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孤高の天才  作者: 深水晶
第二部 孤高の天才
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第三十四話 協力

 私は暫く声を出すことができなかった。何も言えない私の代わりに、ジェレミーが口を開いた。

「それで、何か手がかりや証拠といったものは見つかったのか?」

「いいえ」

 何も期待しない口調でジェレミーが尋ね、谷崎は無表情に首を横に振った。

「だろうな。見つけたら、あんただって、とっくの昔に警察に届け出ていたはずだ。じゃあ、どうしてあんたは、ルグランが怪しいと思ったんだ?」

「ジョーゼフは強盗によって所持金を奪われ殺された、という事になっています。しかし、あれから三年経ちますが、犯人同様、殺害現場は不明のままです。私も周辺に聞き込みしたり、この手紙を投函したという女性を捜したりしましたが、いまだに有力な情報は得られていません。ちなみに私は、犯人を逮捕できる有力情報の提供者に対し、1万連邦ドルの賞金を支払うという広告を代理人を立てて、打ち出してみましたが、効果はさっぱりです。金目当ての愚か者が、屑にも程遠い悪戯まがいの電話をするくらいだという報告です。……しかし、幸いと言って良いのか──これらに反応した男がいたわけです」

「……それが、ロバート・ルグラン?」

「そうです。また、彼は、ジョーゼフの屋敷に執着していましてね。その管理者が私だという事も知って、この事務所に訪ねて来たのです」

「しかし、それだけで怪しいと言えるのか?」

「彼が私の事務所を訪ねてきた一週間から二週間程前に、事務所と自宅に空き巣が入りましてね。たいしたものは奪われなかったのですが、警察の事情聴取などで時間を取られました。公判中の事件や、手を取られるような複雑な依頼を抱えていなかったのは、本当に不幸中の幸いでした。しかし、私はジョーゼフの死を知ってから、念のために調査事務所に、自身の身辺の簡単な警護や調査を依頼していましてね。そのルグラン氏が、私が被害に遭う前後くらいから、熱心にこの近辺を歩いては、私や私の事務所に関しての聞き込みや観察をしていたらしいと知ったのです。さすがに実行犯の中に彼の姿はなかったようですが、私の事務所に侵入者があった時の写真を、撮ってくださいましてね。それを元に、独自に調べを進めたところ、面白い事が判ったのです」

「おい、ちょっと待てよ。そういうことは、地元警察に任せてだな……」

「その地元警察、それも、先に私が顔を見たことのある人物が、空き巣グループの一味が混じっていたと言ったら、どうします?」

「……っ……まさか……!?」

「それが判った時点で、警察を頼るのはやめて、独自の伝手を利用する事にしました。職業柄、顔は広いもので。しかし、警察を頼れないとなると、なかなか苦労でした。警察にも親しい知人がいないこともないので、こちらの手の内を探られない程度に、噂話を聞き出したりはしましたがね。……絶対に裏切られないとか、こちらの言う事を完全に信用してくれるいう保証はなかったので、正直、味方が増えるのは心強いのです」

「おいおい、早合点はよして欲しいもんだな? 弁護士さん。俺は、まだあんたの味方になるつもりはないぜ?」

「安心してください。あなたにそれは期待していません。しかし、彼は──ジーンハイムさんの意見は、違うでしょう。……違いますか?」

 こちらに話を振られて、ぼうっとしていた私は、どきりとして顔を上げる。

「あ……はい?」

「バカ! リッキー!! 迂闊に返事なんかするな! 言質を取られるような言動したら、どんな目に遭わされるか知れないぞ?」

「随分私は信用ないようですね。……とりあえず、ジーンハイムさん。あなたはどう思いますか?」

「……あ、すいません。まだ、ちょっと……混乱していて」

「あなたは感受性の強い人のようですね。それとも、カースに対して強く感情移入していた? そうでしょうね。どうでも良い相手のために、わざわざ私のところへまで訪ねてきたりはしないでしょう。しかし、ショックだろうとは思いますが、カースがロボットであり、『崩壊』前文明の遺物であることは、間違いありません。発電装置が破壊されたり故障しない限りは、半永久的に機能します。世界を『崩壊』へと導いた核爆弾の倍以上の放射能を浴びても大丈夫です。さすがに熱線を浴びれば、溶けますが。……慣れてしまえば、平気になりますよ」

 ……慣れてしまえば、平気になる? 本当に? どくん、と心臓が波打つ。脳裏に浮かぶラダーは、とても人の手で造られたロボットだとは思えない。自然に笑い、自然に怒り、自然に泣く、精巧な──あまりにも精巧で、人間と全く区別のつかぬ人造人間。感情豊かで情緒豊かで、人間と共感し、理解し合える──私が夢に見た、人工知性。だが、本当に私は、彼のような存在を望んでいただろうか?

