表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤高の天才  作者: 深水晶
第一部 嵐の予兆
13/70

第十二話 理由

 ぽかんとした。意味が良く判らなかった。

「あれは先々月のことだ。どうして彼がお前の名を、お前のやっている事を知っている? 彼はずっとカルディックにいたはずだぞ? なのにどうして、お前の事を知っている」

「えっ……ちょっと待ってくれ。何か……話がおかしくないか?」

 混乱して、眩暈に、足がふらつきそうになる。階段の手すりに掴まって、揺らぐ身体を支え、ルグランを振り返った。

「何故、ラダーが入社前に私のことを知ってるんだ? 私はカルディックなどに行った事は一度もないぞ?」

「私の知る限り、お前はほとんど、アスト本社の自分の研究室か社員寮で過ごしていた筈だ。しかし、彼は先々月の二八日の時点では、お前の名前を既に知っていたぞ? この事実をどう説明する?」

「……そんなバカな……っ!」

 私は、騙されているのか? 嘘をつかれている? だが、ルグランが、そんな嘘をついて、何の利益があるというのだろう。信じられない。信じたくない。ラダーは、彼は私に、そんな事は何も言わなかった。確かにアダム部長とのやり取りの中に、本人が私の研究室を希望したという内容があったはずだが、私は本人に、そんな話は聞いていない。ラダーは、彼は私のことを信用してくれているのだと思っていた。他の人間に対してよりは、少しは心を開いてくれているのではないかと信じていた。でも、何故、アスト本社をほとんど離れていない私の事を、数十km離れたカルディックにあるセントラルアカデミーに通う学生であるラダーが、知ることができたというのだ? そんなことは、ある筈がない。だとしたら、嘘をついているのは、ルグランだ。

「……私を、かつごうとしてるのか?」

 声が、掠れた。嗄れたような声だった。取り繕うのも忘れて、私はルグランに掴みかかった。

「私を騙して、一体お前に何の利がある!? いつもいつも、難癖つけて絡んできて!! 身に覚えのない咎を並べ立てては、責め立てて!! 一体、私がお前に何をした!? 私のことが嫌いなら嫌いで、構わない!! だったら、遠く離れて、近付くな!! どうして毎回、何を言われても黙って耐えてやらなきゃならないんだ!! ふざけるな!! お前が高い業績上げて、会社が多額の利益を得るのに貢献しているのは知っているし、尊敬してもいるが、別に私はお前から給料貰っているわけじゃないんだからな!! 給料支払って貰ってるわけでもないのに、どうして私がお前にへこへこ這い蹲ってやらなきゃならないんだ!! ちょっとのことなら、大目に見てやるが、私はお前の奴隷でも下僕でもないんだからな!!」

「……やっと正体を現したか。この、猫かぶりの狸野郎が。前々から怪しいと踏んでいたんだ。毎晩のように酒を飲み歩く姿も、見聞きしていたからな。大方、噂の半分くらいは、真実なんじゃないか?」

 ぷつん、と糸が切れた。

「……お前の仕業か?」

 全身、冷たいもので覆われた。腹の底から、冷たいような、熱いような、怒りにも似た感情が、ひたひたと溢れ、こぼれ、全身に満ちていく。

「……あの一連のくだらない噂は、お前が裏で糸を引いていたのか?」

 手すりから手を離して、真正面から相手を睨み付ける。

「何故、私がそんな真似をしなければならないんだ? 大体、後ろ暗いところがなければ、何を言われても、普通、気にならないんじゃないか? え? ジーンハイム」

「……じゃあ、お前は、自分が異常性愛者だの暴行魔だの殺人鬼だのという噂を立てられたことがあるのか?」

「そういう内容だったか? 記憶にはないが」

「そういう言葉は使われてなかったかもしれないが、言ってる内容は要約するとそうだった。……それより、質問に答えろ、ルグラン。お前の仕業かと聞いてるんだ」

「だから、私がそんな事をする筈がないと……」

「神に誓って言えるか? 父母の名に誓って恥じないと言えるんだな? だったら私の勘違いだ。床に両手をついて謝っても良いだろう。お前を卑劣漢呼ばわりしたのだからな。それくらいは当然だ。だが、そうした後で、お前が本当にそれをやったのだという事になれば、私はお前を告発するぞ。民事訴訟を起こして、名誉毀損で賠償金を搾り取ってやる」

