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孤高の天才  作者: 深水晶
第二部 孤高の天才
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第三十二話 谷崎の事情

「……え?」

 私は呆然と問い返した。

「世の中、あんなバカは二人といないと思っていましたが、大きな間違いでした」

 谷崎の言葉に、ジェレミーはうんうんと頷く。

「もっと言ってやってくれ。普通の言い方じゃ、ちっともきかないからな。多少言い過ぎなくらいでちょうど良い」

「……友人を目の前でバカにされて笑っているあなたも、十分救い難い人ですけれどね」

「えっ……わ、私のことなのか!?」

「正解です。ご褒美に何でも質問に答えてあげますよ」

 なんだかバカにされている気がしたが、チャンスではある。私は相手の気が変わらない内に質問した。

「あなたはやはり、ルグランの事を、その企みについても、全て知っていたんだな?」

「あなた方の目には、友人を見殺しにした非情な男に見えているのでしょうが、私とて三年前に、ジョーゼフが狙われているというはっきりとした確信や証拠があれば、身を粉にしても彼を救おうと尽力しました。当時の私には、ジョーゼフが正気とはとても思えなかったため、私は彼に、私の知り合いの医師を紹介して、診察させたのです。これほどひどい裏切りはないでしょうね。彼は何一つ文句を言わなかったために、私は彼が死んでから、その真意や経緯を遺書として残し、私宛てに郵送してきたため、ようやく詳細を知ったのです。勿論、私なりに事実かどうか確認しました。調べが足りなくて、ルグランの会社名までは突き止めましたが、それより先は行き詰まっていましてね。社員のあなたなら良くご存知でしょうが、あの会社はガードが厳しく、外部から潜り込むのはほぼ不可能です。自宅を調べる方が簡単でした」

 谷崎は彼なりに、辛い思いをしたのだ。しかし、私は彼に同情する代わりに質問した。

「ルグランが奪ったプログラムと論文は見つかったのか?」

 私が尋ねると、谷崎は苦笑した。

「そう簡単に見つかれば苦労しません。少なくとも家、または、私が人を使って見張り始めてからの、彼の立ち寄り先には、ありませんでした」

「……随分本格的に調べてるんだな。どんな方法で他人の家の中まで調べたのか、少なくとも、そのルグランという男が被害届けを出さない限りは、聞かないで置くよ」

 ジェレミーは苦笑した。

「おや、見逃してはいただけないとおっしゃいますか?」

 谷崎はほぼ無表情で穏やかな口調で言った。

「半分は目を瞑ってやると言うのさ。俺は仮にも現職なんでな、減給は恐くないが、退職は恐いんだ。それを念頭に置いて、話してくれって言ってるのさ。知らないことは話せないし、何も考えずに済むことだしな。それに、共犯者扱いされたくない。俺は意外と小心者なんだ」

「ジェレミー」

「心配するな、リッキー。この人は仮にも話すことを職業にしている弁護士さんだ。上手く俺たちに不用意な発言などせずに話をすることなど、容易いものさ」

「あまり買い被らないでください、刑事さん。法廷へ行くまでには、十分な下準備や用意が可能です。何の資料も、裁判官や審判員に差し掲げられるほどの証拠もありません。定められた短い時間ならばともかく、喋り通しでは、さすがにボロが出ます。私も然程、強心臓ではありませんので」

「谷崎さん」

「そんなすがるような目をされても困ります。私は職業柄そういう人の目は見慣れてはいますが、嘘や誤魔化しで、相手を煙に巻くほどの弁舌の才能はありませんでしてね。それがあれば、稀代の詐欺師にもなれたのでしょうが」

「…………」

「あのな、谷崎さん。そいつは、顔に心情が出にくいタヌキのような曲者に見えるが、意外と人間の裏を読むのは苦手な不器用な男なんで、いじめたりからかったりするのは、その辺でやめて置いてくれないか? 自分は腹芸ができるし、それなりの駆け引きもできるのに、妙なところでバカなんだ」

 いじめる?

「まるで私がひとでなしだと言いたげですね。まあ、否定はしませんけど」

「……しないのかよ?」

 呆れたように、ジェレミーは言った。

「別にあなた方にどう思われようと、関係ありませんから。ただ、あなた方と協力し合うのは、私にとってもメリットがあります。私達は互いに補うことができるでしょう。ついでに、警察の方のコネが得られれば、今後の仕事も楽になるかと期待したのですが」

「諦めろ。っていうか諦めてくれ。俺には、あんたの役に立つようなコネなどないし、偉くもない。いつ首を切られるか判らないヒラで、上の言う事には、ホイホイ従わなきゃならん宮仕えだ」

「上司の目の前で、素面で堂々と悪口言っててもか?」

「そういう余計な事は人前で言うな、リッキー」

 谷崎は我々を見ながら、くすくすと笑った。

「なるほど。カースのことは、私が心配するようなことは、なさそうだ」

「……えっ?」

「実を言うと、ルグラン同様、カースにも人をつけているのです。昨日の昼食は、あなたはカースと一緒でしたね? 空いていたとは言え、店内は無人ではないのです。おかげで私は事前に情報を得て、下準備と心構えをすることができたのですが」

「えっ……ぇええっ!?」

 私は面食らって、素頓狂な声を上げてしまった。

 谷崎は更に楽しそうに声を上げて笑う。

「あなた方になら、ジョーゼフの遺書を見せても問題はないでしょう。全くおかしな人達です」

「こいつはともかく、俺まで一緒くたにするのは、やめてくれないか? 谷崎さん。俺はこいつほど変じゃない」

「大丈夫。あなたも十分個性的ですよ」

「……あんたに真顔で言われたくないんだがな」

 ジェレミーは苦笑して、頭を掻いた。

「今、ジョーゼフの遺書を持って来ます。ついでに珈琲も入れ直させましょう」

 そう言って、谷崎は立ち上がった。

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