「……私はずっと、人間の友という存在になり得る人工的な知性、人工知能を研究していた。利己的な理由ではなく、単なる憧れから──誰にも何にも利用されることのない、まだ人類が見ぬ未知の存在、第二の知性を、この世に生み出したいと思っていた。支配するためではなく、支配されるためでもなく、使役するためでも、使役されるためでもなく。対等の、同じ立場で、別の視点で、互いに互いを客観的に認識して、その上で共感も同感もできる第二の存在を……だが……」

「リッキー」

 心配そうに、ジェレミーが私に声をかける。

「カースは人間そのものだ。彼自身も自分を人間だと思っている。酒を飲んでも皆と同じようには酔えない事を気にしていた。私は、彼の告白を聞いても、全く酔わないなどというのは嘘だ、きっと少しくらいは酔っているのに、自分では自覚がないだけだろうと……私は、彼の事を人間だと思っていて、そうではないなどとは、全く疑ってみもしなかった。見聞したことを全て丸暗記して、忘れずにいられる事も、彼が機械であり、人工的な知能を持つロボットだとすれば、奇跡でも天才でもなんでもない。自然な事だ。そのように造られているのだから。だけど、そんな事をどうして彼に言える? 彼は自分が人間だと思っている。なのに、人間ではないなどと、彼に告白できる筈がない。彼が人と違うという事に悩んだとしても、彼を納得させるだけの理由はあっても彼にはとても言えない。絶対に言えない。巨大コンピューターにそのデータを蓄積・解析させるためだけに、人間の中に混じり、親しくなり、情報を収集して、回収させる事が目的だって? 私は……彼を助けるために、彼の心を安らげるために、ここへ来たはずだったのに。彼が、ルグランに危害を加えられる事がないというなら、私の役目はもう終わった。私は、正義感や、真実究明・解明のために、真犯人を捕らえるために、ここへ来たわけじゃない。ラダーを、カースの心を救うものを見つけるために来たんだ。その心すらも嘘で偽りだというなら、私に一体何ができる? 虚実の、架空のものを救うだなんて、そんなの神にだって不可能だ。ここまでの道程は全て無駄だったというわけだ」

「……リッキー……」

 ジェレミーが苦しげに顔を歪め、声を失い立ちつくす。その様子をやはり無表情で、谷崎が見つめ、口を開いた。

「……カースの心が偽りならば、彼が苦しんでいても、無意味だと?」

「それはプログラムでそう見えるだけのことだろう? プログラムさえ変えてやれば、そういう知識を埋め込んでやれば、ラダーは二度と苦しまない。プログラムを変えてしまえば、ラダーは以前とは別物になると、あなたが言ったんじゃないか。人の心はそんなに簡単じゃない。私はそんな単純なことで救えてしまう存在を救いたいと思ったわけじゃない。私は彼を、カースを人間だと思ったから、助力したいと思ったんだ。私がなんとかしてやりたいと思ったのは、無機質で無感情なロボットではなく、感情豊かで情緒に溢れた、感受性豊かな人間だ」

「……では、あなたにとって、カースは救ったり助力するに足りない存在だと?」

「プログラムを改変することで、問題が解決する事が可能であるならば、そちらの方が合理的で簡単だ。無論、作業に時間はかかるだろうが、人間の心を救うよりは簡単だ。神経を使う必要もない」

「あなたは……本気でそう思っているのか? それでは……あなたの方が、あなたこそが、カースよりもずっと機械じみている」

「……っ」

 そんなのは。……そんなのは、ずっと昔から、知っている。

「谷崎!!」

 ジェレミーが激高し、谷崎に掴みかかる。私はそのジェレミーの肩を、背後から掴み、引き離そうとするが、私の腕力では適わない。

「良いんだ、ジェレミー。 本当のことだ。彼は悪くない」

「違うだろ!? お前は機械なんかじゃない!! ただ、不器用で、自分が思っていることを、他人に上手く伝えられないんだ。感じていることを、相手に判るように、表現できないだけなんだ!! 俺は知ってる!! お前が優しいことも、感情を表に出さないだけで、実は喜怒哀楽が激しくて、泣き虫で恐がりだってことも!! それから、致命的に鈍くて、自分の事すら、他人に指摘されるまで気付かない男だってことも!! 俺はちゃんと知ってる!! 俺がどんなバカやっても、見捨てずにいてくれる、心の広い友人は、お前だけだ!! 俺がお前にどんなに感謝していることか!! お前が傍にいてくれるから、俺は、それだけで、自分はまだ大丈夫だと安心できるんだ!!」

 ジェレミーが、そんな風に思ってくれていただなんて、初めて知った。しかし、私は首を振る。

「いいや、ジェレミー。私は……」

「……私も言葉が過ぎました。申し訳ありません、ジーンハイムさん。彼が怒るのも無理はない。私が悪かったのです。この通り、謝罪いたします」

 谷崎は深く頭を下げた。

「あのな! 謝って済むなら、警察はいらないんだよ!! あんた、弁護士ならそれくらい知ってるだろ!?」

「……そうですね。あまりにも意外だったので。まさか、そういうリアクションを、彼が──ジーンハイムさんが返すとは予想もしなかったもので。相手が機械なら、プログラムを改変してやれば良いというのは、確かに合理的でしょうが、まさか、そう来るとは」