「名誉毀損? 賠償金? はっ、お前も下世話な人間だな。物事は何でも金で解決する気か。下衆は、考える事も低俗だな」

「自分の事はどうだと言うんだ。それに賠償金は全額寄付する」

「は? 何を言ってるんだ。それじゃ何のために、賠償金を取るというんだ」

「私は過去に、既に、父の遺産を全額、公共機関に寄付した事がある。知っているか? ルグラン。八年前の話だ」

「何を言っている?」

「お前が知らないのも無理はないな。その頃のお前の目には、私などは映ってはいなかっただろうから。しかし、私達と同期の、ほとんどの人間がそれを知っている。『仏のジーンハイム』はその頃付けられたあだ名だよ。だけど、私がそうしたのは、別に慈悲の心があったわけでも、博愛主義でも、偽善でもなんでもない。ただ単に、1連邦ドルでも手元に残して、親族にたかりに来られるのが面倒だったからだ。一文無しの安月給なら、たかる物もないから、誰も近寄らないしな。総額資産七億連邦ドルという話だったが、株券なども全て現金化して手数料や税金を払ったら、手元に残った約三億六千万ほどになった。だから、それを均等に四等分して並べて、四回サイコロを振って転がった公共機関名にそれぞれ、小切手を書いて、後は全て弁護士に任せたのさ。さすがに家を出る時だけは、ちょっと後悔したが、あれほどせいせいした事は無かった。全額寄付されたと知った時の連中の顔は見物だった。そう、ちょうど、今のお前のような表情だ」

「…………」

 ルグランは絶句して、ぽかんと口を開けて私を見つめていた。私の指摘にはっと、口を閉じる。

「だから……何だと言うんだ?」

 ルグランは私を睨み付けた。

「私は嫌がらせのためだけに、金を取り戻して、全て放出する、そういう人間だって事だ。自分でも嫌な性格だとは思うが、殴りつけたり、おかしな噂をばらまいたりするよりは、よほどましだ、と自分では思うんだがな。あまり共感は得られないだろう。ちなみに、これをやるのは、金をこの世の何より上等だと信じている連中に対してだけだ。そうでなければ、効果はないのでね」

「……私がそうだと言うのか?」

「賠償金と聞いて嬉しそうな顔をしたじゃないか。自分でも理解出来て共感できる話だったから、なるほどと思ったんだろう? 自分と同じ趣味だと思って安心したからだ」

「……貴様」

 その時、誰かが走り込んで来た。私もルグランもはっとして、身を固くした。しかし、現れた人物を見て、私は大きく目を見開いた。

「……ラダー?」

「医務室へ連絡したら、一時間前に出たって言われて……受付に電話したら、あんたとルグランのオッサンが一緒に非常階段向かったって聞いて、慌てて降りてきた」

 息を切らせながら、ラダーはそれだけ言って、呼吸を整える。

「……あのさ、オッサン。俺、あんたに言ったと思うけど、あんたのとこへ行く気はないから。あんたが俺に何を期待してんだかちっとも判らねぇんだけどさ、俺、天才とか言って持ち上げられてるけど、本当そんなたいしたタマじゃねぇんだよ。たまたま、記憶力に自信があって、それで最年少入学と卒業って記録残しただけで、世の中俺より頭の良いやつなんて、いくらでもいるよ。それに俺、使役ロボットなんか興味ねぇんだよ。世の中の役に立たないかどうかなんて、やってみなきゃ判らねーだろ? とにかくあんた、しつこいんだよ。俺、ホモじゃねぇから、男にケツ追っかけられんのも、コナかけられんのも、嫌なんだよ。趣味じゃねー女に突然裸で襲われるのと同じくらい、気色悪いんだぜ。勘弁してくれよ」

