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孤高の天才  作者: 深水晶
第一部 嵐の予兆
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第二十七話 シリアス

 その日の帰り、移動途中に、シンプソン夫人のところに電話をした。

「ああ、あんたかい。例のお友達からの伝言を預かってるよ。『いつものところで会おう』だって。これで判るかい?」

「ええ、判ります。お手数おかけして申し訳ありません」

「それくらい別に構わないよ。まあ、あんたもあんまり無茶するんじゃないよ?」

「判っています。有り難うございます、シンプソン夫人」

「よしてくれよ。あたしは夫人なんて柄じゃないよ、坊や」

「……私も坊やと呼ばれる年齢ではないんですが」

「あたしから見りゃあんたは坊やさ。あたしの息子より、十も年下だ」

 かなわないな、と苦笑する。

「善処します」

「そうしとくれよ。あたしゃ、面倒事はキライだからね」

「はい、では、また。失礼いたしました」

 そう言って電話を切る。さて、と思い、ホームを出て改札を抜け、別の線に乗り換える。高速で静かに、ほとんど振動のないモノレールの車両の中で、ぼんやりと窓の外を眺め、考えていた。

 憶測や推測はまずいと判っている。そういうもので人や物を判断してはいけない。もし、自分がこれほどまでにルグランのことを嫌いではなかったのなら、もう少し安心できたのだろうな、と思う。

 そうだ。ルグランが、もし、ラダーの養父、ジョーゼフ・ラダーの逮捕の裏に関わっていたとしたなら。一体何が、理由だったと言うのだ? ルグランが彼の屋敷に何らかの用があったらしいという事は、ラダーの言葉が全て正しいのならば、確かだ。だからと言って、彼がその屋敷に、非合法な手段まで使って侵入する必要など、どこにあると言うのだ? それに、ジェンソン専務。彼は何故、セントラルアカデミーへ赴き、ラダーに会って、アストへの入社を強要した? ラダーが優秀な人材であるというのは判る。将来有望な少年であることも。だが、それだけで、彼が、ルグランが、何故そんな風に行動すると言うのだ? ラダーにいくつかの質問をする事で、いくらかの解決が見られるだろうかと思ったが、実際はその逆だ。判らない事だらけになってしまった。

 しかし、参考になった事もある。ラダーの養父の名前と、彼の弁護士の名前──タニザキ・セイイチロウの連絡先だ。少々自信がないのだが、彼の名は、昔、私が読んだ文学小説の作家の名に良く似ているような気がする。ということは、彼はその作家と同じ系列に属する人種の末裔である可能性が大だ。

 『崩壊』が生じて、それまであった文明のほとんどが砂や土に埋まったのは、二百年ほど前の事だ。それまで存在していた国家のほとんどは滅び、滅びなかった国家も大きな傷を負ってしまった。世界を文字通り崩壊させたのは、とあるコンピューター・ウィルスだったという。それは、とある大国の主要機関を統轄していたスーパー・コンピューター『ジュピター』を狂わせ、他の多くのコンピューターを次々と汚染し、暴走させた。暴走、というのは不正確かもしれない。それらは明らかに一つの目的を持って、制御されていた。すなわち、世界の『崩壊』だ。警備システムは人々を無差別に襲い、汚染されたシステムが統括する全てのミサイルは発射され、人々のライフラインは停止され、交通網や連絡手段は寸断された。『崩壊』は一年半の間続き、生き残った人々は、核で汚染された大地に、分断されて取り残された。未だにそのウィルスの開発者・首謀者は見つかっていないし、かの人物が一体何を目論んでそうしたのかも不明のままだ。そして、何故、突然そのウィルスの起こす現象が休止し、沈黙したのかも全く不明のままだ。判っているのは、その後、崩壊し、汚染された大地で、人々が必死になって懸命に努力した結果に、現在があるという事だ。現在、判明している世界の人口は、七千万人超に過ぎない。それでも、かつての文明のおこぼれを手がかりに、人々は二百年を経て、世界の三分の二までを復旧させた。

 人間は、時折感嘆したくなるほどに、したたかで、しぶとい生き物だ。その生存本能には、目を見張るものがある。だが、同時に弱く、脆い生き物だ。人は簡単に死ぬ。けれど、人の命は軽く扱われてはならないし、人の身体も、心も、そうだと思う。人々が、『崩壊』について、語る事をやめないのは、その『崩壊』によって、我々が足を踏みしめる大地の形が変化したこと、それを取り囲む海の形が変化したこと、大地の背骨とも言える山脈がことごとく姿を変えたこと、数々あるが、一番はっきりと変化し、誰の目にも判る事実は、この惑星の衛星であった、月が存在しなくなったことだ。海は満ち引きしなくなり、海岸に波が打ち寄せる光景を目にすることは、ほとんどなくなった。

