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孤高の天才  作者: 深水晶
第二部 孤高の天才
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第四十二話 三つの対処法

 私の言葉にジェレミーはにやりと笑った。

「本人にも納得してもらえたようだし、じゃあとりあえず1週間、お前の言う通り頑張ってみるよ」

「そうか。でも、それ以上かかる可能性もあるからな」

「それは予防線か?」

「いいや、予測の一つだ。しかし、やはり根拠はない。ただの勘だ」

「……お前は占い師か、予言者になれるよ」

「それはペテン師の才能があるという事か?」

「いいや、そういうわけじゃない。だが、俺以外の警戒心の強い他人も、お前の言う事には耳を傾けそうだ。アストを辞めさせられたら、職業選択の一つに考えてみたらどうだ?」

「不吉なことを言うな。いくら私が業績不振の無駄めし喰らいと言われていようとあと数年は滅多なことでもなければクビにはならない」

「……お前、そんなこと言われてるのかよ?」

 ジェレミーは呆れたように言った。

「まあ、外部への売り上げが全くないのだから、言われても仕方ない。給料が安いのはそのせいだ。社長のお情けと粋狂で保っている。だから、私は彼が在任中に恩に報いるつもりだ。少なくともあと10年の間に、必ず研究中の人工知能を商品として、提供できるようにしてみせる。私が考えている顧客は遊園地などの子供向けの施設だ。意外なところでは、博物館や美術館なんてのも良いんじゃないかと思う」

「軍や一般企業じゃないんだな」

「そういうところで役立ちそうなものは研究していないからな。私は人間の友達になれる友好的で愛敬のある人工知能を目指している。実践的な用途には向いていない」

「つまり、人間と遊ぶ事を目的としたコンピューターというわけか?」

「そうだな、そういうことだ」

「どう考えても、あまり金にはなりそうにないぜ」

「コストを下げられるようになれば、いずれは一般にも浸透するし、一度実用化すれば、他社も真似をするだろう。だが、私の存命中は、私の作った人工知能は役立たずで、一般には普及しないでいて欲しいと思う」

「何故だ?」

「戦争や人を傷付けるような事には役立てたくないし、粗雑に扱われるところも見たくないからだ」

「……お前らしい発想だし、理想だな」

「無理だと思うか?」

「残念ながらね。お前がやらなければ、他の誰かが必ずそうする」

「……それでも、私は自分の手を汚す気はないし、部下にもさせる気は毛頭ない」

「お前らしくて、俺は好きだぜ。だが、一般的な上司には通用しないんじゃないか? 特に倫理観より利益を追求する上司なら」

「…………」

「力になってやれるなら、なってやりたいと思うけど、俺には無理だからな。だから、愚痴をこぼしたかったり、泣きつきたくなったら、いつでも俺を呼べ。世界の端にいたって、お前のためなら、いつでもどこでも飛んで行く」

「……ありがとう、ジェレミー」

「礼を言いたいのは俺の方さ。お前といると、それまで見えなかったことが色々見えてくる気がする。お前の友人やってると、頭や胃が痛くなることばかりだが、人生に退屈したり欝屈しなくて済むよ。そんな暇はとてもないからな。時折本気で絞め殺したくなるが、それすらどうでも良くなる程度には、お前のことが好きだぜ、リッキー」

