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孤高の天才  作者: 深水晶
第二部 孤高の天才
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第四十一話 当たるも八卦、当たらぬも八卦

「……リッキー。お前は俺が彼女に恋するのは間違いだとでも言う気か?」

 ジェレミーは私に尋ねた。

「いいや。そうじゃない。お前が彼女を好きだと思い、その思いを打ち明けようとするのは良いと思う。それはお前の自由だし、私がそれを邪魔する理由も必要もない。だが、お前がそれに溺れすぎているように見えて、私はそれが恐いんだ。……お前が傷付くということ以上に、それがお前の足枷になるんじゃないかと言う気がして。できれば、お前の恋愛が成就して欲しいと願っているからな。だから、もう少し慎重になって周りを見ろと、言いたくなる。たぶんきっと、お前がいつもの冷静沈着さで、彼女を観察し、彼女に振る舞えば、きっと上手く行くと私は思う。お前を嫌いになれる人間なんて、そういないさ、ジェレミー。お前はとても魅力的な人間だ」

「……真顔で言われると、どう答えたら良いのか悩むな」

「別に、私の言葉に対する返事などはどうでも良い。ただ、今はお前が、思ってる事を全部言ったりしない方が良いと思う。じゃないと、彼女だって困るだろう。たぶん、彼女はまだ、ジェレミーのことを良く判っていない。お前のことを良く知らないんだ。そのために、判断のしようがない。だから、最初は慎重に振る舞うんだ。もう手遅れじゃなければ、大丈夫なはずだ。……ジェレミー、思ってること全てを口にしたり行動にしたりする必要はない。思っていることは、自然と表面にあらわれるものだ。だから、あえてそれを強く言う必要はない。だけど、人間は完全で完璧な生き物ではないから、言葉や、行動が常に必要だ。でも、言葉や行動が多すぎるのは、それが少なすぎるのと同じくらい、相手に意図を伝えるのには、不適切である場合があるんだ。だから、ジェレミーの場合、たぶん控えめに、慎重に振る舞うくらいで丁度良いと思う。……試すだけだ。試してみないか? 駄目だったら、他のやり方に変えてみれば良い」

「……駄目だったら、なんて簡単に言うんだな」

「こう言うと何だと思われるだろうが、自信は半分しかないんだ。ないんだが──ジェレミー、ちょっとだけ私に賭けてみないか? 駄目だったら殴られても良い。その、あんまり強く殴られるのは、仕事に支障が出ると困るから、程々に留めておいて欲しいんだが」

「…………」

「本当に、お前の恋愛に口出しする気はないんだが、ちょっとしたお節介だ。本当にお節介だとは思うが、ジェレミー、本気で嫌なら従う必要はない。私も確信がないから、強く言えないし、だから失敗したら恨まれても仕方ないと思う。でも、なんとなく──勘だ、としか言いようがない。勘でしかないんだが、それなりに自信はある。あるけれども、絶対とは言い切れない。だから、限りなくこれは賭けだ。決めるのはお前で、私は何があってもただ傍観することしかできない。当事者ではないからな。でも、腹が立つなら殴って良い。それくらいは当然だ」

「……判った」

 ジェレミーは呟いた。

「考慮してみるよ、リッキー。慎重に、か。お前に言われるとはな。……まあ良い。やってみるのは悪くないか、と思った。しかし、ちょっと聞きたいんだが、つまり、どういう意味だ? 具体的にはどういう事を言ってるんだ」

「……つまり、最初から、彼女を賛美したり、お前が彼女をどう見てるかといったような事は、あまり口にしない方が良い。お前が彼女を好きだ、と言うのは良い。それは言わなければ始まらないと思う。でも、その、運命の女神だとか運命の恋人だとか、理想的な恋人だの妻だの、あと実際に知っていることではない、お前の想像による事柄──真面目だとか誠実だとか優しいとか、芯がしっかりしているとか、ちょっとした物事には動じないとか──そういった事はとりあえず伏せておいた方が良いと思う。現実のことだけを、口にして、心の中で思っている事の大部分は伏せておくんだ。伏せていても、思いは視線や声・口調、仕草に出る。だから、言わなくても、お前が思っている事は、たぶん彼女に通じる。……お前はただ、目に見える現状の事だけを口にし、彼女がお前に目や、言葉や、仕草で教えてくれることを、知り、感じ取ろうとするんだ。丁度、谷崎氏と会話した時のように」

「それにいったいどういった効果があるというんだ? リッキー」

「たぶん、いつもより結果が出るのに、時間はかかると思う。思うのだが、時間は惜しむべきではないと思う。本当に好きなら、時間をじっくりかけろ。そうすれば見えてくるものもある」

