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孤高の天才  作者: 深水晶
第二部 孤高の天才
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第四十三話 孤高の天才

 昼食をジェレミーと共に取り、駅で別れた。今日聞いた話について、思いを馳せる。

 色々なことが判った――ルグランが、六、七年前から五年前にかけて、カーティスという『崩壊』前文明の遺物などの転売屋の元へ足繁く通い、そのためにゴードン兄弟と呼ばれる重犯罪者の組織の末端である非合法の金融業者に金を借りた。ルグランはその支払いのために、何らかの情報を売り、カーティスはそのために殺され、金品を奪われた。それが五年前のアストの副社長就任パーティーの日だ。その日、ルグランは大勢の酒をあまり飲んでいない人々と会話し、多くの人の印象に残った。カーティスの死後、カーティスから漏れた何らかの情報のために、ラダーの養父であるジョーゼフ氏の身の回りを監視する人物が現れ、ジョーゼフ氏は身の危険を感じるようになった。

 そして三年前、彼はラダーを、養子として養育していたカースを、セントラルアカデミーに入学させ、その二〜三ヵ月後、ジョーゼフ氏は児童虐待の罪で逮捕された。その前後にルグランが現れ、ラダーに接触を繰り返したが、現時点までにラダーに危害を加えられたことはない。ジョーゼフ氏は仮釈放後、自宅周辺に不審人物がうろついていたため、帰宅を願い出たが、却下され、そのため脱走を図り、ヒッチハイクで自宅へ向かう途中で、強盗に見せかけ、何者かに殺された。また、その前か後にジョーゼフ氏の屋敷に忍び込もうとしただ空き巣がいたが、忍び込めなかった。その後、ジョーゼフ氏の屋敷に関することで、谷崎氏の弁護士事務所にルグランが訪ねて来た。それに前後して、谷崎氏の自宅と事務所に空き巣が入った。その犯人の一味の中には、現職刑事でルグランからの贈収賄疑惑のあり、しばしば接触しているシュナウザーという男が加わっていた。

 ルグランが狙っていたのは、ジョーゼフ氏の発掘した自律動作型人造人間すなわち人型ロボット。そのルグランに接触・資金提供をしているのが、次期社長で現在専務取締役のジェンソン氏。その片腕となっている男がデュバル。デュバルは元軍人で、隣国の旧支配者であるファルゴット政権の残党あるいは一味と、闇ルートで『古代遺産』の兵器類を売買している疑いがある。また、シュナウザーが、これにも関与しているらしい。

 だが、一番重要で、ショッキングな事は、カース・ケイム=リヤオス=アレル・ドーン=ラダーだ。彼が、ロボットで、かつて人の手によって産み出された存在であり、彼が軍隊クラスの火力による攻撃を受けた後、それが完全に修復される前に、電気による衝撃を受けると、最悪の場合、全ての機能がダウンする。ラダーの動力・頭脳は胴体部分に収められ、そのバックアップデータは、彼が緊急停止状態にあるなら、右耳の奥にあるスイッチを下に軽く押し下げれば、取り出される。

 軽い頭痛と目眩いを感じた。

「おい、リック、室長。大丈夫か?」

 その声にぎくりとする。慌てて振り返ると、ラダーが心配そうな顔で、覗き込んでいた。

「どうしたんだ? 顔色が悪いぜ。メシは食ったのか? 身体の具合が悪いのか?」

「……ラダー」

 声がかすれた。

「おい、本当に大丈夫か? なんなら肩でも腕でも貸すぜ? 担いで運んでも良い」

「あ……いや、何でもない。たいしたことじゃないんだ」

「たいしたことじゃない? 自分の顔色見てから言ってくれよ。幽霊でも見たように、真っ青な顔してるぜ。いったいどうした? 身体の具合が悪いんじゃなけりゃ、何があったっていうんだ? 事情を話してみろよ、リック」

 ラダーに話などできるはずがない。こんなことなど言えるはずがない。私はつくづく谷崎氏のことをすごいと思い、尊敬した。彼は何もかも知っていて、それを完璧にラダーの目から隠し通したのだ。砂を塗り固めた化け物と称されるほどに。果たして私に同じことができるだろうか。

「おい、リック。黙って考え込んでいないで、返事くらいしてくれよ。不安になるだろ?」

「不安?」

「そうだよ。とにかくさ、口も体も動けないくらい辛いなら、運んでやるから。医者が必要なら、すぐ呼んで来てやる」

「どうしてこんなところに?」

 駅のホールだった。改札口を出たすぐにある。ラダーはぱっと頬を赤らめた。

「べ、別に良いだろ? あんたを待ってたって。だって仕様がねぇじゃないか。あんたがあの弁護士のオッサンに話を聞いてくれるって聞いてから、俺ずっと興奮してたんだし。これでようやく養父に会えるかもしれないって……」

 ラダーの養父、ジョーゼフ・ラダー。彼にはとても言えない。彼が死に、しかも殺されたことなどは。それにルグランが関わっているかもしれないなどとは。

 頬を赤らめて言うラダーに、どうして言えるはずがある。

「……リック?」

 ラダーが不安そうに、顔を歪めた。まるで、今にも泣き出しそうに。

「ラダー氏は元気そうだった」

「…………」

「しかし、お前には会えないと、会うわけにはいかないと言っていた。彼はお前のことを愛していると、お前なしでは生きられないと、お前なしの生活など考えられないと告白してくれた。たとえ死んでもお前のことを忘れられないと。だが、彼は自分が執着するために、お前を束縛したくないと思い、自由であることを願った。忘れられたくはないが、忘れられても良いのだと。彼ほど、お前を愛している人間はいないだろう。私は、それを羨ましいと思うよ」