「どうもいまいち手放しで喜べないんだが」

「別にお前を喜ばすために言ったわけじゃないから、安心しろ」

 ジェレミーは笑った。そこへ先ほどのウェイトレスがやって来る。途端にジェレミーの顔に薄く緊張が走った。

「お待たせいたしました。ペスカトーレとボンゴレスパゲティです」

 目の前に皿が置かれる。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「あの」

 ジェレミーは口を開く。

「食後に珈琲を二つお願いしたいんだが」

「お承りました。お食後に珈琲を二つお持ちいたします」

「あと……」

 どきり、とする。

「先ほどの手紙の返事を……」

「それでは失礼いたします」

 ウェイトレスはさっさと背を向け、立ち去ってしまう。ジェレミーはそれを呆然と見送った。

「……何故だ? 俺は何か悪いこと言ったか? 何か彼女に嫌われるようなことをしたかな……」

「…………」

 私は嘆息した。

「……ジェレミー。ここは彼女の勤務先で、彼女は現在勤務時間中だ。お前は勤務時間中はどうしてる?」

「どうって勿論仕事してるに……あっ!」

 どうやら自分で気付いてくれたらしい。

「でも、彼女の勤務時間がいつからいつまでなのか見当もつかないし、判っても今日は午後から出勤で、帰宅は深夜から早朝になる。いったいどうしたら良いんだ?」

「手紙に自分の連絡先を書いて置かなかったのか?」

「直接答えをもらおうと思っていたからな。全く思いもしなかった」

「ジェレミー、今回は諦めろ」

「なっ……!?」

「その代わり、一週間毎日通うんだ。どうしても時間が取れない時は仕方ないが、一日一回必ず彼女に顔を見せるんだ。ただし、しばらくは何もしないで、普通の客と変わらない顔をしているんだ。勿論、彼女に自分から声をかけてはいけないし、自分から近付くのも、あからさまに彼女を見つめるのも駄目だ。彼女に気付かれないように見つめろ。たまに目が合ったら、自分が先に目をそらすんだ。それを最低三日間やってみろ」

「待てよ。それじゃデートできないじゃないか」

「たぶん押しても引いても、あの様子じゃ首を縦には振ってくれないだろう。だから、相手にそのことを言わせるんだ。題して『目は口ほどに物を言う』作戦だ。強く押して相手に印象づけた後で引くが、完全には引かないで、視線を送る。ただし嫌がられては元も子もないから、ほどほどにだ。人間は、あまり親しくない相手に長く見つめられると、気詰まりだからな。だから親しくない時は長時間目を合わさない方が良い。だが、全く合わなければ、気がないものだと思われる。相手と視線が合うまではじっと見つめ、合ったらそらす。相手から話しかけられるまで待ってみるのが第一段階。だが、全く進展がないようなら、自分から動かなくてはならないだろうな。その辺臨機応変に対処するべきなのだが……」

「そこまで言って途中で臨機応変とか言うのは勘弁してくれ」

「まあ、そうだな。しかし、実際様子を見ないことには、この場でどうこう判断つかないのだが」

「正確でなくて良い。だいたいのパターンを教えてくれ」

「残念ながら、人間はプログラムと違ってパターンなどないからな、本当に迂濶なことは言えないし、言いたくないのだが」

「折角覚悟決めたのに、ここで放り出される方が気分悪いぞ?」

「そうか。そこまで言われたなら仕方ない。絶対とは言えない。確率は二〜三十パーセントくらいだ」

「そんなに低いのか?」

「元が五割だからな。仕方あるまい。一応三つの対処法だけ言っておこう。それ以上は今考えても無駄というか、本当に予測不可能な反応・状況だろうしな。その時は悪いが、自分で考えてくれ」

