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孤高の天才  作者: 深水晶
第一部 嵐の予兆
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第十九話 人員レンタル要請

 ロルフがいつまで経っても戻って来ないので、アダム部長の部屋へ、内線を入れた。部長の秘書が電話に出る。

「申し訳ない。ジーンハイムだが、そこに、うちの研究室のロルフが行っていないかね?」

「はい、ただいま、アダム部長と面談中です」

「まだ、暫くかかりそうかね?」

「あ、いえ。もし、よろしければお取り次ぎいたしましょうか? 先程、ジーンハイム室長に何か用件があったようですから」

「……では、お願いする」

 少々憂鬱になりながら、暫く待つ。

「ジーンハイム君かね? 一体何処に行っておった?」

「……はい、すみません。ちょっと頭痛がして、医務室に。しかし、もう四十分ほど前に部屋へ戻り、仕事をしていました」

「なんだ。何故すぐに連絡して来ないんだ。私の伝言は聞いていないのかね?」

「申し訳ありません。すぐに、そちらへ参りますか?」

「ああ、いや、別にそれはもう良い。用件なら全て君の主任に伝えた。もう一度君に話すのは二度手間だ。……しかし、君は無責任だぞ。全くなっとらん。特に部下への教育がなっとらん!」

 ……どの部下のことを言われているのか、判るような気がするのだが。

「大変申し訳ありません。何か失礼な事をいたしましたか?」

「ロルフは良い。好青年だ。もう少し若かったら、うちの孫娘の婿にくれてやっても良いくらいだ」

 二歳の孫の花婿の心配は、早すぎるのではないだろうか?

「だがな、君のとこの、あれ、シエラとかいう。あの、失敬な女はどうにかならんのかね? 女なぞは、着飾って、男に愛想を振りまいておれば良いのだ。良いか? ジーンハイム。あの女が男を軽視して、侮辱的な発言ばかりするのも、君の教育が悪いからだ。もっときちんと監督して、しっかりしつけろ。でなけりゃ、クビにしろ。あんなのは、我が社にはいらん」

「……申し訳ありません、部長。しかし、あれでも優秀でして、私の研究室には必要な人材なんです」

「ふん、余程人材不足のようだな」

 ……実情は、部長も良く知っているはずなのに、良く言うものだと、ちょっとだけ尊敬する。無論、好感情ではないが。

「それでは、ロルフはいつ戻って来ますか?」

「ああ、こちらの用事はもう済んだから、今、そちらへ返す。それと、一つだけ君に言っておこう。ヴィンスのところのチームの話なのだがな、彼のところで、納期が間近に迫っているのに、優秀なプログラマーが足りなくて、大変な事になっているらしい。何でも、納期三週間前に、急に一人、盲腸で入院したらしい。盲腸であるし、幸いたいしたことはなかったが、納期前の退院できたとしても、それに間に合わせるのは無理だという事でな、君のところの人材、ロルフかリカルドを借りたいと思うのだが、構わないだろうね?」

 いや、十分構う。

「えっ? そんなことを急に言われても……一体いつからです?」

「できれば今日と言いたいところだが、もう、こんな時間だからな。明日の朝からでも本格的に手伝いに行ってやって欲しい」

「あの、他の部署からは駆り出せないのですか?」

「バカな事を言うな。他の部署は忙しいんだ。君のところは暇だろう。納期どころか、契約結ぶ顧客すらいないじゃないか。無論、商品となるものを持たないのだから、当然だが。……とにかく、納期を守れないのは困るんだ。君も我が社に勤めているのだから、良く判っているだろう? 商品を納入できなければ、売り上げは立たないし、売り上げが無ければ利益も出ない。勿論、君たちの給料だって、出せなくなる。言わなくても判ってるはずだな?」