 人々は日々、普通に、平穏に、『崩壊』などなかったように暮らしている。だが、郊外を少し車を走らせれば、そこにはまだ、『崩壊』の傷跡が残っている。混乱の最中、惑星外へと脱出した人々もいたそうだが、彼らはその後、この星へは戻って来なかった。『崩壊』以前は、この星を中心に、複数の星々・銀河系などで一つの大きなコミューンを作り上げ、活発な交流があったのだと言う。この星がそれから切り離されたのは、大量の核に汚染され、この地が不毛の惑星と化してからだ。例えば、私は普段は、自分が口にする作物や肉・魚が、大地によって育まれるものではなく、工場でクローン生成されたものだという事をほとんど意識していない。かつて、クローン生成以外の方法でそれらを育て、あるいは飼育していたのだという知識はある。だが、どうせ同じ口に入るものであるなら、それらの違いが一体何であるというのだ? 私と同様、大半の人々が、自分が口にする物が、どのように生産されるのかといったような事は考えない。それが自分の職業であるならばともかく、そんな些末な事を考えていては、生活などできないからだ。今はまだ、アストが生み出し、提供する作業用ロボットは目新しく珍しいものだが、そのうちクローン生成された作物などのように、一般に浸透し、自然な物になるのだろう。

 だが、私はアイクはそうなって欲しくはないな、と感じていた。私はアイクを、人間の友にできるよう努力していたが、アイクはいつまでも私にとって、人間にとっての『特別』であって欲しい。普通に埋没して、どこにでもあるありきたりな『物』にはなって欲しくないのだ。特別ではない『物』は、ぞんざいに扱われてしまう。酷い目に遭わされてしまうかもしれない。作業用ロボットに愛情はないが、アイクにはあったので、アイクが人間によって酷い目に遭わされ、彼が人間を嫌いになるのは嫌だし、可哀想だと思う。アイクには、人間の汚い部分、醜い部分など一生知らずに、幸せでいて欲しい。人間は、自分以外の物を利用しようとする生き物だ。私はそんな人間から、出来うる限りアイクを守ってやりたかった。アイクが人間のおぞましい心に冒されて、変化してしまう姿は見たくなかった。

 たぶん、私は、ラダーにもそれと似たような事を感じているのだろう。私が彼の事が気になるのは、彼が特殊な存在だからだ。彼はアイクのように、とてもピュアで、傷も汚れも持っていない。確かに彼は傷付くことがあるし、故郷であるティボットを出てから、驚かされ傷付けられ続けている。だが、彼には、彼の価値や存在を損なう『疵』はなかった。私は彼を人間として愛し保護するというよりは、彼が疵のない玉だから、その状態を保ちたい、保っていて欲しいと願っているのだろう。

 ジェレミーの言う『いつものところ』は良く判っていた。それは彼のお気に入りの場所だ。

「クソ上司なんかクソ食らえだ! クソでも食って、クソして寝てろ! 仕事もしないでグダグダ言うだけなら、てめーなんか一生出て来なくても構わないぜ、このクソったれ!!」

 岸壁に一人立ち、湖面のように静かな海に向かって絶叫しているのは、私の親友ジェレミーだった。これが人の多い街中だったら、気付かなかったふりして通り過ぎているところだ。

「……ジェレミー。その上司の耳に入ったら、まずい事にならないか?」

「心配するな。本人の前でも言っている。俺は正直者だからな」

 私が声をかけると、くるりと振り向き、ジェレミーはにやりと笑った。

「……そちらの方が問題だろう」

 つくづく呆れた。

「よぉ、思ったより早かったな。残業はなかったのか? リッキー」

「この頃はしない事にしているんだ。気になる事があるからな」

「いつもそうだと飲みにも誘いやすいんだがな?」

「申し訳ない」

 ぺこりと頭を下げると、ジェレミーは肩をすくめた。

「ま、それはともかく、メシでも一緒に食いながら話そうぜ?」

「そうだな。私も夕食はまだだ」

「お前は希望何かあるか? 俺は魚介類を食べたい気分なんだ。特にうまい貝がな。そういう気分だ」

「まかせるよ」

「そうだな。お前にまかせると、一生かかっても答えが出せないからな」

 そう言われて、思わずくすりと笑ってしまった。

「どうした?」

「あ、いや。今日の昼、例のラダーと食べに出たのだがな。結局彼の行きつけの店になった」

「あ? 何だよ。お前、新入社員に案内してもらってんのか?」

「いいや。最初は私が案内していたつもりだったが、彼は既に私よりその店のメニューに詳しかったんだ。私はその店ではテイクアウトしかしたことがなかったのでな。メニューにミネラルウォーターが無いことを知らなかった」

