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孤高の天才  作者: 深水晶
第一部 嵐の予兆
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第一話 期待の新人

 私の名はエリック=リチャーハイム=イーマントリック=ジーンハイムという。だが、長いので友人はリックまたはリッキーと呼ぶ。私がその『孤高の天才』に出会ったのは、勤務している Automatic Science of Thinking ──通称AST(アスト)──の研究室だった。私が研究室室長を勤めるチームは人工知能の研究・開発を担当していたが、会社からはまるで期待されていなかった。業界では、人間と同等もしくはそれ以上の思考能力を持つ人工知能を開発するのは不可能だというのが常識だった。我が社の売れ筋商品は、別売のソフトや取替パーツなどを使用する事により、家事や庭仕事などをある程度自律して作業する事が可能な知性を持たないロボットだった。この商品の欠点は稼働時間が作業内容によって六〜十二時間で(十二時間は待機状態で一切作業させない場合)充電に平均二時間必要だという事だろう。しかし、どんなに危険な作業も、退屈な作業も、可能な限りは休むことなく従事して、文句も言わなければ給料も要らないロボットは、高価でも人気が高かった。

 けれど私のチームが目指すのは、人間を労働から解放するためのロボットではなく、人間の友となる知性だった。ロボットにそれが不可能ならば、他の形で実現したい。人の形をしていなくても良い。音声を出せず、表示画面に文字を表示するだけで良いから、対等の会話が可能な、良き隣人・友になることが可能な、自律した知性。実質はプログラムの集大成で、偽装された自律で良い。しかし、それとすぐに判るような代物では駄目だ。本物の知性を錯覚させる現実性(リアリティ)と、臨機応変な柔軟性(フレキシビリティ)が必要だ。

 私に限らず、私のチームのメンバーは皆、子供の頃から子供向け番組やSFなどに登場する、人間の友または補佐などになってくれる有能なコンピューターに憧れていた。使える経費は少なく、仕事は忙しく給料は安かったが、充実した毎日だった。開発中の人工知能を『アイク』と名付けて、私たちは日々試行錯誤し続けていた。そんなある日、私は上司であるアダム部長に呼び出され、こう告げられた。

「君のチームは確か増員を希望していたな?」

 使えるならば、猫の手でも借りたいくらいだ。皆寝る間も惜しんで勤務している。だが、使えない人間を放り込まれても困る。人員を遊ばせる余裕はないし、それくらいならば高性能なスーパーコンピューターを開発・増設する資金に回したい。人手は欲しいが、使えない新人ならば要らないし、構っている余裕がない。教育すれば使えるようになるのかもしれなかったが、ここ数年私のチームに入って三ヶ月以上もった新人はいなかった。だから、既に人員補充は諦めていた。

「ご存じでしょうが、私のチームの勤務は過酷です。入社したばかりの右も左も判らない新人では数週間ともたずに辞めてしまいます」

「心配要らないよ、ジーンハイム君。今度の彼は、確かにこの春入社したばかりの新人だが、超人的な天才なんだ」

「……天才、ですか?」

「非常に有能な青年だ。まあ、少々風変わりなところはあるがね、君とはとても気が合うと思うよ。他の部署からも是非という声もあるが、本人が君のところを希望しているのでね。今年の新入社員で一番の有望株だ。君のチームでなければ辞職願いまで出すと言っている。とにかく、君のチームへ回すから、暫く使ってみて欲しい。何かあれば相談に乗る。どうかね? ジーンハイム君」

 嫌な予感がした。しかし断る事はできなかった。

「了解いたしました、部長。ところでその青年の名はなんと言うのですか?」

「カース・ケイム=リヤオス=アレル・ドーン=ラダー君だ。今日の午後には到着する。昼食後二時に私の部屋へ来てくれ。彼は君と同じ社員寮に入る。君の研究室の案内のほか、寮についても色々教えてやってくれ。あと、それが終わったら報告してくれ」

 手抜きはするな、我が社期待の新人だから歓迎して親切にしてやれ、と言われているような気がする。実際言外にそう言われているのだろう。そのくせ、本人が嫌がるそぶりを見せたら他の部署へ引き抜いてやろうという魂胆だ。彼が嫌われ者で扱いに困るような変人でない限りは、きっとおそらく。部長の考えは読めても突っぱねるだけの力はなかった。何故なら発足以来、一度も商品を開発していない研究チームは私のところだけだった。他のチームは、売れてはいなくとも、数年に一度は必ず商品となる研究を開発・実用化にこぎつけていた。私のチームは社長のお情けでかろうじて存続していた。だが、いつ潰されてもおかしくない。他のチームの雑用や助っ人をしなくてはならない事も、しばしばあった。さすがに正面切って言われた事はなかったが、「アスト社内の無駄メシ喰らい」と陰口叩かれた事もある。私たちは人一倍情熱に溢れ、仕事熱心だったが、開発協力した商品はあっても、自分達のチームで開発し実用化された商品がないのは事実だった。チームの人間は全て判っていて、好きでずっと同じ研究をし続けているのだが、このようなチームに配属された新入社員は、たまったものではないだろうという事も良く判る。過酷な勤務をしても成果はなく、他の部署にはバカにされ、給料も同僚より安いとくれば、すぐにウンザリして音を上げるだろう。余程の精神力がなければ無理だ。現に私と同期で同じチームに残っている人間は皆無だ。全員退職するか異動するか、ノイローゼになるか、過労で倒れるかのいずれかの道を辿った。幸い体は頑丈で、私は入社してから八年チームにいる、最古参のメンバーだ。今の研究室から一度も異動したことはない。裏を返せば完全に出世コースからは外れているという事でもある。だが、私は自分の好きな研究ができれば、出世も給料も、どうだって良かった。私の望みはただ一つ。人間の友になれる人工知性を開発することだった。

 私が彼に出会った事は運命的で衝撃的だった。しかし、出会う前も出会った直後も、そんな予感や感想は全く抱かなかった。私はこれまで良くあった事の一つだと思っていたし、これからもそうだろうと思っていた。私は自分の人生にも研究にも、失望も絶望も感じていなかったが、それが突然劇的に変化するとは全く思っていなかった。もし、それが予測できる人間がいたなら、それは余程の夢想家か、妄想好きな非現実主義者だ。私は未来を見通す能力はなく、彼と私の出会いは、最悪な第一印象から始まった。

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