「……無論承知ですが……リカルドは貸し出せません」

「ほう。では、ロルフを借りることになるな?」

「それは、今すぐには決められません。折り返し、ご連絡いたしますので、お待ちいただけますか?」

「良いだろう。今日の四時を回る頃までには、連絡してくれ。それ以上は待てない。連絡が無いようなら、こちらから連絡するぞ」

「了解いたしました。それでは失礼いたしました」

「うむ。早い返事を待っているぞ。ヴィンスのやつが、頭から火でも出そうなくらいに、テンパっているからな」

 内線を切り、はぁ、と溜息をつく。ふと、視線に気付いて辺りを見回すと、室内の全員が私の方を見ていた。

「……何だ?」

「あ、いえ、その……」

 リカルドが口を濁す。

「何ですか? 室長。アダム部長が何を言って来たんですか?」

 シエラが言う。

「その件なら私、無理だって言いました。もしかして、ロルフがOKしたんですか? 室長が不在なのに」

「いや、そういう事じゃない。ただ、話自体は受けないとまずいだろうな。誰かを出さなければいけない。アンリには無理だし、シエラも向かない。先方が要望しているのは、優秀なプログラマーだそうだから」

「……え? それじゃ、ロルフかリカルドじゃないですか」

 シエラの言葉に、リカルドの肩がぴくりと揺れる。顔に『俺は嫌だ』と書いてある。つくづく正直な男だと思いながら、苦笑する。

「……たぶん、ロルフに行って貰うことになりそうだが……本人のいないところで勝手に決めるわけには行かないのでな。最悪、私が行こうと思う」

「室長が?!」

「何を驚いているんだ? 私も一応プログラマーの端くれだぞ? そりゃまあ、『優秀な』とは言い難いが、その分経験も知識もある。大丈夫、皆に迷惑はかけない。本来の仕事もきちんとするよ。心配はいらない」

「そんな! 室長を人身御供に出せませんよ!!」

 と、リカルドが叫んだ。

「それくらいなら、俺が行った方がマシです!!」

「しかし、リカルド。君にはやりたい事があるのだろう?」

「……そりゃあ、そうですが……でも、室長が行くのはおかしいです。おかしいって言えば、人員の貸し出しもおかしいんですが……でも……」

 リカルドが悔しそうに唇を噛んで、うつ向いた。

「……あのさ」

 ラダーが口を開いた。

「それって、俺でも覚えられる?」

「……え?」

 ラダーを除く全員が驚愕した。

「いや、俺、プログラミングってした事ないし、言語系全般苦手なんだけど、発音じゃなくて文字や単語や並べ方覚えるだけなら、たぶん得意だから。一度読めば丸暗記できるし……でも、やった事無い人間がやるのは無茶だってことなら、やめた方が良いかなって思うけどさ。この中で一番いらないのって俺じゃねぇか? いてもいなくても、そう代わりはないだろう? 俺も室長が行くのはおかしいと思うし、嫌がってるリカルドが行くのもなんか気の毒だと思うし、ロルフも……あんまり嬉しそうじゃなかったから、俺が行っても良いかなって。まあ、ちょっとは好奇心なんだけどさ。……無理かな?」

「…………」

 なんとなく。やってみなければ判らないと思いつつも、ラダーならやれるような気がした。けれど、すぐには無理だ。

「……いや、先方は遅くとも明日の朝から来て欲しいらしい。ラダーがいくら優秀でも、そんなに早く使い物になるとは思えない。使えない人間を送ったという事になれば、先方にも迷惑だ。気持ちは有り難いが、またの機会にお願いしたい。気持ちはとても嬉しいが、ラダー、お前にはまだ無理だ」

「やらずに判るって言うのかよ?」

「……プログラム言語を丸暗記すればそれで良いと言うものでも無いからな。プログラミングには経験が必要だ。プログラミングは、単純に、計算をして正しい結果さえ導き出せれば良いというものではない。その過程こそが重要なんだ。何をどうすれば、一番早く、効率よく計算できるか。それがプログラミングだ。素人のプログラムと玄人のプログラムの違いはな、同じ言語を使用して、表面上は同じ動作をするプログラムでも、内容が全く違うんだ。一朝一夕で身に付くほど甘くはない。確かにお前はすぐに覚えられるだろう。だが、付け焼き刃で戦力になれると思うのならば、お門違いだぞ」