「お前な。いっとくけど、汚染されていない、純粋なオリジナルのミネラルウォーターは、お前の好きなブランデーより下手すると高いんだぜ?」

「そうなのか?」

「お前、研究者のくせに本当無知だな。ブランデーはな、物が物だから、地下にあったり、厳重に保管されてあったりして、無事に問題ない状態で見つかる事が多いんだが、ミネラルウォーターなんか大半が、放射能や毒や病原菌に汚染されてたり、『崩壊』やその後の混乱の時期に、消費されたりして、まともに残っていないんだ。今、提供されている水は、雨や空気中から化学的に分離・合成分離・合成させたやつだぜ? 水素と酸素でさ」

「そうなのか。知らなかった」

「……これだから専門バカってのは。俺はな、リッキー。いつまでもこの状態が続くとは思っていないんだ」

「え?」

「いつか、この都市は──いや、ここだけでなく、他の全てのコミューンは──再度、別の形で崩壊するぜ? 予言ではなく予測だ。俺は学者じゃないから上手く説明できないが、今がこのまま続くわけがないと思う」

「……何故、そう思うんだ?」

「不自然だからさ。男だって女と交わって、子供が生まれるんだぜ? なのに、俺たちは、子供が生まれない、無性別の、生殖によらない肉や魚を食べている。その中に何らかの汚染物質が混入していたら、あっという間に人類は滅びるぜ?」

「その割には、お前は嬉々として飲食を楽しんでいるようだが」

「俺が嫌だと思うのは、自分と自分の恋人と──そうだな、お前も付け加えておこう──が滅びることであって、自分の子孫に関しては、気にしない」

「…………」

 それは、潔いと言って良いのだろうか?

「人生は楽しまなくちゃダメだぜ、リッキー。しかめ面して生活するのは俺の主義じゃない。そりゃまあニヒルな顔も、この男前の俺には似合うだろうが」

「……少々自信過剰だぞ?」

「何を言ってる。俺ほどの男前はなかなかいないだろう」

「いつも振られているくせに」

「痛いところを突くな! ……良いか? リッキー。俺が別れを経験するのは、この世にもっと他に、俺に似合いの女性が存在するからなんだ。その女性を見つけるまでは、俺は何があっても絶対死なないし、見つけたら、当然恋人にするし、結婚するし、子供も作るし、孫の顔も見る。それで、そうだな……百人くらいの孫やひ孫に囲まれての大往生だ」

「……何人子供を作る気なんだ」

「そうだな、子供一人あたりに孫四人ずつ生ませて、その孫一人あたりにもひ孫四人ずつ生ませたら、俺は何人作れば良い計算になる?」

「そうだな。子供の数をxとして計算すると、x+4x+4×4x=100になるから、x=100/21で約4.76人の計算になるな。」

「そうか。それなら許容範囲だ。五人作れば楽勝だな」

「……そう上手くは行かないだろう」

「大丈夫。子供を四人作らないと、遺産は譲らないと言ってやるんだ」

「バカな事ばかり言っているな、ジェレミー」

 笑いながら言うと、ジェレミーも笑った。

「俺は深刻になるのは嫌いなんだ。……で、一言だけ、先に言っておきたいんだがな? リッキー」

「何だ?」

「お前、絶対一人で先走らないって約束できるか?」

「無茶はしないと、先に約束した」

「もう一度、ここで約束してくれ」

「判った、ジェレミー。一人で先走ったりはしないよ」

「それを聞いて安心した。この近くに、先日良い店を見つけたんだ。ムール貝のクローンがうまい店でな。ついでに、ウェイトレスが美人なんだ」

「貝の方がついでじゃないだろうな?」

「バカ言うな。両方狙ってるんだ。俺を甘くみるなよ?」

 それを聞いて、けたたましいくらいに笑い転げてしまった。

「……そんなに笑うかよ?」

 肩をすくめるジェレミーに、滲んだ涙を拭いながら答える。

「いや、なんか……お前らしくて、すごく安心した」

「そうかよ。ああ、そうだ。リッキー。最初に言っておくぜ。今夜はアルコール抜きだ。お前は酒に強いが、いまいち信用できないんでね。素面で行こうぜ」

「了解。信用できないっていうのは、気にかかるが、良いだろう。真面目な話なんだな?」

「ああ。この上なく、俺はシリアスだ」

 ジェレミーは真顔で言った。

以上ここまでが「第一部 嵐の予兆」です。

次話から「第二部 孤高の天才」開始します。

展開としては、ラダー(カース)の秘密や、陰謀の様相などが見え隠れし始め、サスペンス要素が深まり、アクションシーン(?)も入ります。

実はエリックよりカースがお気に入りなので、第二部ではやたらカースに力入っています。というかカース出番多すぎ。第二部以降に出てくる新キャラもわりとお気に入りですが。

ところでエリックは金髪なメガネくんです(天然ボケ入り)。

嫌なところで切って続いてますが、わざとです。すみません。

一応現在時点で六十四話まで書いて中断しているので、早々にチェックしながら更新していきます。

というか本当ヤバイくらい長すぎです。

すみません。

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