「その前にあっさり振られたらどうする?」

「とりあえず、まず1週間様子を見るんだ。今回は断わられても、しばらくだけ粘ってみるんだ。しつこくならない程度に、相手に嫌われない程度にだ。無理矢理デートを強要しろという意味じゃなく、今回のデートは断わられても、アタックそのものはやめるなという意味だ。本気で嫌がられているようなら、諦めるより他にないが、少しでも見込みがあるようならば、頑張ってみた方が良い。たぶん私よりも、本当はジェレミーの方が、そういう人の顔色や心情を読むのは、仕事柄得意なはずだ。そうだろう?」

「確かにお前に比べたら得意だとは思うが、リッキー、俺は正直、仕事でも、女の心理を読むのは少々不得手なんだ。女は……基本的に男よりも、ポーカーフェイスがうまいんだよ。ただし、感情や心理面から揺さぶってやると、結構もろいけどな。少なくとも警戒されていると、なかなかにガードが厳しい」

「だから、そういうことだ、ジェレミー。そういう職業柄見知っていることを上手に使うんだ。どう考えても、私よりお前の方が、出会った人間の数も、場数も多い。お前が仕事柄する会話はただの日常会話じゃない。相手の裏を読み、真実を探るためにする、コミュニケーションというよりは、腹の探り合いだ。しかも、常人とは違って、刑事は本当にそれが正しいか確認するための検証を必ず行う。そういう事を、自然と日常に、毎日行っているジェレミーが、何故、恋人や、好きになった女性の気持ちが読めないはずがある?」

「…………」

「やればできるはずだ。相手は犯罪者じゃない。相手のガードがいくら堅いといっても、犯罪者の刑事に対するガードや、事情聴取よりは難易度が低いんじゃないか? それとも、こういうのは素人考えか?」

「……いや、そんなことはない。しかし、驚いたな」

「え?」

「……お前にそんなことを指摘されるとは思わなかった。でも、言われてみるまで全く気付かなかったし、考えもしなかった。俺は、仕事柄人の心理や心情を読むのは慣れているつもりでいたが、言われてみると、俺はそれと同じようなことをプライベートでやろうとしたことはただの一度もなかった。だが、やる意味はあるだろうと思う。というか、なんだか希望が見えてきたような気がする」

「ジェレミー、そう感じるのは良いが、くれぐれも彼女に対する言動は控えめにな。10の内の三くらいの気持ちを心がければ、良いと思う」

「何故そう思うんだ?」

「言ってはなんだが、お前は少々おおげさ過ぎるきらいがあるんだ。だから、そのくらいが良い。たぶん彼女は大仰なことを言う男が、嫌いか苦手だ。そもそも自分の容姿や性格などをあまり褒められたことがない。警戒心の薄い娘ならば、お前のように見目も良く中身も男らしい男に、本気で口説かれれば、あっという間に落ちるかもしれないが、警戒心はかなり強いようだから、最初からあまり褒められ過ぎても、ガンガン力押しで攻められても、引かれてますますガードが固くなるだけで、効果はほとんどないだろう。あと、たぶん彼女は、容姿などを褒められ慣れてないとは言っても、自分に誇りを持っている。お前は彼女が自分で誇りに思っている、そういう部分を見つけて、そこをこそ、褒めるべきだ。そうすれば、彼女は喜ぶし、自分を判ってくれたとか、認めてもらえたと思い、嬉しくなるだろうし、その分お前への好感度も上がる」

「リッキー、お前、彼女を一目見ただけで、何故そこまで判るんだ?」

 感心したようにジェレミーが言う。

「いいや、判るわけではない。たぶん直感でそう思うだけだ。彼女のことなど何も知りはしないし、判りもしない。さっぱりだ」

「なっ……何!?」

「だから賭けだと言っている。確証も論理的な理由も全くない。そうじゃないかと私がそう思うだけの話だ。根拠というものは一切ない」

「…………」

「だから、当たるも八掛、当たらぬも八掛だ。気に入らなければ拒否してくれ。自信のほどは繰り返し言うが、半分の確率だ」

「……随分だ、と言いたいところだが、外れたら、殴って良いとのお墨つきだからな。それにお前の言ってる内容にも非常に興味がある。いずれにしても後悔しそうだというなら、お前を殴れる方へ賭けてみるよ」

 一瞬ひやりとした。

「まさか最初から殴る気満々じゃないだろうな?」

「俺は失敗を畏れない男だが、最初から失敗は狙わない男だぜ?」

「それを聞いて安心した。あまり無闇に殴られたいとは思わないからだ。ジェレミーに本気で殴られたら、死ぬかもしれない」

「安心しろ。死なない程度に殴ってやる。そういうのは得意分野だ」

「そ、そうか。あまり嬉しくはないが、少し安心した」

 冷汗を拭いながら、私は言った。

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