第三十話 告白
話したがらない人間を問い詰め、目的の事柄を聞き出すのは、骨が折れる。話したがらない者から何か聞き出したい時は、相手にその話を自発的にさせるのが、一番だ。話したがらないが、本当は話したい場合は簡単だ。適度に押してから、適度に引いてやれば良い。この適度が非常に重要で、難しいのだが。しかし、心底話したくない相手の場合には、とても苦労する。押せば押すほど逃げられるし、引けばそれまでだ。押したり引いたり、はぐらかしたり核心を突いたりの細かく複雑な駆け引きが必要になる。
「谷崎さん、あなたはロバート・ルグランという男をご存知ですか?」
谷崎の表情はほとんど変わらなかったが、僅かに緊張が走ったのを目で確認した。
「アストの社員で、私の同僚なのですが、何か良からぬ事を考えているようなのです」
「……そのような事は、私のような弁護士ではなく、そちらの刑事さんにお話した方が良いのでは?」
慎重な口調で谷崎が言った。
「良いのですか? 谷崎さん。聞かないと後悔することになりますよ?」
「あなたは私を脅迫しに来たのですか?」
「谷崎さん、あなたには脅迫されて困ることでもあるのですか?」
「まさか。私は清廉潔癖です」
思わず苦笑してしまった。
「ご自分で清廉潔癖を自称するのはどうかと思いますよ。信頼性が薄れます」
「親切なご指摘有難うございます、ジーンハイムさん」
二人でにっこり顔を見交わすと、居心地悪そうにジェレミーがもぞもぞと尻を動かし、ソファに座り直した。
「どうやらそのルグランが、ラダー邸にある何かを狙って、画策しているようなのです」
私の言葉にピクリと反応したのは、谷崎ではなくジェレミーだった。私は微笑を浮かべて先を続ける。
「彼は三年前から、何か怪しい動きをしていましてね。それに気付いたのは、最近なのですが」
「お言葉ですが、ジーンハイムさん。疑わしいだけでは人を罰することはできません。それに、仮にも同僚の方なのでしょう? そう無闇にお疑いになってはいけませんよ。何かの間違いか、あなたの勘違いではありませんか?」
「ならば良いのですが。……彼は、非合法な手段によって、彼には不可能な筈の彼の研究に関係した、我々には未知の情報を得たのではないかという疑いがあるのです」
これは口からでまかせだ。現時点では、私の妄想に過ぎない。
「彼の研究とは一体何です?」
「自律して動作可能な作業・労働用ロボットです。現在は、別売ソフトやパーツを取り替える事により、単純作業を指示された時間、稼働可能な時間だけ、従事することができますが、指示を途中で変更したり、場合によっては、ソフトやパーツを入れ替えたりしない限り、突発的な事には対処できません。しかし、三年前から、より複雑な作業が出来るようになり、ハード面では集積回路などの他は、さほど変わってはいないのに、より細かくスムーズな動きや、繊細な作業ができるようになりました。それ以前とは別物といって良いくらいにです」
「…………」
一瞬、谷崎は顔を強張らせ、息を飲んだ。
「原因はアプリケーションではなく、OSです。画期的な変更とバージョンアップがなされ、その結果、頭脳ともいうべき集積回路が変更され、規格も大幅に変更されました。判りやすく言うと、運動性能はそのままで、頭が非常に良くなったのです。天才が凡人より速く正確に計算できるのと同じ理屈です。通常スタッフが変わったわけでも、新発明があったわけでもないのに、このような変化・向上はありません。しかし、彼は明らかにこの時点で、新しい発見・知識を手にしたわけです。ところが、彼はそのことを社内にも社外にも発表していません。通常、研究者というのは、自分が大発見・大発明したら、他者や外部に発表したくなるものです。そうすれば、名誉はもちろん、社内の評価も上がり、査定や給料も上がります。我々研究者は専門バカが多いのですが、功名心の有無に関係なく、皆新発見をしたら、発表したいのです。自分の名声など気にしない者も、仲間とその喜びを分かち合いたいのです。……それを誰にも明かさないのは、明かせない理由があるか、そんな発明や発見などなかったか、どちらかなのです。ルグランは、ジョーゼフ氏が死ぬ前に彼と接触し、彼から何かを奪った。それは……『崩壊』前文明の遺産。おそらくは何らかのプログラム、あるいは、ロボットだ」
「っ!?」
ガタン、と谷崎は立ち上がった。
「ど……どこから、そんな情報を? ま、まさか、カースが? いや、そんな筈はありません。彼は何も知らない筈です。我々は情報漏洩には十分過ぎるほど、細心の注意を払っていました。だとしたら、ルグラン本人? いえ、彼がそれを誰かに漏らす筈がありません。すると、『崩壊』前文明研究者!? それとも、その崩れ!? 一体誰です!?」
私は何も言わず、薄く笑った。
「……教えてくださいますか? 谷崎さん」
無論、全てはったりで、根拠など何もない私の憶測なのだが、そんなことは、おくびにも出さない。黙っていた方が、相手は騙されてくれる。特に、冷静さを欠いている場合には。
「くっ……あ、あなたは……っ!!」
「素直に自分から話した方が身のためですよ、谷崎さん。私は心底あなたのためを思って言っているのです」
谷崎は蒼白な顔で、私を見た。
「そこまで知っているのなら、隠しても仕方ありません」
観念したように、谷崎は言った。
「ルグランが……彼が探している自律動作型人造人間、すなわち、高性能な人型ロボットは、カースです」
「……え?」
あまりのことに、私は絶句した。
「カース・ケイム=リヤオス=アレル・ドーン=ラダー。The curse came real for us. まさに我々にとっての、災いが来た。……それが、カースが収められていた遺跡に刻まれていた碑文の現代語訳です」
「まさか……あれが……彼が、ロボット……?」
「あなたが信じられないのも、無理はないでしょう。私も最初は信じられませんでした。遺跡を発掘したのは、ジョーゼフです。彼は、カースを動かしているプログラムと、カースそのものに、魅了され、没頭しました」
「……それじゃ、まさか……」
「あれは外には出してはいけない代物です。しかし、ジョーゼフはあれを人間を愛するように、愛してしまいました。そして、あれを屋敷に閉じ込めたままにするのは可哀想だと言い始めたのです」
「……それで、あんな状態の彼を……何の予備知識も倫理観も持たない幼児のようなカースを、外に一人で放り出したというのか?」
私の声は震えた。
「ジョーゼフが何を考えていたのかは知りません。私の目には彼が狂っているようにしか見えませんでした。彼はカースを人間だと思い込んでいるようでした」
彼を――カースを――人間だと思う事が狂気であるなら、私は狂人だ。
「……そんなバカな」
「信じてもらおうとは思ってはいません。ただ、私が知っていることといえば、このくらいです」
静かな、諦め切った口調で、谷崎は言った。