「……っ!」

「し、室長!!」

 ラダーは絶句し、他の研究員達は、仲裁に入ろうとする。

「私はお前が憎くて言っているわけじゃない。お前のためを思って言っているつもりだ。焦る必要はない。すぐに役に立とうとしなくて良い。お前の気持ちは十分すぎるほど嬉しい。だが、身の程をわきまえろ。酷なようだが、私の言いたい事はそれだけだ」

「……室長」

 ラダーは蒼白な顔で、私を見ている。私はそれから目を反らした。判って貰えるかどうか、自信はなかった。でも、判って欲しいと思っていた。世の中にはできることと、できないことがある。社会に出たなら、尚更だ。ラダーには経験が足りない。致命的に足りない。故に判らないこと、知らないことはたくさんある。これから知って欲しいし、判って欲しい。心情や感情で仕事はできない。

 そこへ、ロルフが帰ってきた。

「ただいま戻りました」

 そう言って、室内の微妙な空気に気付いて、首を傾げた。

「……どうしたんですか? 一体」

 ロルフは多少疲れているようだったが、元気そうだった。

「……部長の話は長かったか?」

 私は何事も無かったかのように、穏やかな口調で尋ねた。

「え? あぁ、いや、確かに本題までは長かったですよ。部長の機嫌を損ねないよう、先を促すのに時間がかかってしまって。室長のようには上手く行きません。それで、ヴィンス室長のチームへの人員貸し出しの件ですけど、僕が行きます。たぶん、今はそれが一番妥当だと思われますから」

「…………」

 一瞬、室内がしんと静まり返った。

「そうか、有り難う。その話をちょうど今、していたところだ。しかし、大丈夫かね? ロルフ」

「ええ、僕の方はなんとか。……ただ、ものすごく切羽詰まってるらしくて、暫く会社に泊まり込みになりそうなんで、できれば誰かにたまには差し入れして貰えるとありがたいなと思うんですが。……本当、泊まり込みなんて久しぶりですよ。今日、家に帰ったら、寝袋用意しなくちゃいけません。まあ、使う暇があるかどうか謎ですが」

「……そうか。君が行くのならば、問題ない。ヴィンスにはよろしく言っておいてくれ。私がたまに顔を出そう」

「室長自らですか? それは恐れ多いような、楽しみなような。では、エイティーン・セクトのクラブサンドをお願いします。本当は、それにビールをと言いたいところですが、それはさすがにまずいので」

「了解した。心得ておくよ」

「ところで、一体何があったんですか? 皆、静まり返って。僕が何かしましたか?」

「いや、ロルフは無関係だ」

 私が言うと、ラダーが急に立ち上がった。

「……アンリを捜してくる」

「…………」

「見つけたら、一緒に帰って来るから。仕事もちゃんとする。……すぐ戻るから」

 そう言って背を向ける。

「判った。気を付けて行ってくれ」

 そう言うと、ラダーは振り返り、私を一瞥したが、すぐにまた背を向けた。

「行ってきます」

 そう言って、退室した。その途端、室内の緊張が解ける。

「え? 何だ、一体どうしたんだ?」

 ロルフは一人判らなくて、混乱している。それに対し、私は笑いかけた。

「気分の悪い思いをさせて、すまない。私の失言のせいだ」

「失言?」

 ロルフはきょとんとする。

「あっ、いや……俺は、室長は間違ったことは言ってなかったと思いますよ。ただ、ちょっと言い方がきつかっただけで」

 慌ててリカルドが言った。

「室長。カースを連れ戻して来ましょうか?」

 ユージンが言った。

「必要ない」

 言い切ると、ユージンの顔が強張った。リカルドも息を呑み、ロルフはおろおろする。

「室長?」

 シエラが不安そうな顔をする。

「大丈夫だ。……ラダーもそんなに子供じゃない」

 そう。まだ子供だが……私が言ったことを理解できなくとも、職場放棄するほど、子供ではない。

「だから、大丈夫だ」

「……室長がそうおっしゃるのなら」

 私は苦笑した。

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