「……リック?」

「……本当に羨ましいと思う……」

 目頭がひどく熱く感じられる。身体中の水が、逆流しているような気がする。頬に熱いものが流れる感触を覚えて、私は目をしばたかせた。その様子を息もつけないような顔で、ラダーが大きく目を見開き、凝視しているが、視界が奇妙に歪み、揺れていた。

「……あれ、眼鏡の調子がおかしいのか。なんだか変だ」

「……おかしいのは、あんたの方だ。その、何があったかは知らないが、無理はあんまりするな。こういう時、いったい何て言ってやりゃ良いんだか、ちっとも判らねぇんだけど……その、俺さ、あんたのこと好きだよ。だから、さ、そう、そんなふうに泣いたりするなよ。困るだろ?」

「……泣いてる?」

 聞き返すと、ラダーは呆れたような、困ったような顔で、額をポリポリ掻いた。

「思い切り困るくらい泣いてるよ。あんた、良いトシしたオッサンのくせに、子供みたいだ。本気で参るよ。こっちが世話にならなきゃいけないのに、保護者にでもなってやらなきゃいけないのかという気になる。だけど、俺にはちょっと無理だぜ。人生経験があまりにも不足しているからな。おまけに俺は、存在自体が非常識な人間らしいし。あんたには世話になってもいるから、何かしてやりたいのは山々だが、何をどうしたら良いのか、皆目見当つかねぇよ。本当にさ、何かあったなら、話してみろよ?」

「何でもない。たぶん疲れているだけだ。何も感じてはいないからな」

「…………」

 ラダーはしばし、私の顔を見つめたまま、黙りこくった。

「帰って少し休むことにするよ」

「……俺が信用できないのか?」

 堅い口調で言われて、驚いた。

「え?」

「そんなに俺が頼りないのか? それとも、理解の悪い子供に見えるのか? 隠し事をされると、すぐ判るんだぜ? 発汗したり、体温や脈拍が上昇したり、視線や口調や表情が不自然になったりするからな」

 ああ、ラダーは本当に優秀なロボットだ。人間が隠し事をした時には、すぐにそれを察知・感知する機能があるらしい。だが、優秀過ぎて、困る。

「リック」

 厳しい表情で詰問する顔は、本当にリアルな人間のようだ。とてもロボットとは思えない。精巧過ぎる。思わず、手が伸びていた。ラダーがぎょっとした顔になる。触れた指先がラダーの人間のように温かく柔らかい肌の触感を伝えてくる。滑らかで、体毛が生えていない。そう言えば、ラダーが髭を剃るところを一度も見たことがなかった。

「おい、リック。……室長?」

「きれいな肌だな。女性に羨ましがられた事はないか?」

「ど、どういう脈絡だ?」

 動揺しきった声でラダーが問い返し、私は苦笑した。

「ずっと、気付かなかった」

 証拠はいつでも、すぐ目の前にあるのに。彼をロボットだと認識し、改めて彼を見ると、更に驚嘆し、感心する。新しい発見も多い。私には、ラダーはもう、普通の子供にも、人間にも見えなかった。だが、それでもラダーに対する感情は変わらなかった。アイクと同じように、守ってやりたいと、育ててやりたいと、心底思う。

「お前のことが好きだよ、ラダー」

「ど、どうしたんだ? 熱でもあるのか? 正気かよ?」

「ジョーゼフ・ラダー氏の気持ちが判る気がするな。お前に心配されたり、構われたりするのは、結構良い気分だ。本気で慕われ、好かれているのかと錯覚しそうになる」

「錯覚? どういう意味だ?」

「気を悪くしたか。すまん、失言だ。一つだけ言えるのは、嬉しいという事だ。お前と会えた奇跡に、とても感謝しているよ。それから、お前自身にもだ、ラダー」

「…………」

 だからこそ、言えない。本当に言えない。たぶん、私は彼の事を愛している。息子、あるいは弟として。ラダーは、本当に魅力的なロボットだ。彼がロボットである事は、とてもエキサイティングだったが、同時に哀しく、淋しくもあった。

 彼は孤高の天才だ。彼と同じ存在は現代には今のところ、彼一人きりだ。他にはいない。同類は探せば他にいるかもしれないが、無事機能するかは判らない。彼は本当に独りきりなのだ。他の何も変われない。そして、彼は記憶した全ての事柄を、全て忘れる――抹消されてしまう――宿命にある。それは、とても哀しく、淋しく、辛かった。

 だが、当の本人であるラダー自身はどうだろう。とても本人には言えないが、気になるところではある。哀しいとか、淋しいとか、辛いなどと言ってくれるだろうか。ならば、幸せだ。少しでもそう思われるなら、救いがある。それがプログラムによって、そう表現される疑似的な感情で、偽物だとしても。今、目の前に、彼が存在するのは、現実だ。

 人間は他者の心など読めない。だから、その表面に現れるものが、嘘か誠か、正しく確認する方法はない。人間は嘘を言うが、ラダーは嘘をつかない。ただ、知らないだけだ。ならば、ラダーの方が、誠実ではないか。人間よりも、機械の方が、ずっと。

「お前は天才だ。だが、お前が天才でなくとも、同じように好きになれたと思うよ、ラダー」

「…………」

「私の研究室を選んでくれて、本当にありがとう」

「……礼を言われるようなことは何もしてないぜ。まだ、俺は役立たずだ」

「そんなことはない、皆感謝しているよ。当然私もだ」

 そう言うと、ラダーは顔を赤らめ、微笑んだ。

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