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孤高の天才  作者: 深水晶
第二部 孤高の天才
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第二十九話 弁護士

 ラダーの養父ジョーゼフ・ラダーの顧問弁護士タニザキ・セイイチロウの事務所は、セントラル・アカデミーのキャンパスから、徒歩十分ほどの距離にあるオフィス街の、林立するビルの中にあった。なるほど、ここなら学生だったラダーにも通い易い。タニザキ法律事務所と公用語で書かれたプレートを見て、ふむと頷く。新しくはないが、清潔で機能的なビルだ。外観は悪くない。

「時間にはまだ早いがどうする?」

 とジェレミーが尋ねる。

「十分なら許容範囲だろう。行こう」

「そうだな。時間もそれほど余裕はないし、タニザキ氏の話を聞いてからの方が、周辺の聞き込みもやりやすいしな」

「聞き込み? そんなことするのか?」

「当たり前だ。人間は嘘をつく生き物だぞ? そのまま鵜呑みにできるか。俺はお前と違って育ちは悪いし、職業病で、何でも頭から疑ってかかるのが、癖になってるんだ。だいたい、弁護士が嘘をつかないなんて、詐欺師が嘘をつかないと言うようなものだ。多少オーバーだが、弁護士は法律の知識やノウハウ以外に、屁理屈と弁舌を武器にしている人種だ。うかうか信用できるか」

「……弁護士に何か恨みでもあるのか?」

「お前はどうせ、俺が弁護士に恋人を寝取られたとか、色々失敬なことを考えているんだろうが、それは違うぞ。そんなことは俺のこれまでの人生、ただ一度きりしかない」

「やっぱりあるんじゃないか」

「俺は過去を振り返ったりしない男だ。特につまらない過去など気にも止めない。個人的な恨みつらみがあって、毛嫌いしている訳じゃなく、それくらい慎重にならざるを得ない連中なんだ」

「十分振り返ってるし、気にも止めているじゃないか」

「余計な茶々は入れるな。とにかく注意しろ。少なくとも俺達は相手の味方ではないし、顧客でもない。軽くあしらわれるくらいは覚悟しとけ」

「……ラダーが砂を塗り固めた化け物と評するわけだ」

「ほう、坊やはそう言ったのか。なかなか俺と意見が合いそうだな」

「いいや。さじは投げていたが、感服していたようだぞ。お前とはニュアンスが違う」

「しかしヌリカベ野郎ってのは同感だ」

「何だ? そのヌリカベというのは」

「泥を塗った壁の化け物さ。今度、本を見せてやる。なかなか面白いぞ。他にもネコ娘とか目玉オヤジとか出て来るんだ。あと砂かけババアとかな」

「さっぱり判らないな。何かの書物なのか?」

「ま、そんなものだ。楽しみにしてろよ」

 ジェレミーはにやりと笑った。

「そんなことよりもう行かないと。いつまでもビルの入口に突っ立っていると、不審人物と思われる」

「良かった。エレベーターがあるな。六階まで階段を昇らずに済む」

 その言葉に、思わず笑みをこぼす。

「あんなビルはそう滅多に他にはないよ、ジェレミー」

「そうだろうとも。特にあんな化け物婆さん付きではな」

「失礼なこと言うな」

「正直な感想だ。まさか、リッキー。いくら年増好みとはいえ、あんな婆さん相手に情欲を抱いてる訳じゃないだろうな? 俺は友人の結婚式で、あの婆さんのウェディングドレスを拝む羽目になったら本気で泣くぞ」

「私にも、夫人にも失礼だぞ、ジェレミー。私は彼女を人生の先輩として、尊敬しているのだ」

「判ったよ、リッキー。俺が悪かった」

 ジェレミーは降参と言わんばかりに、両手を挙げた。

 私たちは、エレベーターに乗り込み、六階で降りた。エレベーターの向かいのすぐ側に、その事務所はあった。私はそのガラスのドアを軽く叩き、挨拶をする。

「すみません、昨日ご連絡したジーンハイムです。タニザキ氏はご在室されていますか?」

 入口近くの机に座る年輩の女性に話しかけると、女性は立ち上がった。

「はい、お話は伺っております。こちらへどうぞ」

 と木製のドアをくぐった先の応接室に、通された。先の女性が珈琲を持って現れる頃に、眼鏡をかけた四十歳前後くらいの、黒髪・黒い瞳の東洋系の、目が細く神経質そうだが落ち着きもある、小柄だが華奢ではない体格の男が現れた。