「こいつも、これでショックを受けてるんだよ。見りゃ判るだろう!?」

「……そうですね。しかし、極端な人だ。積極的なのか投げやりなのか、さっぱり判りません」

「あんたが判ろうと判らなかろうと、これがエリック=リチャーハイム=イーマントリック=ジーンハイムなんだよ!! あんたもいい加減、こいつで遊ぶのはやめてくれ!!」

「……え?」

 私は呆然と目を見開いた。ジェレミーの言葉に、谷崎は顔をしかめた。

「いえ、別に遊んでいるつもりもないのですけどね……。しかし、ジョーゼフやカース以上に興味深い人です。職業柄、色々な反応をする人に出会ってきていますが、どうもジーンハイムさん、あなたは、そういった人々の例に当てはめて捉える事ができない人のようです。これまで培ってきた交渉術は、あなたにはとても役に立ちそうにない」

「……交渉……術……?」

 頭が混乱してきた。すると全て嘘だと言うのだろうか? それとも。

「カースがロボットなのは本当です。その遺書も本物です。私は今のところ、あなた方に嘘は申しておりません。それだけは信じてください」

「…………」

「確かにプログラムを改変してやれば、カースの心──プログラムによって擬似的に表現される、彼の表向きの思考は救われるでしょう。しかし、それは、全く事の解決にはなりません。カースの身体は確かに、余程の事が無い限り、危害を加えることはできないだろうと思われるのも事実です。しかし、ジョーゼフを殺した犯人や、カースを取り囲む陰謀や犯罪の正体は、まだ明かされていないのです。今のところ、ルグランという男が怪しいのは確かですが、怪しいという以上の事は何もないのです。彼が、空き巣や強盗の実行犯だという動かぬ証拠があれば、私が嗅ぎ回ったりするまでもなく、警察の方々の仕事で、事は済むのですが」

「……俺たちに協力しろってのか?」

「そうしてくだされば、空き巣の実行犯にいた、私の顔見知りの警官の名と、証拠写真を提供いたしましょう」

「……あんた、本当、涼しい顔してとんでもないこと言うな?」

「今更でしょう。あなたが断れば、この情報は他にリークしても良いのです。このビルの隣の隣に、新聞社があるのをご存じですか?」

「……あの、ガセだかマジだか判らないようなゴシップばかり載せてる三流新聞か? まさか、そこに売ると言ってるんじゃないだろうな?」

「あなたの協力が得られないなら、そうするのも悪くないと思っているところです」

「……あんたはそれで良いのかよ? そこから生じる事態は、真実には遠くなるぜ?」

「本当はそれをネタに脅迫というのも良い線だとは思うのですが、それでは犯罪ですからね。犯罪にならない手段でという事になると、そういう事に。ネットでリークしても、あまり効果はありませんからね。やはり、こういう不祥事は、人の目に見えるところの方が、大事にできます。連邦ネットが一般に普及し、パーソナルコンピューターが各家庭に一台は存在するというデータはあっても、結局、ネットでそういう情報に触れる人間は一握りですから」

「……そのデータは嘘か、誤りだぜ。少なくとも、俺の家も実家も、それからそこのエリックの住んでる社員寮にも、パーソナルコンピューターなんか無いからな」

 すると、谷崎は微かに目を瞠った。

「プログラムが専門なのに、パーソナルコンピューターをお持ちではない?」

 私は頷いた。

「職場に、パーソナルコンピューターなど玩具のような高性能のスーパーコンピューターがあるので、自分で持つ必要などありません。私は趣味でコンピューターを触りませんから。仕事が趣味、と言えば、そう言えないこともありませんが」

「……私はてっきり、仕事でコンピューターを触る方は、趣味でも触るのだと思っていました」

「そういう人間も、部下や同僚には大勢いますが、必ずしもそうとは限らないものですよ。弁護士さんだって、必ずしも弁舌が得意とは限らないのでは? それは勿論、下手では商売にはならないでしょうが。私は、どうせ所有するなら職場で使う程度の高性能のコンピューターが良いと思いますが、自分の安月給ではとても手が出ませんから。半端な玩具をいじるくらいなら、職場に泊まり込んだ方が余程ましです」

「……なるほど」

 谷崎は興味深げに頷いた。

「ところで、ジェレミーさん」

「あんたにファーストネームで呼ばれたくないんだが」

「すみません、ジェレミーさん。残念ながら、あなたの名字を失念してしまいまして」

 それも当然かも知れない。ジェレミーは自己紹介もせず、身分証をちらりと見せただけだ。あの短時間でフルネームを記憶できるのは、ラダーだけかも知れない。

「ジェレミー・クォートだ」

「では、クォートさん。我々が協力することは、お互いメリットになると思われるのですが、あなたはどう思いますか?」

「……最初に言っておく。俺はあんたを信用できない。だが、確かにお互いの情報を交換し合った方が良いだろうと思う。ベストではないが、ベターではあるだろう。だが、全ての情報を明かすというわけにはいかない。それで良ければ協力しよう」

「では決まりですね。では、更に詳しいお話をいたしましょう」

 満足げに谷崎は頷いた。

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