 頭が真っ白になった。

「……ラダー」

「え? 何、どうした? 身体の具合悪いのか? なんか顔色悪いぜ。だから、無理すんなってさっき言った……」

「ルグランを知っているのか?」

「あ? ああ、知ってるよ。それがどうした? 何か問題ある?」

 目の前が真っ暗になった。足下がよろめき、手探りで手すりを掴んだ。

「……先々月の二八日、ルグランに会ったのか?」

「会ったよ。なんで、それをあんたが知ってるんだ? 聞いたのか?」

「……それで、ルグランに誘われて、断った?」

「ああ。それ、このオッサンに聞いて知ってんだ? そうだよ。俺、人工知能の開発したいから、オッサンとこの研究室には行きたくないって、はっきり断ったんだ」

「……どうして、私の名前を知っていた?」

「そんなの……決まってんじゃん。広報用の、企業PRのVTR。求人募集用のさ。二年前の日付だったけど、あったぜ。なんか、アストの全事業についての説明とかしてたやつ。……自分が就職するってとこが、どんなんだか、普通、気になるだろ? だから、繰り返し何度も見た。見聞きした事は一発で記憶できるけどさ、なんとなくそういう気分だったんだ。あんたの顔もちらっと出てたぜ。他の担当のやつとかが小難しいこと言ってる中で、あんたの言ってる事が、1番判りやすくて単純で、それで決めたんだ」

「たった、それだけでか?」

「あんた、『友人を作りたい』んだって言ってただろ? 人間の言うままにならない、人間の利害に一致しない、人間とは違う存在である、新しい友人を作りたいって。そういうのって良いなって思ったから。別に俺が、人間不信に陥ってたとか、友達が欲しいとか、ネガティブな感情からじゃないんだぜ。純粋な気持ちで、そういうのって良いなって思ったんだ」

「……そんなこと、言わなかった」

「聞かなかったじゃねぇか。まあ、俺はどっちでも良かったけど」

「聞いたら、教えてくれたか?」

「……聞かれたらな。大体、それどころじゃなかったじゃねぇか」

「そうだな」

 顔を上げると、ルグランと目が合った。苦々しげに私の事を見ている。

「ところで、オッサン。あんた、うちの室長に何の用があったんだ? こんなところへ連れ込んで、何かする気だったのかよ? 俺だけじゃなく室長のケツまで追っかけるなんて、あんた本気で変態だな。ぞっとするぜ。話したい事あるなら、表の明るい所でやりゃあ良いだろ? そりゃまあ、あんなところに社員が二人でいたら、目立つかもしんねーけどさ。けど、こんな薄暗いとこよかマシだろ? それとも冗談抜きでそういう趣味かよ?」

「……ラダー」

 私は苦笑した。

「さすがに暴言だぞ」

 私が言うと、ラダーは肩をすくめた。

「だって本気で気色悪いもん、このオッサン。前にヤバイ女につきまとわれたことあるって言っただろ? このオッサン、その女に似た空気持ってんだよ。マジで身の危険感じるんだ。だから嫌なんだけどな」

 思わず吹き出してしまった。

「なっ……!?」

 ルグランが絶句する。

「……ラダー、世の中には口にして良い事と悪い事があるぞ。ルグランは愛妻家で有名な男なんだ。そんな趣味があるはずがないだろう? 憶測であまり気の毒なことを言うもんじゃないよ。またお前の暴言が元で、変な噂が流れたりしたら、気の毒だろう? 彼は、私と違って、会社での評判も良いんだから、いらぬ誤解をされたら、私よりも大変な思いをしてしまうのだから」

 笑いを堪えながら言うと、ルグランは真っ青になった。

「……ああ、そうだ、ルグラン。互いの誤解はこれで解けたんじゃないかと思うんだが、私の勘違いかな?」

「……ジーンハイム……」

 ルグランは低く唸った。

「用事が済んだなら、迎えも来たことだし、部屋へ戻りたいんだが、構わないか?」

 畳みかけるように言うと、ルグランは吐き捨てるように言った。

「勝手にしろ!」

 私は微笑んだ。

「それじゃ、失礼するよ。さよなら。……行こうか、ラダー」

次回は明日更新したいと思います。

あと来月早々くらいにおまけ漫画を別URLにUPしたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