなんか口割らないだろ? まあ、俺の時は、へべれけになっても愚痴一つ言わなかったけどさ、なんかあれ……尋常な酔い方でも騒ぎ方でも乱れ方でもなかったし……ただ、ちょっと、疲れてるのかなって、なんとなく思ったから。アンリは問題ないぜ。一番安定してる。話してると判るけど、あいつ、結構頭良いし、落ち着きもある。……シエラとはまあ相性悪いけど、あの自分に自信がなさすぎて、ちょっと突っ込まれたらおどおどする性格さえクリアすれば、あいつ、かなりできるヤツだと思う。っていうかなんであれだけできるくせに、自分に自信持たないんだって思うけど」

「……そうだな。私もアンリについてはそう思う。ただ、部下のプライベートにはあまり口を挟みたくないし、知りたいとも思わないのでな……どうも、そういうのは……」

「あのな? 人間は機械じゃないんだぜ? プライベートにあまり関わりたくないって気持ちは判らないではないけど、それって、切っても切れないもんだぜ? 必ずどっかで繋がってるんだ」

「それくらいは良く知っている。だから、彼らがひどく悩んだりしているようなら、時折聞き出したりしている」

「少なくとも、リカルドのことは最優先にしてやった方が良いぜ。取り返しつかなくなってからじゃ遅いからな」

「……どういう意味だ?」

「勘だよ。ただの勘なんだけどさ、たぶん、別れ話切り出されてるか、振られそうなんだよ。でも今、リカルドは恋人と二人で暮らしてるんだろ? 突然追い出されても、行く場所がないから……たぶん、揉めると思う。かなり」

「……お前はリカルドからそういう話を聞いたのか?」

「いいや。だから勘だ。勘って言うか……俺、鼻が犬並みに利くって言っただろ? リカルドの体臭からは普通の健康的な女の匂いがしないんだ。するのは、化粧と香水とアルコールの臭いばっかりでさ」

「……ちょっ……ちょっと待て! ラダー!! そっ……それは!!」

「……たぶん、リカルドは今、少なくともここ数日間は、女と一緒に暮らしてないぜ。毎晩外で飲み明かしてる」

「…………」

「一回問い質してみろよ。あんたになら話すかもしれないからさ」

「……そんな状態で、昼間、普通に仕事していると言うのか?」

 冷や汗が額を伝った。

「勘だけどな。嗅覚は鋭いけど、女と上手く行ってないんじゃないかってのはただの勘だ。……少なくとも、上手く行ってるようなら、毎晩飲み明かす必要はないだろうしな。ただ、あの飲み方を毎晩してるとしたら、いつか肝臓悪くするのは間違いないと思うけど」

「……いつからだ?」

「俺がそれを知るわけないだろ? 気付いたのは水曜日だ。実を言うと、あんたを追って外に出たんだが、駅の手前であんたを見失ってさ。代わりにリカルドに会ったんだ。それでちょうど良いからつきあえとか言われて、連行されたんだ。その時は既にできあがってたよ。木曜日はアンリとメシ食ったんだけど、金曜日の朝出勤したら、やっぱりリカルドは微かにアルコール臭が残ってたよ。酔っぱらってはないだろうけど、たぶん二日酔いには悩まされたんじゃないかと思うぜ。胃腸薬とたぶん頭痛薬の匂いもしてたし」

「ちょっと待て、ラダー。お前はそういうものまで判るのか?」

「ああ、何故だか昔からね。人間の体臭って結構その時の健康状態とかで変化するもんだぜ。まあ、普通はそういうの判らないらしいけど。でも、俺、慣れてないせいか、アルコールとか香水とか化粧の匂いには敏感なんだ。あとついでに珈琲な。ちなみに、あんたは大抵珈琲の匂いがしてるぜ。さすがに水曜日と、木曜の午前中と夜は酒の臭いの方が強かったけどな」

