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孤高の天才  作者: 深水晶
第一部 嵐の予兆
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第十六話 部下との会話(一)

 私とシエラとラダーに珈琲、ユージンにカフェオレを入れると、リカルドは自分の分の珈琲を入れた。そうして席に着いたところで、私は立ち上がり、リカルドのそばへ近寄った。

「私がいない間にどんな風に変わったんだ? 仕様書もプログラムも見せて貰ったが、実際稼動しているところを見せて、もう一度説明してくれるかね?」

 私がそう言うと、リカルドは頷いた。

「はい、室長。ではこの椅子に座って下さい。俺はあっちから椅子を引っ張って来ますから」

 実のところ、他人が座った直後の椅子というのは、生温かったりして、あまり気分の良いものではないのだが、少なくとも彼は善意で言っているのだし、たった今、座ったばかりなので、それほど温まってはいないだろう。

「気を遣わせて、すまない」

「いいえ、これくらい。あ、椅子の高さは平気でした? すみません、俺、すぐ低くしちゃって」

「いや、全然構わないよ」

 と言いながらも、慣れない椅子の高さに、足がなんとなく収まり悪くて、普段はそうしないのだが、足を組んだ。椅子の高さを調節し直せば良かったのだろうが、座ってしまった後で、それをするのは少々面倒臭かった。リカルドは隣りの空席の端末から、椅子を持って来て、カシャカシャと一番低い位置に直して、それに座った。

「えー、まず、通常通り、アイクを立ち上げます。ってここまでは変わりがないのは、いじってないから当然ですが、アイクに、例えばですね、『君の年齢はいくつだっけ?』と尋ねるといつもならば」

「『僕は八歳だよ』」

 私は画面に表示された文字を読み上げる。

「はい、ここまではいつもと同じです。しかし、ここで同じような質問を別の表現で尋ね直してやります。『アイク、君の年齢は八歳だったかな? それとも九歳?』以前のプログラムだと、アイクはこの二つの問いが同じ内容と判断できなかったんですが……」

 表示された文字はこうだ。

『もう! さっき教えたでしょう? もう忘れたの? 僕の年齢は八歳だよ』

「なるほど、二つの質問を同一のものと判断した上で、非難してくれるんだな」

「そうです。で、もう一度、駄目押しに、更に同じ質問を別の表現で尋ねてやります」

『君が生まれたのは、何年前だったかな?』

 すると、アイクは答える。

『もう! 一体何度答えれば、覚えてくれるんだよ! 僕の年齢は八歳だよ! 今度忘れたら、承知しないからね!』

「で、以降、同じ質問をすると、返事をしてくれなくなるんです。が、八回目になると、こうです」

『ちょっと! いい加減にしてよ! 僕のことが嫌いなの!? ひどいよ!!』

 それを見た途端、思わず、ぷっと吹き出してしまった。

「泣き付かれるわけだ」

「ええ、そうです。ちなみに、登録されてる語録全てに適応できます。ただ、若干の修正は必要なので、現時点で、バリエーションがあるのは、この年齢についてだけです。なので、これ以降の作業の方が大変だと思います」

「いや、でも、良いよ、リカルド。以前より三過程追加しただけだろう? やはり、実際稼動しているのを見ると違うな。アイクが以前よりもっと可愛くなっている。すごく良い」

「室長、顔が弛みすぎですよ」

 にやにやと笑って、リカルドが言った。

「そういうお前も嬉しそうだぞ、リカルド」

「室長がにやにや笑ってるから、つられてるんです」

「嘘をつくな。キーボードを叩く前から、笑っていたぞ?」

「やだなぁ、室長の気のせいですよ」

 と言いながらも、リカルドは満足そうだ。アイクの事もさることながら、私の反応にすっかり気を良くしている。先程、普段あまり他人を褒めることのないシエラが、リカルドのことを褒めた気持ちも良く判った。リカルドは褒めると、調子に乗りすぎるのが、玉に瑕だが、調子に乗っている時の方が、仕事の質は良かった。

「やはり、仕様書やプログラムを見るだけでは、いまいちぴんと来ないものだな。いや、勿論企画書を見た時から良いとは思っていたが、ここまでとは思わなかった」

 更に駄目押しをするように褒め上げると、リカルドは頭を掻きながら、笑って言う。

「いや、一応頑張りましたから。ま、いつもよりは、ちょっとばかりは。暫くはのんびりしたいですよ。デートとか飲みに行って」

「これからが大変なんじゃなかったのか?」

 と、笑いながら尋ねてやると、

「そりゃそうですけど、これ以降の作業は、俺じゃなくても、誰にだってできますから」

「私はお前を頼りにしてるのだがな?」

 と言うと、リカルドは困ったように笑う。

「やだなぁ、室長。あんまり持ち上げないで下さいよ。背筋が痒くなっちゃいます」

「私は本当の事を言っているだけだぞ?」

 すると、リカルドは大きな声を上げて笑った。

「もう、室長には全くかなわないなぁ。俺なんかおだてたって仕様がないですよ」

 と照れ笑いするリカルドを見て、もう大丈夫だと判断する。

「忙しいところ、悪かったな。その調子で今後も頼む」

「ははは、勘弁してくださいよ、室長」

「有難う。とても参考になった。椅子を返すよ」

「いいえ、お安いご用ですよ」

 そうして、椅子を返して立ち上がり、今度はユージンのそばへと歩み寄る。

 リカルドは甘いカフェオレを、顔をしかめながら飲み、眉間にしわを寄せながら、端末の画面を覗き込んでいた。

「ユージン、調子はどうだい? 何か問題があるのかね?」

 隣りに私が立った事に気付くと、ユージンは眉間のしわを消して、穏やかな笑みを浮かべた。

「ああ、室長。いえ、別に問題というほどの問題ではなくて。ちょっと思いついた事があったんですが、どうしようかと、考えてまして」

「何だね? ユージン。聞いても構わないかね?」

「あ、いや、まだ、ちょっと考えたくて。もう暫く時間をいただけますか? きちんと熟考して、まとめてしまってから、お話ししたいので」

「私は十分構わないよ。ただ、君が何か困っているように見えてね」

 すると、ユージンは顔を真っ赤に染めた。

「あ、いえ、本当なんでもないんです。室長が気になさるような事は何も全く」

 そこまで言われると、非常に気になる。これがロルフあたりだと無理にでも聞いてやるのが正解なのだが、相手がユージンとなると、微妙だ。下手すると、完全に逃げられてしまう。さて、どうしたものか。

「……そうか。力になってやりたいと思ったのだが。なら、仕方ない。話したくなったら、話してくれ」

 と離れようとすると、

「あっ、室長!」

 とユージンに声をかけられた。

「あの、良いですか?」

 と聞かれ、頷いた。

「会議室が良いかね? それとも、ここで?」

「あの、できれば会議室の方で」

「判った。それでは移動しよう」

 そうして会議室へ移動し、椅子に座ったが、ユージンはなかなか話し出さない。私は辛抱強く待った。ユージンは未だ考えあぐねているようだった。私としては、本当に話したくないなら、別に後日でも構わなかったのだが、ユージンはとにかく今話そうと思っているらしかった。

 幾度か唇を舌で湿した後、ようやく口を開いた。

「……本当にたいしたことじゃないんですが」

「うむ」

「……しかし、今言って置かないと、時間がたてばたつほど、言い出しにくくなるので」

「そうか」

「アイクのことです」

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