「あまり良くもないが、判ったと言わざるを得ないだろうな」

「悪いな、ジェレミー。まず一つめは、三日間の内に相手がお前に話しかけてきた場合だ。相手が自分に嫌悪を覚えているか、好意を感じているかは判るだろう? 好意を持ってくれている場合には、相手が多く話す場合にはなるべく自分は控えめにして相手の目を見ながら相槌を打ち、相手が言葉少なならば、同様に相手の目を見ながら、自分から相手を誘導するよう、相手の言葉を引き出すようにさせれば良い。ジェレミーならばさほど難しくはないはずだ。普段仕事でやっていることのはずだからな。相手に自分が相手の話を聞いているということをアピールして、相手が話し好きならなるべく自由に積極的に話させ、その逆なら相手から引き出し、時に話題を提供し、更に会話を引き出したり、盛り上げてやる。あくまでも相手が主で自分が従だ。それほど親しくない内に、自分ばかり喋っていてはいけない。逆に嫌悪を抱かれている場合には、まず謝罪したりして誠意を示し、かなうならば相手が何故そう思っているかを探ることが望ましい。理由によっては挽回のチャンスもあるはずだからな。どうしても無理そうなら、引かねばならないだろうが。こればかりは相性というものがあるからな。なんとも言えない。悪い印象を払拭するのは困難だが、逆を言うなら、それさえクリアすれば、底はない。上手く対処できれば、好感度はかなり跳ね上がるだろう。いずれにしろ相手の気持ちを掴み、相手が欲するものを与えることが大切だ。これは全てのケースに通用する、人とのコミュニケーションで一番大切な事柄だ。これを外すと失敗する。情報が少なければ少ないほど、失敗する確率は高くなるから、なるべく相手から情報を多く引き出すよう努力しろ。相手に多く話させるのは、自分のためでも、相手のためでもある。気持ち良く話ができれば、大抵の人間は快くなる。逆を言えば、不快な会話しかできない相手には、不快感を抱く」

 私が淡々と告げる言葉を、ジェレミーは真剣な顔で聞いている。責任重大だ。

「二つめは、相手が全く相手をしてくれない場合だ。これは大きく分けて二通りの場合が考えられる。一つは、相手が判っていて、わざと無視している場合だ。これは意識されている証拠だと言って良い。嫌われている可能性もあるが、好かれている可能性も十分考えられる。相手の態度をじっくり観察して、見極めろ。無論ここで引いたらそれまでだ。一生彼女とは縁がないだろう。いずれにせよ行動を起こす必要がある。相手に迷惑がかからない程度に、絶対に無視できない状況を作り、声をかけるか、かけさせるんだ。無論相手から声をかけるよう仕向けさせるのが、よりベターだ。が、相手が鈍くて全く気付かれていない場合も稀にある。こういう時はいくら待っても時間の無駄だから、玉砕覚悟くらいの気持ちでどんどん攻めろ。しつこいくらいで丁度良い。でなければ、存在すらも記憶に留めてもらえない。そういう相手には派手にアピールしなくては駄目だ。しかし、このタイプは恥ずかしがり屋も多いため、相手が恥をかかない程度にやるよう注意しなくてはならない」

 私は一息入れる。

「三つめは、相手に意識されているのに、相手がアクションを起こさない場合だ。この場合も嫌われている可能性と好かれている可能性があるが、同様に行動を起こさなければ、進展は見られない。だが、強く押すと逃げられてそれきり、ということにもなりかねない。押したり引いたりの微妙な匙加減が必要になってくる。が、落ちる場合は意外とあっさり簡単に落ちる。落ちない場合は、慎重に言動しなくてはならないタイプだ。相手が本当は何を求めいるのかをとにかく掴め。そうすれば自分が何をすべきかは自然と見えてくる。私が何か言う必要などまるでない。見えなければ、確かめれば良いのだ。相手によって正攻法が良い場合もあれば、ちょっとした裏技が必要な場合もある。情報が足りないと感じたら、相手をじっくり観察するか、アクションを起こして、相手の反応を見る。それで足りなかったデータが得られれば、そのデータを加えて分析する。得られるデータが多ければ多いほど分析は正確になる。そう考えれば、簡単だろう?」

「……お前はいつもそういうことを考えているのか?」

「そういうわけでもない。だが、考えるのは楽しい。人工知能のプログラミングにも役に立つ」

「…………」

 ジェレミーは嘆息した。

「とりあえず礼を言うよ、リッキー」

「別に礼を言われるようなことはまだしていない。でも、上手く行くよう願っているよ」

「ありがとう」

 ジェレミーは笑った。

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