 少し、空恐ろしさすら感じた。彼が──カース・ケイム=リヤオス=アレル・ドーン=ラダーが──何の目的のために生み出されたのか、それを思い出すと、とりわけにだ。The curse came real for us. (まさに我々にとっての、災いが来た)──そう彼が収められた遺跡の碑文に記されるほどに──彼は、高性能すぎたのだ。

 『災い』と、呼ばれるほどの能力を、彼自身は持たない。あまりにもリアルで、高性能で、鋭すぎる感覚に、驚き、多少の畏れを抱かずにはいられないが、彼自身は善良だ。悪気など何もない。彼は、知らないことを知る、知りたいことを知る、それだけが目的で、そうするためにこの世に生み出された──おそらくは戦争の『道具』なのだ。空恐ろしいのは、彼のようなリアルな存在を『道具』として使う人間の方であって、決して恐ろしいのは彼自身ではない。全く理不尽だが、確かに彼は使い方によっては『災い』だ。だが、彼自身には罪はない。まるで罪などないのだ。罪を負うべきなのは、その罰を受ける必要があるのは、彼ではなく、彼を利用し、利用しようとする人間だ。

「……そうか。教えてくれて、ありがとう。お前に言われなければ、ずっと気付かないままだった」

「うん……本当は、さ。こういうの、俺の口から言うべきことじゃないと思うんだけどさ、リカルドは自分では絶対に言わない気がしたから。良ければリカルドが飲んでいた店、教えても良いぜ? 既に常連だったみたいだしさ。たぶん、飲みに行くなら、一度は寄るだろうと思うし」

「何という店だ?」

「『ドリンク・アンド・ドランク』って名前の店だよ。簡単な地図を書こうか?」

「頼む」

「なんなら俺も一緒に行っても良いけど、たぶん、俺はいない方が良いだろうと思うしさ。なんとなく」

「……そうだな。リカルドは意外とプライドは高い方だからな。年下のお前にみっともないところや弱いところは見られたくないだろう」

「あんたは頼りになるのかならないのか、さっぱりだけどさ。間違いなく、リカルドはあんたのこと好きだし、尊敬してるから。俺よりは可能性あると思うよ。なんかちょっと悔しいけど」

「悔しいのか?」

「悔しいよ。俺には聞かせようとは思わないんだしさ。まあ、仕方ねぇけど」

「……お前が心配してたと伝えておくよ」

「いいよ、そういうのは。なんかこれって告げ口っぽい気もするし。リカルド本人には言わないでくれ。そういうのって、なんだかイヤだ」

「判った。言わないことにする」

「これを担保にあんたの口から養父や谷崎に関する情報を口割らせたいところだけど、俺がリカルドを心配してるのは本当だからな。だから、これとは別ってことで勘弁しといてやるよ」

「……ありがたいのかどうなのか、微妙なところだな」

「貸しに思ってくれるのなら、そっちの方がありがたいよ。あんたを脅すのには好都合っぽいしな」

「脅すのか?」

「脅しすかしが効くものならな。とりあえず、今日はコレで引いておいてやるよ。……絶対後日口を割らせるからな」

「……恐いな。お手柔らかに頼むよ」

 苦笑して言うと、ラダーは軽く目を瞠った。

「うん、どうした?」

「……今のは、結構普通の笑顔だったんだが、自覚あるか?」

「誰が? 私がか?」

「……うん。普通に笑ってた。口元が多少歪んでたけど。ちゃんと目が笑ってたよ……」

「どうしてそんな途方に暮れた顔をしてるんだ?」

「……なんか夢でも見てるんじゃないかと思って」

「…………それもかなり失礼だし、凹むぞ、ラダー」

「ああ、ごめん、リック。……思わず驚いて。悪気はなかったんだ」

「…………」

 まあ、良いか。諦めて肩をすくめた。

「第二部 孤高の天才」終了です。

次話から「第三部 波瀾の幕開け」です。

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