 男は我々に近付くと、立ったまま頭を下げる。

「はじめまして。谷崎誠一郎です」

 どうも堅い男のようだ、と私は思った。

「はじめまして、ラダー氏の養子のカース君の直属上司のジーンハイムです」

 右手を差し出す。谷崎は私の手を握り返し、すぐに離す。それから、ちらりとジェレミーに視線を走らせ、

「ところで、お隣にいらっしゃる方はどなたですかね?」

「失礼いたしました。私はこういうものです」

 と、ジェレミーは名前も言わずに、自分の身分証のみをちらりと相手に見せて、すぐしまう。

「警察? はて、そういうお話でしたか?」

 谷崎はほとんど無表情といって良い真顔で言った。

「先にお話せず申し訳ありません」

 と私は頭を下げる。

「お聞きしたいのは、あなたの顧客であったジョーゼフ・ラダー氏と、その子息であるカースについてです。また、彼らの住んでいた屋敷についても少しお尋ねしたいのですが」

「いかなる目的でですか? 当初のお話では、あなたはカース君の上司として、二・三お話があるとのことで、それ故に私も、本日応じた筈だったのですが。警察の方が、わざわざ当方を訪ねていらっしゃるような要件は、今のところなかったように存じます」

「私は本当にカースの上司です。こちらが私の身分証です」

 と、いつも職場では首からさげているプレートを掲げて見せた。本当は解除キーを兼ねているため、本社の外には持ち出し禁止で、網膜センサーで出し入れ可能な個人ロッカーへ入れて帰らなければならない規則になっている。それを厳しくチェックする警備員もいるのだが、蛇の道は蛇である。その気になればいくらでも持ち出せる。見つかれば減給処分、悪用すれば退職、場合によっては刑事または民事で告訴・裁判に持ち込まれる事もある。どうやって持ち出すかは、企業秘密だ。ヒントを言うなら、管理するのも監視するのも人であり、個人ロッカーには中身が何かをチェックする機能はなく、ただ、出し入れの有無を確認し、なければ赤、何かあれば緑のランプを点灯させるだけだ。監視カメラは付いているが、それがどこにどういう角度で備えつけられているかを知っていれば、造作もない。普段は面倒な上に必要ないので、それをしないだけだ。相手が確認すると、その面倒なものをさっさとしまう。私もさすがに減給・退職はごめんこうむりたい。

「本物のようですな」

「……ご存知ですか?」

「それをどうやって持ち出したかについては、お聞きしません」

 おやおや。ジェレミーが無言で私を睨むが、私は知らぬ顔をする。

「亡くなったジョーゼフ氏は、死の直前に身の危険を感じていると洩らしたそうですが、本当ですか?」

 私が尋ねると、谷崎氏の瞳が鋭く光った。

「誰がそのような事を。……まさか、カース君が?」

 しかし、谷崎氏の顔には、そんなはずはないと書かれている。揺さぶりをかけたつもりだったが、まったく動じる気配はない。想像していたより手強そうだ。しかし、これはこれで、面白いかも知れないな、と思った。

「カースは養父の死をまだ知りません。彼は養父の行方を知りたがり、会いたがっています。私としては、彼に真実を話すかどうか、まだ迷っています。しかし、現在私が知る以上の情報がなくば、折を見て伝える他に、仕方ないと思います」

 私の言葉に、谷崎は微かに眉をひそめた。

「あなたの知る限りの情報とは、一体どのようなものですか?」

「ジョーゼフ氏が、仮釈放中に逃亡し、ヒッチハイクする途中で、強盗に刺殺されたという事です」

 私の言葉を聞いて、谷崎はさっと表情を暗くした。

「本気ですか?」

「ええ。他にはどうしようもありませんから。私はカースに、養父に会わせてやると約束しましたが、死んで墓に入っている人に、引き合わせるのは、さすがに無理ですからね。彼に言って、面会は諦めてもらいます」

 私がのほほんとした口調で、のんびり言うと、谷崎は眉間のしわを濃くした。

「そんなことをしたら、彼が何をするか、あなたは判ってらっしゃるのですか? 間違いなく彼は職場を飛び出して、犯人探しに没頭します。犯人が見つからなければ、被害は最小限で済みますが、見つかってしまえば、犯人の身が危険です。彼は犯人を殺すまでにはいたらないでしょうが、重傷くらいは負わすでしょう」

「……それで、あなたは彼には何も話さなかったというわけですか? それよりそんな無茶をした時の彼自身の心配はしないのですね」

 私がそう言うと、谷崎は苦虫を噛んだような顔になった。

「あなたは、判っていておっしゃったのですね。そうは言っても守秘義務というものもございます。カース君の身については、全く心配はしません。彼に害される者はいても、彼を害する事ができる人間はいません」

 その言葉と口調に、疑問を抱いた。

「どういう意味です?」

 すると谷崎は曖昧な笑みを浮かべた。

「彼は、惚れ惚れするくらい立派な体格ですからね。私のような貧弱な者ならば、一発でKOされるでしょう」

 更に私の疑惑は深まった。谷崎は、明らかに私が知らない何かを知っている。だが、簡単に口は割らないだろう。どうやって攻め落とそうか、考えながら、珈琲を一口含んだ。

ちなみにプロット段階の時、この二人の会話シーンの仮タイトルは「陰険対決」でした。

金髪メガネ VS 黒髪メガネで、同席するジェレミーがちょっぴり可哀想な話。

次回もこの二人の対決(?)で、いよいよカースの秘密が判明します。

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